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ひとつになる日々
泣き顔と笑顔がひとつになった日 ✴︎イラスト有
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目に見えていた精霊が姿を消した後、彩耀の夜会は例年と変わらない様子を取り戻している。けれどそれは表面だけのこと。
庭園に残された人たちもまた、驚きや恐れ、興奮に感情を乱されている。私もそうだ。
しかも、ディーン兄さまにウィスタリアとしてのあらゆる判断を背負わせてしまったけれど、私は当事者側に居るのだから。
「ニーナさん」
イーサン殿下に名を呼ばれ、はっと顔を上げる。手を引かれ歩く内に、いつの間にか人の喧騒から外れた場所まで来ていた。そこでようやく、殿下が、私の気持ちを落ち着けるために、あの場所から連れ出してくれたのだと気がつく。
「君やウィスタリアが心を痛める必要はない」
「殿下……」
隣を歩いていた殿下が私の正面へと回り、繋がれていなかった方の手もすくい上げた。
「すまない。本当はこうなる前に、もっと人々が精霊を敬うように、王家がどうにかするべきだった」
殿下の言葉に私はゆっくり頭を振る。
「忘却は人間にとって逃れられない宿命ですもの。私も精霊について知らなかったことがたくさんありました」
いくら言葉を尽くしていても、習慣として残していても、目に見えぬものを信じ続けるのは難しい。誰にとっても。
「兄も私も、自分がしたことは忘れませんが、後悔もしないつもりです」
精霊を恐ろしいと思った。その涙の跡はまだ残っているけど、それでも、ディーン兄さまと自分がしたことはこの国を思う人間として、必要だったのだと決めた。
「ニーナさん」
殿下が少し泣きそうな顔をした。
陛下も、殿下も、きっとこんな決断が日常にある日々を送っている。
その片鱗を知れた分だけ、バーミリオンに嫁ぐ自分に近付けたのだと、そう思おう。
「ニーナさんは泣いてても格好良いね」
「泣きそうなのは、殿下です」
「うん。私はいつも格好悪い」
ふわりと、イーサン殿下が私を抱きしめる。
「それでも良い?」
腕の中に閉じ込められて聞く殿下の囁きは、耳を当てた心臓から直接聞いているように感じる。
「どんな殿下でも」
私が答えると殿下はそっと体を離した。間近で目が合う。ゆっくりと赤い瞳が近付くのを見て、自然と目を閉じかけた、その瞬間。私たちの鼻先をふわりと光が飛んだ。
「──蛍だ」
精霊だろうかと目を凝らした私たちを笑うように、光る虫はスイ、スイと二度ほど周囲を旋回して飛び去った。よく耳を澄ませば近くで水音がする。庭園を流れる小川付近は蛍の生息域だ。
イーサン殿下はもはやこのパターンに慣れてしまったのか、諦めたように苦笑して身を引いた。
「陛下のところへ行こう。一緒に来てくれる?」
「もちろん」
私も笑って、差し出された手を取った。と、思ったそのとき、ふわ、と目の前で金糸が揺れた。柔らかな感触が唇を掠めていく。
「ニーナ」
殿下が呼ぶ。私の名前だ。私の名前なのに、初めて聞く名前のように聞こえる。
「殿下……」
私は両手で顔を覆って俯いた。頬が熱い。
「殿下なの?」
俯く私の頭上からイーサン殿下が追撃する。きっと少し首を傾げて、私が弱い、あのよくない顔をしているのだ。
「イ、」
「い?」
「イーサン……」
そう呼んで、観念して顔を上げる。笑っているかと思ったイーサン殿下は、両手で顔を覆っていた。
「思ってたより破壊力ある」
いや、殿下が照れてどうするんですか。
◆
「嫁入り前ですよ、殿下」
王族席に居る陛下のもとへと戻る前に、腕組みをしたディーン兄さまが待ち構えていた。
「よからぬことはしていないよ」
「当たり前です」
過保護気味な兄をゆるりゆるりとかわす殿下。二人のやり取りを聞いていると、人波を掻き分けて息を切らせた人物が飛び込んできた。
「こ、こちらにおられましたか! ディーン殿、い、いやフジーロ侯爵!」
それは汗をびっしりとかいたスプルース家当主、グリン伯爵だった。
「おや? グリン伯爵ではないですか。どうしました? 汗がすごいですよ」
ディーン兄さまが応じる。その言葉に、やけに含みがあることに気がついた。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、リクエスト頂いていた、「学生時代の陛下がちび殿下を抱っこしている」イラストです。
次回もよろしくお願いします!
