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第一話
【本日の御予約】 紫乃原みちる 様 ⑥
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「凛くんが消えちゃうのは私も困るからね。
と言っても今日は休みのつもりだったから、大したおもてなしはできないのが心苦しい限りだけど」
その言葉の意味を――言葉の裏を、考える。
およそ信じられないけれど、導き出される答えは一つしかなかった。
「あの。もしかして……あたしのコレを治して貰えるってこと、ですか?」
コーヒーカップがあった場所をおそるおそる指さしながら訊く。
「そうだよ」
拍子抜けするほどあっさりと。
逆に「ほかにどんな意味がある?」と聞き返されそうな勢いで、浦面さんは断言した。
「でも、治すって表現はちょっと正しくないね。
いまのみちるちゃんは表と裏の境界――本来、壊れるはずのないモノが壊れている状態だからね。治すようなモノじゃないし、ましてや治るようなモノでもないんだよ。
だから敢えて言葉にするなら『元に戻す』と言うべきかな。
正常なセーブデータをロードするみたいに。ハードディスクを初期化するみたいに、ね」
浦面さんの言葉に、伸ばしていた指先がピクリと跳ねた。
心じゃなくて、身体が恐怖したみたいに。
「あはは、心配しなくても危ないことは何もしないよ。言ったでしょ。おもてなしをしてあげるってさ」
「は――はあ。おもてなし……ですか」
さっきからずっと話に付いていけていない。
それがなんだか悔しく……は無いけれど、もどかしくて。せめてもの抵抗に、おもてなしという単語について思考を走らせてみる。
おもてなし。
普段の生活ではほとんど耳にしない単語だ。
けれど旅館やホテル、それこそ民宿なんかじゃ馴染みの深い言葉だろう。
もてなす――つまり満足して貰えるよう手を尽くす、ということ。
単語の意味は、わかる。
でもそれがあやかしとどう繋がるのか――。……やっぱりあたしには見当もつかなかった。
「難しく捉えなくていいよ」
と。答え合わせの時間がやってきたみたいに、声がした。
「おもてなしの意味そのものは、なんら変わらないよ。
お客様に満足してお帰りいただくという点は一切揺らがないからね。
ただ、そのお客様があやかしである、というだけさ。
みちるちゃんをおもてなしすることで、みちるちゃんのあやかしに満足してお帰りいただく。要はそれだけの簡単な話だよ」
「それは……確かに簡単な話です、けど」
語尾が、濁る。
簡単な話だが、あまりにも簡単すぎる、と。
本当にたったそれだけで怪奇現象が治まるのか、と。
「もちろんそれだけじゃないさ。
私がしつこいくらいおもてなしって連呼しているのはね。サービスでもなければサプライズでもなくおもてなしじゃなくちゃいけないからだ。その必要性があるからだよ。
おもてなし。
おもて、なし。
表無し。
怪奇現象に〝おもてなし〟ってね。
つまりは、そういうことさ。
本来は裏側に潜む存在だからこそ、おもてなしだけが効果的なんだよ」
そんな説明に、あたしは思う。
まるで――。
「まるで言葉遊び……。連想ゲームみたいですね」
あっ、と口を塞ぐけれど……遅かった。
こんな場面で思った事を思ったまま口にしてしまう悪癖が顔を出す。しかもよりにもよって、受け取り方次第では小馬鹿にしているようなニュアンスになっている。
浦面さんの気分を害していないかと、おそるおそる顔色を窺うが――しかしそんな心配とは裏腹に彼女は感心した風に微笑んでいた。
「なるほど、連想ゲームとは言い得て妙だね。言葉遊びっていうのも的を射てる。
というかね連なること、繋がることが重要なんだよ。
私がみちるちゃんをおもてなしすることで、みちるちゃんの抱えるあやかしに表に居場所は無いって伝える訳だからね」
「な、るほど……?」
「まあ、この辺は百聞は一見に如かずだよ。せっかく善意でおもてなしをしてあげるって言ってるんだから、ここは年長者の顔を立てなさい」
命令口調ではあるものの、とても優しい笑みで言われる。
こんな風に言われたら黙って頷くしかなかった。……タダより怖いモノはないと言うけれど。
「ただし一つだけ注意して欲しい。それはね、おもてなしは表側に顔を出してしまったあやかしを裏側に帰すだけってコト。だからそこから先は、みちるちゃん次第になる」
「あたし、次第……?」
首と耳を傾ける。
首はクエスチョンを示すために。
