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ひとつになる日々
さらにもう一人の兄の心がひとつになった日 ✴︎イラスト有
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「そもそも、父上がスプルースからの婚約を受けたのは先代までが誠実だったからだ」
グリン伯爵がフラフラとした足取りで去って行った後、ディーン兄さまがため息とともに吐き出す。
スプルースの鍛治といえば、ウィスタリアの騎士団とは切り離せない関係だった。
「現当主も、多少の野心の強さくらいなら大きな問題にはならないと思っていたが」
実際、バーニーが婚約解消を言い出すまでは、両家の関係も私たちの関係も問題は無かったのだ。
「騎士団は大丈夫なのかな?」
殿下が心配気に兄に訊ねる。
「それなんですが……、もともとこうなった時から、いずれスプルースから引き上げるつもりで、ウィスタリアの商業ギルドと鍛治に力を入れていく計画を立てていたんです」
「時間が掛かるな」
「それが、スプルースからの移住申し出をしてきた親方が何人も居まして。工房の建設さえ終わればすぐにでも自領で生産が可能な段階まで一気に進んだんです」
「ああ、なるほど」
殿下が納得しているのを見て首を傾げると、私の様子に気付いたのか、こちらを見て微笑む。
「ウィスタリアの武器を作れる、ということに誇りを持っていた職人が多かったんだよ」
王国最強だと言われる騎士団の強さも、領地が安定しているからだと思っていた。ウィスタリアの家祖が騎士だったこともあるのかもしれない。
「あー、話が盛り上がってるとこアレだけどさ」
唐突にデューク兄さまが私の背後からにょっきりと腕を伸ばした。その指先が王族席を差している。
「陛下からなんかオーラ出てるけど」
「あ」
「あれは『早く来い』って言ってるな……」
そういえば、陛下のところへ挨拶に行くつもりで会場に戻って来たのを忘れていた。
慌てて兄二人に背を向け、殿下の手を取ったところで、デューク兄さまが殿下に声を掛けた。
「イーサン・バーミリオン王弟殿下」
振り向いたデューク兄さまの顔には、いつものヘラヘラとした笑みはなかった。どこか張り詰めたような表情から、兄が今どんな感情で居るのかは読み取れない。
だって私は、生まれてから一度も、デューク兄さまが緊張しているところを見たことがない。
「妹をよろしくお願いします」
デューク兄さまは深々と頭を下げた。
私も、それからディーン兄さまも驚愕で静止する。誰に何を言われても、いつでも不遜で人を食った態度を崩したことのないデューク兄さま。その兄の、祈りのように真摯な立ち姿。
「私がニーナさんを不幸にしそうな時は、殺して良い」
ギョッとして隣を見る。誓いの言葉にしてもあまりに重過ぎる。さすがに冗談だと言ってほしい。だけど見上げたイーサン殿下の顔はどこまでも真剣だった。
殿下の答えに、デューク兄さまは笑った。
「そうします」
そうしないでほしい。
◆
「もう今日は紹介して貰えないものかとな」
「陛下」
「入場前に少し話すこともできたし、こんな状況にもなってしまったし、やむを得まいと」
「陛下……」
陛下のもとへ来たら、若き国王は拗ねていた。イーサン殿下が天を仰ぐ。
「遅くなり申し訳ありません、陛下」
「本当に遅いよ」
陛下、今なんか出ました。本音みたいなものが、ぽろっと。ここに落ちてます。
イーサン殿下がその本音を拾ったものか流したものか持て余す様を見て、陛下がため息をつく。
「──まあ良い、それで?」
「紹介をしたい人が」
「ウィスタリア嬢のことなら知っているが」
「そういう紹介でなく……」
「ではどういう紹介なのか」
ややこしいモードの陛下は大層ややこしい。けれど、こんなことを思うのは不敬だけど、どこかかわいい。拗ねると厄介なのが兄という生き物なのだ。
「私の伴侶となる人としてです」
イーサン殿下がきっぱりと言い切ると、陛下が目を丸くした。それから、私を見る。
「イーサンは臣籍に降りるが、面倒な血筋であることに変わりはない」
「はい」
「構わないか?」
「お支えしたいと思います」
陛下に答えると、隣のイーサン殿下が小さく息をのむ音が聞こえた。ちらりと見上げれば、赤い宝石と目が合う。少しだけ、その目が潤んで見えた。
「ありがとう」
陛下が微笑む。
それは、国王からの言葉ではなく、弟を思う兄としての言葉だった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、リクエスト頂いていた「ディーンと陛下セット」のイラストです。
王家にもなんかこう、精霊と契約する固有魔法ありそうだなっていう。
次回もよろしくお願いします!
