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【第一章】チューニング
Q
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振り返るとそこには全身が真っ白で統一された少女がいた。
「誰?」私は月並みにそう尋ねる。
「私はQ」
彼女はそう答えると、おもむろに私の隣に腰を下ろし、両膝を抱いた。
「Q?」
そよ風が彼女の純白の髪を揺らす。
ゆらゆら、そよそよ。
ゆらゆら、そよそよ。
ぼんやり眺めていると不思議なもので、彼女の髪はだんだんと自力で揺らめいてるように思えてくる。きっと彼女の髪は揺らめくことで存在を維持しているのだ。それだけではない。彼女の髪が揺らめくことで、彼女の白いワンピースや病的に白い肌だって存在している。親和性における究極的な形が彼女なのだろう。そしてそれを見ることにより同時に私の存在までもが許されるのだ。
特殊に揺らめく物質。観測する私。
そう考えた方が私にとっては救いになった。
「そう」と彼女は言った。
返答が遅すぎて、私にはそれが何に対する肯定なのかがわからなかった。
「うちの生徒?」
「違う」
「だよね」
今度の返答は迅速だった。
「ねえ、この辺りで小さい動物見なかった? リスみたいなんだけど、尻尾が長くて、鼻がブタみたいなんだ」
「リス……尻尾が長くて……ブタの鼻……」
「そんで凧みたいになる」
「タコ……」
彼女はそう言って手をほんの少しだけ揺らめかせた。海洋生物の方のタコを想像しているのは明らかだった。
「凧」伝わらなくてもいいや、と私は思った。
「なんだか鵺みたいね」
「そう?」
「キメラは争いの前触れなのよ?」
「いやいや、あのおチビは違うと思うけど」
「お~い!」
中年男性の呼びかけの声。
学校という檻において、それは絶望を感じさせる種類の声である。
私は恐る恐る声のした方を確認する。
校長が手を振りながらこちらへと小走りで駆けてきていた。私は恭しく立ち上がってそれを迎え入れる。まるで波打ち際で繰り広げられるメロドラマのような対比である。この世の終わりと言って差し支えない光景だ。
校長はある程度近づいたあと、肩で息をして呼吸を整える。
「きみ~、駄目だよ~、もう授業始まってるでしょう?」
「あぁ……はい。えへへ」
私はこういうときに嘘がつけない自分をいつも嫌悪する。技術も場数も努力も足りていない。所詮、私が無意識に行える処世術など同調が関の山なのだ。
「サボりかい?」
「そうなりますね……」
「どこのクラス?」
「あー、2ーAです」偉そうに。
「名前は?」
「折節イチハです」事情聴取かこれは。
「折節……ああ、君があの折節くんか」
「あれ、私有名人でした?」
「要注意人物としてね」
「要注意、ですか」指名手配。
「そっちの子は?」
校長は私の後ろのQを覗き込む。
「この子は知りません。今初めて会ったんで」
「他所の子かい?」
「はじめまして、私はQよ。そういうあなたはゲッコウのようね」
…………? 知らない単語。そしてなぜ無言?
「ゲッコウ?」
私は聞こえたとおりに声に出す。
頭の中でアマガエルがぴょんぴょんと跳ね回り始めた。木々を通り抜けた雨粒たちが、ポタポタと森林の大きな葉に落ち、音を立てる。「ゲコゲコ」と彼らは言う。可愛い。
「怠け者。ここを牛耳っているのね」とQ。
私はハッと森林から戻り、推測をする。
ゲッコウ。そしてQの口ぶり。
「あれれ~?」仕掛ける。「ねえねえ校長先生~、ゲッコウってなんですかぁ~?」
無反応。
「もしかしてスキャンダルですかぁ~? スキャンダラスでデンジャラスなんですかぁ~? モリカケ的なあれなんですかぁ~?」
校長は目を伏せる。
「折節くん、君がその子を呼んだんだね……」
校長の怒りがピリピリと伝わってくる。
しかしそれは致命的なところまでは届かない。
「やだな~、Qのことは知らないです……って……」
まるでお手本のような絶句だった。私の恐れ知らずの挑発の最中、突如校長の体がスーツ越しにマグマのようにボコボコと蠢き始めたのである。全身が沸き立つように脈動し、彼の体は一秒ごとに一回りも二回りも大きくなった。比喩ではなくこれは物理的にそうなのだ。体長は3メートルに迫っていた。ふと怒りの込められた手元を見ると、そこではトカゲを思わせる鱗がびっしりと繁殖し、やがて肉体の膨張に耐えきれずスーツが破け、その下から同じくトカゲの鱗で覆われた緑色の全身が露わになった。見上げるともう顔までがトカゲ怪人のそれに変貌していた。目玉がギョロギョロと動き、彼はこちらへと焦点を合わせる。