耳は次の言葉を聞き逃さないために。
「これまでと同じように諦めてしまったら、ただの繰り返しになるだけって話さ。
正常なセーブデータをロードしても、同じ育成をすれば元のデータに逆戻りだよね。ハードディスクを初期化したところで、同じエロサイトにアクセスすればウイルスに再感染するだけだよね。
だから本当の意味で元に戻すためには――本人が変わらなきゃいけない」
代わるではなく変わる。交代ではなく変化。
英語で表せばどちらも『チェンジ』ではあるけれど、当然そこには大きな差がある。
でも……、人間が変わるのは難しい。性格や個性といった根本の部分なら、なおさらだ。
「うん、ちゃんとわかってるみたいだね。
そう。口で言うほど簡単なことじゃないよ。ましてや一度は表と裏の境界が壊れるまで〝あやかし〟を受け入れてしまった訳だからね。一度や二度〝あやかし〟を裏側に帰したところで、またすぐに表側に顔を出すのは目に見えてる」
私も腕のリハビリより苦労したよ――浦面さんはそう結ぶ。
実体験として語られることで一気に言葉の重みが増した。
正直、あたし自身、そう思う。
そんなこと言われても、って思う。
だって。言い訳になってしまうけれど、あたしの人生はずっと反射なんだから。
〇〇したいとか、〇〇になりたいとか。
〇〇したくないとか、〇〇にはなりたくないとか。
そういう願望や目標みたいなモノは一切なくて。ずっとずっと、起こった事象に対する反射だけで生きてきた。
だから今さら変われと言われても……変わり方がわからないのだ。どんな生き方に変えればいいのかさえ、見当が付かない。
だから結局……。
同じことを繰り返さない自信がない。
同じことを繰り返す自信がある。
なにか大きなきっかけでもない限り――。
「勘違いしないで欲しいんだけど、無理して別人になれって言ってる訳じゃないよ。
異常性とかあやかしとか、聞きなれない言葉を使っていても、その根っこは個性や性格だからね。
その根っこを無理して変える必要はない。というか、それは変えちゃいけないかけがえのないモノだ。
だから要は、あやかしが表側に顔を出さない程度に自覚すればいいだけの――」
そこで唐突に言葉を切って。
浦面さんは考え込む風に、顎に指をあてた。
「浦面さん……?」
「ああ、ごめんごめん。この話はおもてなしを済ませてからするつもりだったから、順序が狂っちゃうなって思ってね。けど凛くんの準備を考えると……先にこっちを済ませちゃってもいいかな」
厨房の方をちらっと見て、それから浦面さんは再び左手をコーヒーカップに伸ばした。
あたしは白いカップの行方を呆っと眺める。
いくらか湯気の落ち着いたコーヒーが浦面さんの瑞々しい唇に触れるまでの時間で、つまらないことをごちゃごちゃ考えていた頭の中が少しだけクリアになった。
「えっと――そうだ。自覚できる程度に頑張ればいいって話の続きだったね。
さっき私が言ったこと覚えてるかな? 人間は自覚できる生き物、って。
あのときは『諦める』と『受け入れる』が同じ意味って話に逸れちゃったけど――私が言いたかったのは、あの説明を裏返しにして欲しいってことなんだよ」
裏返し。
反対側から見る――ということ、か。
「いまのみちるちゃんは自覚の混乱が起きている状態。これは紛れもない事実だ。
長年連れ添ったあやかし込みの自分を、普通だと錯覚してしまっている」
正直に頷く。
もはやそこに異論はない。
「だったら単純な話、自覚の混乱を治せばいいんだよ。
もう一度正常に自覚しなおせば、あやかしは裏側から出てこられなくなる。たったそれだけの事さ」
「で、でも、それが……」
難しくて、自信が無いんです。
かすれるような声で、あたしは言う。
……なんだか堂々巡りだ。と、そんな風に思いながら。
「そうだね、わかるよ。私も、じいさんに弱音を吐いたのを覚えてる。
でもね。それならもっとわかりやすく、明確に表現すればいいのさ」
「なにを……ですか?」
あやかしに決まってるじゃないか――と。
それこそ当たり前に言ってのけてから、浦面さんはコーヒーをずずっと啜る。
「みちるちゃんのあやかしに名前を付けてあげればいいんだよ。
天邪鬼やひねくれ者みたいにね。そうすれば自分の異常性を具体的に、わかりやすく、それでいて明確に自覚できるでしょ」
「――――――っ」
言われてみれば、と思った。同時にそれくらいならできそうだ、と。
けれど、あたしの〝あやかし〟に名前を付けるのは良いとして――いや、名前を付けた方が良いとして。
いったい、なんて名前を付ければいいんだろう?
