【完結】浮気した婚約者を認識できなくなったら、快適な毎日になりました

丸インコ

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溶けていく日々

灯が溶けた日①

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 彩耀の夜会の日、ウィスタリア家は朝から大忙しだった。

 ディーン兄さまはウィスタリア家を代表して朝から王宮に詰めている。そして、夜会の時間に合わせて王宮へと向かう父と母と私も、その身支度にてんやわんやだったのだ。

 彩耀の夜会は、会場へ向かう道中もとても重要な意味を持つ。

 王宮魔法師達によって特別な魔力が込められた彩灯。貴族の馬車に取り付けられるそのランタンは、各家に割り振られる色も、馬車が道を通る順番も厳密に決められている。

 低位貴族、高位貴族の順に王宮への道を進むのだが、灯の道が途切れないよう、どの家も慎重に馬車を進める。そのため、最も家格の高い公爵家が夜会に間に合うようにと考えると、先頭になる騎士爵の馬車は、日没直後には王宮に向かって馬車を発車させるのだ。

「デュークとは王宮で合流することになるようだ」

 馬車に乗る時間になってもデューク兄さまは戻って来なかった。彩耀の夜会は魔法の力がとても大切な儀式だ。王宮魔法師であるデューク兄さまも、精霊に捧げる祈りに魔力の揺らぎや歪みが生じないよう、調整する役割がある。

 もっとも、彩灯の行列さえ終わってしまえば残すは庭園での夜会だけなので、そのタイミングであれば次兄も合流できるだろうとのこと。

 ちなみに、イーサン殿下とも王宮で会うことになっている。私を王宮の馬車で迎えに来てしまうと馬車の順番が乱れてしまうためだ。ディーン兄さまのように行列が始まる前に王宮へ行くという案も出たのだが、殿下もお忙しいだろうと思って辞退した。

「殿下の方は滞りなく進んでらっしゃるかしら」

 温室で、夜会に誘われたときのことを思い出して口もとに笑みが浮かぶ。




「今回の夜会は、私も任されているところが多いんだ」

 ガラス張りの小さな森で、そう言って笑う殿下は少し誇らしげで、少し寂しそうで、そして少しの緊張も含んでいた。

「兄……陛下とは歳が離れているから、これまではあまり私を頼ってはくれなくてね」

 イーサン殿下のお兄様、現国王陛下が王位についたのは、今から三年前だ。先代国王が病のために崩御された時、陛下は25歳、イーサン殿下は15歳だった。お二人の間には王弟と王妹がお一人ずついらっしゃるけれど、陛下は歳の離れたイーサン殿下をとても大切にしてくださっているのだとか。

 私にも兄が二人いるので、イーサン殿下のお気持ちは少しわかる。守られることは心地よいけれど、それを歯痒く感じるときもあるのだ。自分も兄たちにとって、頼られる存在になりたいと。

「だから、あれこれと将来について心配されたとき、つい言ってしまったんだ。『王家にとって一番利のある結婚をする』と」

「それで、あの無茶な縁談だったのですね」

 学園の中庭で殿下に声を掛けられたときのことを思い出す。
 殿下は小さく吹き出して、「あれね」と遠くを見る目で語った。

「あれは、私が強情だったから。王家に生まれた以上自分の感情は優先しないと言い張っていたから、兄も宰相も私が思わず怯むような縁談をわざわざ並べて」

「意地悪ですね」

「そう、意地悪なんだよ。陛下は」

 殿下と目線だけで笑い合った。私たち二人の言う「意地悪」は「愛されている」と同じ温度をしている。

「その意地悪のお陰で、ニーナさんと出会えた」

「殿下……」

 ストレートに伝えられる好意に、落ち着いていた熱が再び頬にのぼる。

「やっと、兄に頼って貰えるようになったんだ」

 少しの誇らしさの理由は、これ。

「学園を出たら、公爵位を賜って王都から離れることになるから、陛下の側で支えられるのもそう長くは無いけれど」

 そして少しの寂しさの理由はきっとこれだ。

 殿下は言葉を切って、「これはまだ独り言だけど」と前置きをした。

 独り言だと言いながら、視線に私を閉じ込めて、囁く。


「君を連れて行きたい」


 少しの緊張は、きっと私にこの言葉を伝えたかったから。

 ガラスの天井から差し込む陽がさらさらと、殿下の肩に髪に金色のまつ毛に、惜しげなく降り注いでいる。だからだろうか。

 今日の殿下はやけに眩しいなあと、発光しているような目の前の人に、目を細めた。





「ニーナ、とってもきれいよ」

 時間になり、乗り込んだ馬車の中で母が褒めてくれる。今日の装いは特別なものだ。母が誂えてくれたこの衣装を、私はあと何度着られるのだろう。ウィスタリアの娘で居られる時間は、思いのほか短いような気がした。殿下から聞いた“独り言”のせいだろうか。

 その空気を感じているのか、両親も、どこか私を嫁にでも出すかのような感傷を見せている。

「お父様、お母様」

 それはさすがにまだ、気が早いと伝えようとしたその瞬間、馬車の外が突然、昼のように明るくなった。

「馬鹿な……! 彩灯の魔力が暴走している!?」

 窓を開けて外を確認した父が驚きの声を上げる。父が覗く隙間から私も御者席を確認し、ウィスタリア家を象徴する紫の灯が、ランタンを覆い隠すほどに大きく立ち上るのを見た。
 突然明るくなったことに動揺する馬を、御者が必死に抑え込んでいる。

 そしてこの彩灯の魔力暴走は、我が家の馬車だけでは無い。行列になった馬車のあちこちから暴走した灯が立ち上る。

「このまま魔力が暴発する前、に……?」

 母が馬車からの退避を口にした瞬間、唐突にランタンの灯が落ち着きを取り戻した。周囲の馬車も、一瞬にしてもとの明るさへと戻っている。

 彩灯の不具合? それにしては不自然過ぎる。でも、魔力暴走を一瞬で鎮圧する程の魔法師なんて。

 そこまで考えたとき、ドン!という衝撃が馬車の屋根を震わせた。

 何かが落下してきたような衝撃。重さの感じはまるで人が──

「父上」

 逆さまの顔が窓から除く。銀色の髪がはらはらと逆立って、いつもは隠れている額がよく見えた。

 屋根の上から馬車を覗き込む人物。おそらく、先程の衝撃は屋根に飛び乗ってきた際のものだ。

「デューク兄さま!」
 
 魔力暴走を一瞬で鎮圧する魔法師は、身近に居た。






✴︎読んでくださりありがとうございます!

本日、夕方にもう1本更新します。
90分拡大スペシャルみたいなものです。

よろしくお願いします!
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