「嫌ああああぁっ! キモいキモいキモいっ! やめて! 助けて! ごめんなさぁぁぁぁぁいっ!」
まるでお手本のような絶叫だった。
「誰?」私は月並みにそう尋ねる。
「私はQ」
彼女はそう答えると、おもむろに私の隣に腰を下ろし、両膝を抱いた。
「Q?」
そよ風が彼女の純白の髪を揺らす。
ゆらゆら、そよそよ。
ゆらゆら、そよそよ。
ぼんやり眺めていると不思議なもので、彼女の髪はだんだんと自力で揺らめいてるように思えてくる。きっと彼女の髪は揺らめくことで存在を維持しているのだ。それだけではない。彼女の髪が揺らめくことで、彼女の白いワンピースや病的に白い肌だって存在している。親和性における究極的な形が彼女なのだろう。そしてそれを見ることにより同時に私の存在までもが許されるのだ。
特殊に揺らめく物質。観測する私。
そう考えた方が私にとっては救いになった。
「そう」と彼女は言った。
返答が遅すぎて、私にはそれが何に対する肯定なのかがわからなかった。
「うちの生徒?」
「違う」
「だよね」
今度の返答は迅速だった。
「ねえ、この辺りで小さい動物見なかった? リスみたいなんだけど、尻尾が長くて、鼻がブタみたいなんだ」
「リス……尻尾が長くて……ブタの鼻……」
「そんで凧みたいになる」
「タコ……」
彼女はそう言って手をほんの少しだけ揺らめかせた。海洋生物の方のタコを想像しているのは明らかだった。
「凧」伝わらなくてもいいや、と私は思った。
「なんだか鵺みたいね」
「そう?」
「キメラは争いの前触れなのよ?」
「いやいや、あのおチビは違うと思うけど」
「お~い!」
中年男性の呼びかけの声。
学校という檻において、それは絶望を感じさせる種類の声である。
私は恐る恐る声のした方を確認する。
校長が手を振りながらこちらへと小走りで駆けてきていた。私は恭しく立ち上がってそれを迎え入れる。まるで波打ち際で繰り広げられるメロドラマのような対比である。この世の終わりと言って差し支えない光景だ。
校長はある程度近づいたあと、肩で息をして呼吸を整える。
「きみ~、駄目だよ~、もう授業始まってるでしょう?」
「あぁ……はい。えへへ」
私はこういうときに嘘がつけない自分をいつも嫌悪する。技術も場数も努力も足りていない。所詮、私が無意識に行える処世術など同調が関の山なのだ。
「サボりかい?」
「そうなりますね……」
「どこのクラス?」
「あー、2ーAです」偉そうに。
「名前は?」
「折節イチハです」事情聴取かこれは。
「折節……ああ、君があの折節くんか」
「あれ、私有名人でした?」
「要注意人物としてね」
「要注意、ですか」指名手配。
「そっちの子は?」
校長は私の後ろのQを覗き込む。
「この子は知りません。今初めて会ったんで」
「他所の子かい?」
「はじめまして、私はQよ。そういうあなたはゲッコウのようね」
…………? 知らない単語。そしてなぜ無言?
「ゲッコウ?」
私は聞こえたとおりに声に出す。
頭の中でアマガエルがぴょんぴょんと跳ね回り始めた。木々を通り抜けた雨粒たちが、ポタポタと森林の大きな葉に落ち、音を立てる。「ゲコゲコ」と彼らは言う。可愛い。
「怠け者。ここを牛耳っているのね」とQ。
私はハッと森林から戻り、推測をする。
ゲッコウ。そしてQの口ぶり。
「あれれ~?」仕掛ける。「ねえねえ校長先生~、ゲッコウってなんですかぁ~?」
無反応。
「もしかしてスキャンダルですかぁ~? スキャンダラスでデンジャラスなんですかぁ~? モリカケ的なあれなんですかぁ~?」
校長は目を伏せる。
「折節くん、君がその子を呼んだんだね……」
校長の怒りがピリピリと伝わってくる。
しかしそれは致命的なところまでは届かない。
「やだな~、Qのことは知らないです……って……」
まるでお手本のような絶句だった。私の恐れ知らずの挑発の最中、突如校長の体がスーツ越しにマグマのようにボコボコと蠢き始めたのである。全身が沸き立つように脈動し、彼の体は一秒ごとに一回りも二回りも大きくなった。比喩ではなくこれは物理的にそうなのだ。体長は3メートルに迫っていた。ふと怒りの込められた手元を見ると、そこではトカゲを思わせる鱗がびっしりと繁殖し、やがて肉体の膨張に耐えきれずスーツが破け、その下から同じくトカゲの鱗で覆われた緑色の全身が露わになった。見上げるともう顔までがトカゲ怪人のそれに変貌していた。目玉がギョロギョロと動き、彼はこちらへと焦点を合わせる。
「嫌ああああぁっ! キモいキモいキモいっ! やめて! 助けて! ごめんなさぁぁぁぁぁいっ!」
まるでお手本のような絶叫だった。
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