名前を付ける――それは、名前を決めるということ。
でも。何かを決定するという行為は、自分の意思を持たないあたしが最も苦手としている行為なのだ。
また行き止まりか……と思った瞬間、摩子さんの声がした。
「ああ、心配しなくてもあやかしの名前は決めてあるよ。
ううん。決めてあるって言うより、もうわかってるって言った方が正しいかな」
「えっ」
驚きの表情を浮かべるあたしとは対照的に、浦面さんはにやりと笑った。
……これだ。
常に笑みの絶えない浦面さんだけれど、この笑みを浮かべるときだけ雰囲気が一変する。
なにか特別なことが起きるような。見ているこっちがそわそわするような――不思議な感覚に囚われる。
「みちるちゃんのあやかしの名前。それはね――」
わざと言葉を区切って、浦面さんはコーヒーを一息に飲み干した。
それからカップを逆さにひっくり返して。
さも、それが重要な儀式であるみたいに。
中身が空であることをあたしに見せつけながら――和装の美女は、こう言った。
からっぽだよ――と。
と言っても今日は休みのつもりだったから、大したおもてなしはできないのが心苦しい限りだけど」
その言葉の意味を――言葉の裏を、考える。
およそ信じられないけれど、導き出される答えは一つしかなかった。
「あの。もしかして……あたしのコレを治して貰えるってこと、ですか?」
コーヒーカップがあった場所をおそるおそる指さしながら訊く。
「そうだよ」
拍子抜けするほどあっさりと。
逆に「ほかにどんな意味がある?」と聞き返されそうな勢いで、浦面さんは断言した。
「でも、治すって表現はちょっと正しくないね。
いまのみちるちゃんは表と裏の境界――本来、壊れるはずのないモノが壊れている状態だからね。治すようなモノじゃないし、ましてや治るようなモノでもないんだよ。
だから敢えて言葉にするなら『元に戻す』と言うべきかな。
正常なセーブデータをロードするみたいに。ハードディスクを初期化するみたいに、ね」
浦面さんの言葉に、伸ばしていた指先がピクリと跳ねた。
心じゃなくて、身体が恐怖したみたいに。
「あはは、心配しなくても危ないことは何もしないよ。言ったでしょ。おもてなしをしてあげるってさ」
「は――はあ。おもてなし……ですか」
さっきからずっと話に付いていけていない。
それがなんだか悔しく……は無いけれど、もどかしくて。せめてもの抵抗に、おもてなしという単語について思考を走らせてみる。
おもてなし。
普段の生活ではほとんど耳にしない単語だ。
けれど旅館やホテル、それこそ民宿なんかじゃ馴染みの深い言葉だろう。
もてなす――つまり満足して貰えるよう手を尽くす、ということ。
単語の意味は、わかる。
でもそれがあやかしとどう繋がるのか――。……やっぱりあたしには見当もつかなかった。
「難しく捉えなくていいよ」
と。答え合わせの時間がやってきたみたいに、声がした。
「おもてなしの意味そのものは、なんら変わらないよ。
お客様に満足してお帰りいただくという点は一切揺らがないからね。
ただ、そのお客様があやかしである、というだけさ。
みちるちゃんをおもてなしすることで、みちるちゃんのあやかしに満足してお帰りいただく。要はそれだけの簡単な話だよ」
「それは……確かに簡単な話です、けど」
語尾が、濁る。
簡単な話だが、あまりにも簡単すぎる、と。
本当にたったそれだけで怪奇現象が治まるのか、と。
「もちろんそれだけじゃないさ。
私がしつこいくらいおもてなしって連呼しているのはね。サービスでもなければサプライズでもなくおもてなしじゃなくちゃいけないからだ。その必要性があるからだよ。
おもてなし。
