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第二話

【本日の御予約】  小坪巴   様 ②

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 今年のGWは五月一日から五連休。
 当然ながらその間は大学も休み。特に二人で相談した訳じゃないけれど、あたしと凛介は『うらおもて』でアルバイトに勤しみながらGWを過ごす予定だ。

 ちなみに『うらおもて』には客室が一部屋しかない。
 その為、お客さんが宿泊する際は必然的に貸し切り状態となる訳で――これから五日間、あたしたちは小坪巴さん一人をおもてなしすることになる。

「さて、と。そろそろ巴が来る頃合いだね」

 たっぷり時間をかけてミルクティーを飲み干した摩子さんが前掛けを着け直しながら言う。
 あたしもそれにならって、改めて外に目を向けてみる。
 天気は上々。連休中は晴れが続く予報だったはずだ。そのおかげか、店の前を観光客が右へ左へと流れていくのが見て取れた。

 あたしとしてはこの一ヶ月で早々に見飽きてしまった風景だけれど、レトロな香りを残すこの城下町は観光地としてそこそこ需要があるらしい。震災によって崩れた城も徐々に形を取り戻しつつあるし、この先もっと観光客は増えるのかもしれない。

「そうそう、みちるちゃん。客室の冷房は点けてくれた?」
「あっ、はい。お昼を食べる前に。あと言われた通り扇風機も出しておきました」
「うん。ありがとう」
「でも、設定温度――あんなに下げて良かったんですか?」

 話のついでに、あたしは気になっていた事を訊くことにした。
 なにせ摩子さんに頼まれた設定温度は、
 五月に入って随分暖かくなってきたとはいえ真夏でもそうそう設定しない低温だ。さらには扇風機の用意まで頼まれたとあって――あたしの聞き間違え、あるいは摩子さんの言い間違えだったんじゃないかと不安が拭えずにいたのだ。

「いいのいいの」

 しかし摩子さんは、えらく軽い態度でしれっと言った。

「巴は何かとアツい女だからね、寒いくらいでちょうど良いんだよ」
「アツい女って……」

 ならわかるけれど、では意味合いが大きく違ってくる。少なくとも冷房を20℃に設定する理由としてはふさわしくない……と思う。
 だからあたしは再び首を傾げることになったのだけれど――摩子さんは焦らすように笑うだけだった。

「ところで、いまさらだけどみちるちゃんたちはせっかく連休がバイト漬けで良かったのかい? 一日くらいなら、二人で遊びに行っても大丈夫だよ?」

 がらりと変わった話題に――戸惑う。
 唐突に訊かれたから、というのも確かに理由の一つだけれど。摩子さんの質問が、あたしにとって天敵と呼ぶべき質問だったから戸惑ってしまったのだ。
 だから答えたのは、昼食の後片付けをしていた凛介だった。
 
「うーん、そうですね……。ねぇ、みっちゃんはどこか行きたい所ある?」


 ……やっぱり来た。


 あたしはこの手の質問に具体的な返答をしたことが、一度もない。
 どこか行きたい? と聞かれれば、特にないと答えてきた。
 なにが食べたい? と聞かれれば、何でもいいと答えてきた。
 それでも凛介は、当たり前のようにあたしの意見を聞くのだ。
 はじめから答えはわかっているはずなのに……。


 そんな頑なな態度は、けれど、凛介の優しさだとわかってる。


 凛介はいつもあたしを優先してくれる。それはとても心地よくて、暖かい。
 でもこうやって訊かれる度に、代わり映えのしないからっぽな返事しかできないから――あたしは凛介にを感じてしまうのだ。

 だから。
 つい、また考えてしまった。
 ……凛介は、どうしてあたしなんかを選んだのだろう、と。

「……特に、ない」

 首を左右に振って、あたしは凛介を見ないようにする。

「そっか。俺も急ぐような用事はないし――ってことで摩子さん。俺たちの事は気にしなくていいんで、給料分どんどんコキ使ってください」
「うん。そういう事なら遠慮なく手伝って貰おうかな。その方がきっと巴も喜ぶよ。みちるちゃんもよろしくね」
「あ、はい」

 そんな言葉とともに意味深な笑みを向けられて、急に思い出してしまった。
 かつて摩子さんが提示したであり、この店で働くことを決めた




『この店で色々なお客さんと出逢えば――
           そのからっぽは、いつか埋まるかもしれないよ?』




 ――――あたしは、このからっぽを埋めたい。
 それは、いままであたしに存在しなかった、初めての欲求。
 それは、いままであたしが体験しえなかった、未知の感情。



 この欲求を叶えてくれるのが、店に訪れるお客さんだというのなら――。



 あたしは待ち遠しさを胸に、外に視線を固定する。
 ほどなくして店の前にタクシーが停まって「ごめんくださーい」と声がした。
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