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溶けていく日々
黄金に溶けた日 ✴︎イラスト有
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カーラー王国には「白馬に乗った王子様」という慣用句がある。
自分だけを愛して迎えに来てくれる、理想の人。ピンチに陥った姫を白馬に跨って颯爽と助けに来る物語の王子様のような人。そういう意味で使われる言葉だ。
今、私の脳裏には白馬の王子様、という言葉が過っていた。実際に目の前のイーサン殿下が跨るのは栗毛の馬だったし、殿下は王子ではなく王弟だが、そんな風に見えたという話だ。
「ニーナさん!」
殿下は馬から飛び降りて一直線に私のもとへと駆けてきた。騎乗者を失った馬の手綱を、咄嗟にデューク兄さまが捉える。けれど視界の隅にうつるそれも気にならなかった。
気がつけばイーサン殿下に抱きしめられていたから、それどころじゃなかったのだ。私を抱きしめる殿下の腕が震えていたから、それで胸が一杯になってしまったのだ。
◆
「ウィスタリア卿から、ニーナさんがあの嵐の中に居ると聞かされて、心臓が止まるかと思った」
湯浴みをさせて貰い、通された王宮の一室で温かいお茶をいただく。向かいに座った殿下は、私とデューク兄さまが彩灯に魔力を込め直している間のことを話してくれた。
夜会はすでに始まっている時間だが、イーサン殿下は私のもとを離れる気は無いようだ。
「フジーロ侯爵から、デューク魔法師と一緒ならば絶対に君は大丈夫だと聞かされて、どうにか飛び出して行くのを堪えていたんだ。だけど最後の馬車を確認したら、もう」
殿下はほとりと重いため息をついた。形よく尖った鼻先と薄いまぶたが、少しだけ赤い。
「馬だったのは……?」
私が訊ねると殿下が、すーっと目を逸らした。まぶたと鼻先に続き、頬までもが薄らと色付く。
「まさかあんな近くに居ると思わなくて。王都中を駆け回ってでも、探すつもりだったから」
「無事だとわかっていても?」
「そう。何でだろうね? ニーナさんが泣いてる気がしたから」
殿下の言葉に驚いて、言葉をなくす。じわりと頬が赤くなるのがわかる。
“白馬の王子様”
再び、脳裏にその慣用句が駆け巡った。あまりに都合の良い殿下の言葉。
「泣いたでしょう?」
殿下の長い指が、私の頬を一筋撫でる。そこにあった涙の跡をなぞるように。
「泣いたのは殿下です……」
「ニーナさんには何も隠し事ができない」
「鼻が赤いです、少しだけ」
「格好悪いな」
会話をしながら、イーサン殿下が身を乗り出して、小さなテーブルの境界線を越えた。両腕で檻を作るように、私の座るソファの背もたれに手をつく。
至近距離で、燃えるようなルビーが揺れる。黄金のまつ毛を震わせてゆっくり瞬きをした殿下が、小さく「好きだ」と囁いた。
「もうどうしようもなく愛しい」
すべてを溶かすような声にギュッと目を閉じる。柔らかく唇が重なって、そこから、自分が全部溶けていくような気がした。
二度、三度、そっと唇を食んだ殿下が、私のあごに手を掛ける。その瞬間、部屋にノックの音が響き渡った。
イーサン殿下の頭が私の肩に崩れ落ちたので、煩いほどに鼓動を鳴らしながら、そっと殿下の両肩を支える。はぁ、というため息が肩に乗った黄金の下から聞こえてくるので、思わず少し笑った。
「こちら、汚れやシワはきれいに取れたかと」
ノックの主は、王宮魔法師の制服を着た女性だった。差し出されたのは私が着ていたドレスだ。
「殿下……!」
隣を振り仰げば、殿下が頷く。
「王宮にあるドレスよりも、それが一番、今日に相応しいと思うから」
ありがとうございます、と伝える声は少し震えてしまった。
大急ぎで髪を整えて化粧をした私の前に、すっかり王弟らしい顔に戻ったイーサン殿下が立つ。
「手を取ってくれますか? 愛しい人」
差し出された手に自分の指先を乗せながら、殿下を見上げて微笑んだ。
「喜んで」
◆
殿下にエスコートされて、夜会の舞台である庭園へと向かう。
「陛下の入場はまだ少し後だから、僕らはこのタイミングで大丈夫」
殿下がそう言うのに安心した。側に居てくれて嬉しかったけれど、夜会は大丈夫だろうかというのはやはり心配だったのだ。
庭園に続く回廊の終わりに仕切りの幕が張られていて、その幕の前にはなんと国王陛下がいた。咄嗟に最上位の礼をとる私に、陛下が優しく顔を上げるよう言ってくれる。
「彩耀の夜会が開けたのはデュークと君のお陰だ」
そう言って頭を下げられてしまい慌てた。
「私は何も」
私と陛下のやり取りをイーサン殿下はにこにこと眺めていたが、その場に来た陛下の側近が報告を耳打ちするのを見た途端に、その表情を変えた。
「陛下」
眉間に怒りを滲ませたイーサン殿下が国王陛下を見る。陛下はひとつ、弟に向けて頷き返した。
「短慮な行動で儀式を台無しにしかけた者には、それ相応のことをわからせる必要がある」
鷹揚に微笑む陛下だが、目の奥がまったく笑っていない。それが恐ろしかった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、リクエストを頂いた泣きそうな顔のバーニーです。
せっかくなので「バイバイバーニー5秒前」から、決壊後も描かせていただきました。
ヒールとしての存在感をすっかりカレンに食われた感のあるバーニー…
次回もよろしくお願いします!