おもて、なし。
表無し。
怪奇現象に〝おもてなし〟ってね。
つまりは、そういうことさ。
本来は裏側に潜む存在だからこそ、おもてなしだけが効果的なんだよ」
そんな説明に、あたしは思う。
まるで――。
「まるで言葉遊び……。連想ゲームみたいですね」
あっ、と口を塞ぐけれど……遅かった。
こんな場面で思った事を思ったまま口にしてしまう悪癖が顔を出す。しかもよりにもよって、受け取り方次第では小馬鹿にしているようなニュアンスになっている。
浦面さんの気分を害していないかと、おそるおそる顔色を窺うが――しかしそんな心配とは裏腹に彼女は感心した風に微笑んでいた。
「なるほど、連想ゲームとは言い得て妙だね。言葉遊びっていうのも的を射てる。
というかね連なること、繋がることが重要なんだよ。
私がみちるちゃんをおもてなしすることで、みちるちゃんの抱えるあやかしに表に居場所は無いって伝える訳だからね」
「な、るほど……?」
「まあ、この辺は百聞は一見に如かずだよ。せっかく善意でおもてなしをしてあげるって言ってるんだから、ここは年長者の顔を立てなさい」
命令口調ではあるものの、とても優しい笑みで言われる。
こんな風に言われたら黙って頷くしかなかった。……タダより怖いモノはないと言うけれど。
「ただし一つだけ注意して欲しい。それはね、おもてなしは表側に顔を出してしまったあやかしを裏側に帰すだけってコト。だからそこから先は、みちるちゃん次第になる」
「あたし、次第……?」
首と耳を傾ける。
首はクエスチョンを示すために。
耳は次の言葉を聞き逃さないために。
「これまでと同じように諦めてしまったら、ただの繰り返しになるだけって話さ。
正常なセーブデータをロードしても、同じ育成をすれば元のデータに逆戻りだよね。ハードディスクを初期化したところで、同じエロサイトにアクセスすればウイルスに再感染するだけだよね。
だから本当の意味で元に戻すためには――本人が変わらなきゃいけない」
代わるではなく変わる。交代ではなく変化。
英語で表せばどちらも『チェンジ』ではあるけれど、当然そこには大きな差がある。
でも……、人間が変わるのは難しい。性格や個性といった根本の部分なら、なおさらだ。
「うん、ちゃんとわかってるみたいだね。
そう。口で言うほど簡単なことじゃないよ。ましてや一度は表と裏の境界が壊れるまで〝あやかし〟を受け入れてしまった訳だからね。一度や二度〝あやかし〟を裏側に帰したところで、またすぐに表側に顔を出すのは目に見えてる」
私も腕のリハビリより苦労したよ――浦面さんはそう結ぶ。
実体験として語られることで一気に言葉の重みが増した。
正直、あたし自身、そう思う。
そんなこと言われても、って思う。
だって。言い訳になってしまうけれど、あたしの人生はずっと反射なんだから。
〇〇したいとか、〇〇になりたいとか。
〇〇したくないとか、〇〇にはなりたくないとか。
そういう願望や目標みたいなモノは一切なくて。ずっとずっと、起こった事象に対する反射だけで生きてきた。
だから今さら変われと言われても……変わり方がわからないのだ。どんな生き方に変えればいいのかさえ、見当が付かない。
だから結局……。
同じことを繰り返さない自信がない。
同じことを繰り返す自信がある。
なにか大きなきっかけでもない限り――。
「勘違いしないで欲しいんだけど、無理して別人になれって言ってる訳じゃないよ。
異常性とかあやかしとか、聞きなれない言葉を使っていても、その根っこは個性や性格だからね。
その根っこを無理して変える必要はない。というか、それは変えちゃいけないかけがえのないモノだ。