庭園に残された人たちもまた、驚きや恐れ、興奮に感情を乱されている。私もそうだ。
しかも、ディーン兄さまにウィスタリアとしてのあらゆる判断を背負わせてしまったけれど、私は当事者側に居るのだから。
「ニーナさん」
イーサン殿下に名を呼ばれ、はっと顔を上げる。手を引かれ歩く内に、いつの間にか人の喧騒から外れた場所まで来ていた。そこでようやく、殿下が、私の気持ちを落ち着けるために、あの場所から連れ出してくれたのだと気がつく。
「君やウィスタリアが心を痛める必要はない」
「殿下……」
隣を歩いていた殿下が私の正面へと回り、繋がれていなかった方の手もすくい上げた。
「すまない。本当はこうなる前に、もっと人々が精霊を敬うように、王家がどうにかするべきだった」
殿下の言葉に私はゆっくり頭を振る。
「忘却は人間にとって逃れられない宿命ですもの。私も精霊について知らなかったことがたくさんありました」
いくら言葉を尽くしていても、習慣として残していても、目に見えぬものを信じ続けるのは難しい。誰にとっても。
「兄も私も、自分がしたことは忘れませんが、後悔もしないつもりです」
精霊を恐ろしいと思った。その涙の跡はまだ残っているけど、それでも、ディーン兄さまと自分がしたことはこの国を思う人間として、必要だったのだと決めた。
「ニーナさん」
殿下が少し泣きそうな顔をした。
陛下も、殿下も、きっとこんな決断が日常にある日々を送っている。
その片鱗を知れた分だけ、バーミリオンに嫁ぐ自分に近付けたのだと、そう思おう。
「ニーナさんは泣いてても格好良いね」
「泣きそうなのは、殿下です」
「うん。私はいつも格好悪い」
ふわりと、イーサン殿下が私を抱きしめる。
「それでも良い?」
腕の中に閉じ込められて聞く殿下の囁きは、耳を当てた心臓から直接聞いているように感じる。
「どんな殿下でも」
私が答えると殿下はそっと体を離した。間近で目が合う。ゆっくりと赤い瞳が近付くのを見て、自然と目を閉じかけた、その瞬間。私たちの鼻先をふわりと光が飛んだ。
「──蛍だ」
精霊だろうかと目を凝らした私たちを笑うように、光る虫はスイ、スイと二度ほど周囲を旋回して飛び去った。よく耳を澄ませば近くで水音がする。庭園を流れる小川付近は蛍の生息域だ。
イーサン殿下はもはやこのパターンに慣れてしまったのか、諦めたように苦笑して身を引いた。
「陛下のところへ行こう。一緒に来てくれる?」
「もちろん」
私も笑って、差し出された手を取った。と、思ったそのとき、ふわ、と目の前で金糸が揺れた。柔らかな感触が唇を掠めていく。
「ニーナ」
殿下が呼ぶ。私の名前だ。私の名前なのに、初めて聞く名前のように聞こえる。
「殿下……」
私は両手で顔を覆って俯いた。頬が熱い。
「殿下なの?」
俯く私の頭上からイーサン殿下が追撃する。きっと少し首を傾げて、私が弱い、あのよくない顔をしているのだ。
「イ、」
「い?」
「イーサン……」
そう呼んで、観念して顔を上げる。笑っているかと思ったイーサン殿下は、両手で顔を覆っていた。
「思ってたより破壊力ある」
いや、殿下が照れてどうするんですか。
◆
「嫁入り前ですよ、殿下」
王族席に居る陛下のもとへと戻る前に、腕組みをしたディーン兄さまが待ち構えていた。
「よからぬことはしていないよ」
「当たり前です」
過保護気味な兄をゆるりゆるりとかわす殿下。二人のやり取りを聞いていると、人波を掻き分けて息を切らせた人物が飛び込んできた。
「こ、こちらにおられましたか! ディーン殿、い、いやフジーロ侯爵!」
それは汗をびっしりとかいたスプルース家当主、グリン伯爵だった。
「おや? グリン伯爵ではないですか。どうしました? 汗がすごいですよ」
ディーン兄さまが応じる。その言葉に、やけに含みがあることに気がついた。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、リクエスト頂いていた、「学生時代の陛下がちび殿下を抱っこしている」イラストです。
次回もよろしくお願いします!
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