自分だけを愛して迎えに来てくれる、理想の人。ピンチに陥った姫を白馬に跨って颯爽と助けに来る物語の王子様のような人。そういう意味で使われる言葉だ。
今、私の脳裏には白馬の王子様、という言葉が過っていた。実際に目の前のイーサン殿下が跨るのは栗毛の馬だったし、殿下は王子ではなく王弟だが、そんな風に見えたという話だ。
「ニーナさん!」
殿下は馬から飛び降りて一直線に私のもとへと駆けてきた。騎乗者を失った馬の手綱を、咄嗟にデューク兄さまが捉える。けれど視界の隅にうつるそれも気にならなかった。
気がつけばイーサン殿下に抱きしめられていたから、それどころじゃなかったのだ。私を抱きしめる殿下の腕が震えていたから、それで胸が一杯になってしまったのだ。
◆
「ウィスタリア卿から、ニーナさんがあの嵐の中に居ると聞かされて、心臓が止まるかと思った」
湯浴みをさせて貰い、通された王宮の一室で温かいお茶をいただく。向かいに座った殿下は、私とデューク兄さまが彩灯に魔力を込め直している間のことを話してくれた。
夜会はすでに始まっている時間だが、イーサン殿下は私のもとを離れる気は無いようだ。
「フジーロ侯爵から、デューク魔法師と一緒ならば絶対に君は大丈夫だと聞かされて、どうにか飛び出して行くのを堪えていたんだ。だけど最後の馬車を確認したら、もう」
殿下はほとりと重いため息をついた。形よく尖った鼻先と薄いまぶたが、少しだけ赤い。
「馬だったのは……?」
私が訊ねると殿下が、すーっと目を逸らした。まぶたと鼻先に続き、頬までもが薄らと色付く。
「まさかあんな近くに居ると思わなくて。王都中を駆け回ってでも、探すつもりだったから」
「無事だとわかっていても?」
「そう。何でだろうね? ニーナさんが泣いてる気がしたから」
殿下の言葉に驚いて、言葉をなくす。じわりと頬が赤くなるのがわかる。
“白馬の王子様”
再び、脳裏にその慣用句が駆け巡った。あまりに都合の良い殿下の言葉。
「泣いたでしょう?」
殿下の長い指が、私の頬を一筋撫でる。そこにあった涙の跡をなぞるように。
「泣いたのは殿下です……」
「ニーナさんには何も隠し事ができない」
「鼻が赤いです、少しだけ」
「格好悪いな」
会話をしながら、イーサン殿下が身を乗り出して、小さなテーブルの境界線を越えた。両腕で檻を作るように、私の座るソファの背もたれに手をつく。
至近距離で、燃えるようなルビーが揺れる。黄金のまつ毛を震わせてゆっくり瞬きをした殿下が、小さく「好きだ」と囁いた。
「もうどうしようもなく愛しい」
すべてを溶かすような声にギュッと目を閉じる。柔らかく唇が重なって、そこから、自分が全部溶けていくような気がした。
二度、三度、そっと唇を食んだ殿下が、私のあごに手を掛ける。その瞬間、部屋にノックの音が響き渡った。
イーサン殿下の頭が私の肩に崩れ落ちたので、煩いほどに鼓動を鳴らしながら、そっと殿下の両肩を支える。はぁ、というため息が肩に乗った黄金の下から聞こえてくるので、思わず少し笑った。
「こちら、汚れやシワはきれいに取れたかと」
ノックの主は、王宮魔法師の制服を着た女性だった。差し出されたのは私が着ていたドレスだ。
「殿下……!」
隣を振り仰げば、殿下が頷く。
「王宮にあるドレスよりも、それが一番、今日に相応しいと思うから」
ありがとうございます、と伝える声は少し震えてしまった。
大急ぎで髪を整えて化粧をした私の前に、すっかり王弟らしい顔に戻ったイーサン殿下が立つ。
「手を取ってくれますか? 愛しい人」
差し出された手に自分の指先を乗せながら、殿下を見上げて微笑んだ。
「喜んで」
◆
殿下にエスコートされて、夜会の舞台である庭園へと向かう。
「陛下の入場はまだ少し後だから、僕らはこのタイミングで大丈夫」
殿下がそう言うのに安心した。側に居てくれて嬉しかったけれど、夜会は大丈夫だろうかというのはやはり心配だったのだ。
庭園に続く回廊の終わりに仕切りの幕が張られていて、その幕の前にはなんと国王陛下がいた。咄嗟に最上位の礼をとる私に、陛下が優しく顔を上げるよう言ってくれる。
「彩耀の夜会が開けたのはデュークと君のお陰だ」
そう言って頭を下げられてしまい慌てた。
「私は何も」
私と陛下のやり取りをイーサン殿下はにこにこと眺めていたが、その場に来た陛下の側近が報告を耳打ちするのを見た途端に、その表情を変えた。
「陛下」
眉間に怒りを滲ませたイーサン殿下が国王陛下を見る。陛下はひとつ、弟に向けて頷き返した。
「短慮な行動で儀式を台無しにしかけた者には、それ相応のことをわからせる必要がある」
鷹揚に微笑む陛下だが、目の奥がまったく笑っていない。それが恐ろしかった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、リクエストを頂いた泣きそうな顔のバーニーです。
せっかくなので「バイバイバーニー5秒前」から、決壊後も描かせていただきました。
ヒールとしての存在感をすっかりカレンに食われた感のあるバーニー…
次回もよろしくお願いします!
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