だから要は、あやかしが表側に顔を出さない程度に自覚すればいいだけの――」
そこで唐突に言葉を切って。
浦面さんは考え込む風に、顎に指をあてた。
「浦面さん……?」
「ああ、ごめんごめん。この話はおもてなしを済ませてからするつもりだったから、順序が狂っちゃうなって思ってね。けど凛くんの準備を考えると……先にこっちを済ませちゃってもいいかな」
厨房の方をちらっと見て、それから浦面さんは再び左手をコーヒーカップに伸ばした。
あたしは白いカップの行方を呆っと眺める。
いくらか湯気の落ち着いたコーヒーが浦面さんの瑞々しい唇に触れるまでの時間で、つまらないことをごちゃごちゃ考えていた頭の中が少しだけクリアになった。
「えっと――そうだ。自覚できる程度に頑張ればいいって話の続きだったね。
さっき私が言ったこと覚えてるかな? 人間は自覚できる生き物、って。
あのときは『諦める』と『受け入れる』が同じ意味って話に逸れちゃったけど――私が言いたかったのは、あの説明を裏返しにして欲しいってことなんだよ」
裏返し。
反対側から見る――ということ、か。
「いまのみちるちゃんは自覚の混乱が起きている状態。これは紛れもない事実だ。
長年連れ添ったあやかし込みの自分を、普通だと錯覚してしまっている」
正直に頷く。
もはやそこに異論はない。
「だったら単純な話、自覚の混乱を治せばいいんだよ。
もう一度正常に自覚しなおせば、あやかしは裏側から出てこられなくなる。たったそれだけの事さ」
「で、でも、それが……」
難しくて、自信が無いんです。
かすれるような声で、あたしは言う。
……なんだか堂々巡りだ。と、そんな風に思いながら。
「そうだね、わかるよ。私も、じいさんに弱音を吐いたのを覚えてる。
でもね。それならもっとわかりやすく、明確に表現すればいいのさ」
「なにを……ですか?」
あやかしに決まってるじゃないか――と。
それこそ当たり前に言ってのけてから、浦面さんはコーヒーをずずっと啜る。
「みちるちゃんのあやかしに名前を付けてあげればいいんだよ。
天邪鬼やひねくれ者みたいにね。そうすれば自分の異常性を具体的に、わかりやすく、それでいて明確に自覚できるでしょ」
「――――――っ」
言われてみれば、と思った。同時にそれくらいならできそうだ、と。
けれど、あたしの〝あやかし〟に名前を付けるのは良いとして――いや、名前を付けた方が良いとして。
いったい、なんて名前を付ければいいんだろう?
名前を付ける――それは、名前を決めるということ。
でも。何かを決定するという行為は、自分の意思を持たないあたしが最も苦手としている行為なのだ。
また行き止まりか……と思った瞬間、摩子さんの声がした。
「ああ、心配しなくてもあやかしの名前は決めてあるよ。
ううん。決めてあるって言うより、もうわかってるって言った方が正しいかな」
「えっ」
驚きの表情を浮かべるあたしとは対照的に、浦面さんはにやりと笑った。
……これだ。
常に笑みの絶えない浦面さんだけれど、この笑みを浮かべるときだけ雰囲気が一変する。
なにか特別なことが起きるような。見ているこっちがそわそわするような――不思議な感覚に囚われる。
「みちるちゃんのあやかしの名前。それはね――」
わざと言葉を区切って、浦面さんはコーヒーを一息に飲み干した。
それからカップを逆さにひっくり返して。
さも、それが重要な儀式であるみたいに。
中身が空であることをあたしに見せつけながら――和装の美女は、こう言った。
からっぽだよ――と。
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