グリン伯爵がフラフラとした足取りで去って行った後、ディーン兄さまがため息とともに吐き出す。
スプルースの鍛治といえば、ウィスタリアの騎士団とは切り離せない関係だった。
「現当主も、多少の野心の強さくらいなら大きな問題にはならないと思っていたが」
実際、バーニーが婚約解消を言い出すまでは、両家の関係も私たちの関係も問題は無かったのだ。
「騎士団は大丈夫なのかな?」
殿下が心配気に兄に訊ねる。
「それなんですが……、もともとこうなった時から、いずれスプルースから引き上げるつもりで、ウィスタリアの商業ギルドと鍛治に力を入れていく計画を立てていたんです」
「時間が掛かるな」
「それが、スプルースからの移住申し出をしてきた親方が何人も居まして。工房の建設さえ終わればすぐにでも自領で生産が可能な段階まで一気に進んだんです」
「ああ、なるほど」
殿下が納得しているのを見て首を傾げると、私の様子に気付いたのか、こちらを見て微笑む。
「ウィスタリアの武器を作れる、ということに誇りを持っていた職人が多かったんだよ」
王国最強だと言われる騎士団の強さも、領地が安定しているからだと思っていた。ウィスタリアの家祖が騎士だったこともあるのかもしれない。
「あー、話が盛り上がってるとこアレだけどさ」
唐突にデューク兄さまが私の背後からにょっきりと腕を伸ばした。その指先が王族席を差している。
「陛下からなんかオーラ出てるけど」
「あ」
「あれは『早く来い』って言ってるな……」
そういえば、陛下のところへ挨拶に行くつもりで会場に戻って来たのを忘れていた。
慌てて兄二人に背を向け、殿下の手を取ったところで、デューク兄さまが殿下に声を掛けた。
「イーサン・バーミリオン王弟殿下」
振り向いたデューク兄さまの顔には、いつものヘラヘラとした笑みはなかった。どこか張り詰めたような表情から、兄が今どんな感情で居るのかは読み取れない。
だって私は、生まれてから一度も、デューク兄さまが緊張しているところを見たことがない。
「妹をよろしくお願いします」
デューク兄さまは深々と頭を下げた。
私も、それからディーン兄さまも驚愕で静止する。誰に何を言われても、いつでも不遜で人を食った態度を崩したことのないデューク兄さま。その兄の、祈りのように真摯な立ち姿。
「私がニーナさんを不幸にしそうな時は、殺して良い」
ギョッとして隣を見る。誓いの言葉にしてもあまりに重過ぎる。さすがに冗談だと言ってほしい。だけど見上げたイーサン殿下の顔はどこまでも真剣だった。
殿下の答えに、デューク兄さまは笑った。
「そうします」
そうしないでほしい。
◆
「もう今日は紹介して貰えないものかとな」
「陛下」
「入場前に少し話すこともできたし、こんな状況にもなってしまったし、やむを得まいと」
「陛下……」
陛下のもとへ来たら、若き国王は拗ねていた。イーサン殿下が天を仰ぐ。
「遅くなり申し訳ありません、陛下」
「本当に遅いよ」
陛下、今なんか出ました。本音みたいなものが、ぽろっと。ここに落ちてます。
イーサン殿下がその本音を拾ったものか流したものか持て余す様を見て、陛下がため息をつく。
「──まあ良い、それで?」
「紹介をしたい人が」
「ウィスタリア嬢のことなら知っているが」
「そういう紹介でなく……」
「ではどういう紹介なのか」
ややこしいモードの陛下は大層ややこしい。けれど、こんなことを思うのは不敬だけど、どこかかわいい。拗ねると厄介なのが兄という生き物なのだ。
「私の伴侶となる人としてです」
イーサン殿下がきっぱりと言い切ると、陛下が目を丸くした。それから、私を見る。
「イーサンは臣籍に降りるが、面倒な血筋であることに変わりはない」
「はい」
「構わないか?」
「お支えしたいと思います」
陛下に答えると、隣のイーサン殿下が小さく息をのむ音が聞こえた。ちらりと見上げれば、赤い宝石と目が合う。少しだけ、その目が潤んで見えた。
「ありがとう」
陛下が微笑む。
それは、国王からの言葉ではなく、弟を思う兄としての言葉だった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、リクエスト頂いていた「ディーンと陛下セット」のイラストです。
王家にもなんかこう、精霊と契約する固有魔法ありそうだなっていう。
次回もよろしくお願いします!
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