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消えていく日々
曇りが消えた日
『末っ子である私の相手に、後ろ盾となる程の家格は必要ない。王族として繋ぐべき縁もおまけみたいなものなんだ。高位貴族であれば……できれば、派閥に属していない、堅実な家柄の令嬢であればそれだけで』
『私が候補に上げたいのは、誠実な──そうだな、例えばレポートひとつ書くにもきちんと専門の文献を調べて制作するような、そんなタイプの人がいい』
決定的な言葉ではない。が、殿下の視線と合わせればむしろ言わんとすることは明白だった。
バーニーとの婚約解消はすでに公のものとなっている。侯爵令嬢の隣に空きができた、それを好機と捉える人たちも居るということだ。
「ウィスタリア家のことでしたら、父フジーロ侯爵の裁量に委ねるつもりです。──私の身の振り方も含めて」
「潔いね。周囲の勧める縁談に踏み切れない私への皮肉と取ったらいいのかな?」
「とんでもありません! 私の場合はただ……」
言いかけて口を噤む。少し前までなら、私は政略結婚なのに運が良かったと胸を張って言えただろう。愛してはくれなくても、バーニーに目立った瑕疵はなかった。そのせいでこの歳になるまで婚約が続いてしまったのは不幸とも言えるが。
「君は強い人だ」
殿下の言葉に、俯いてしまっていた顔を上げる。
「辛いことがあってもそれを外に見せない。まるで何事も無かったかのように、あくまで優雅な姿勢を崩さない」
遠回しにバーニーとのことを言っているのだと分かる。
い、言えない。
何事もないように振る舞っているのではなく、病みすぎて相手のことを認識できなくなっているなどと。
そして実際には、失恋相手に縋って、嘆き悲しんで引きこもって、学園を休んでいたのだなどと。
事実とは違うところで過分に褒められてしまい胸の奥がムズムズする。
バーニーが見えなくなってから、やっと“平気そう”に見えるようになった。
姿が見えなければ話しかけられないかと期待することもない。声をかけられても聞こえなければ、やり取りに一喜一憂することもない。 バーニー・スプルースの影、そして彼への未練は今も記憶にはあるのに、この目には映らない。それがとても楽で、そして、少し怖い。
「だからこれは王族としての意向だけでなく、僕自身が君に興味を持ったという話なんだ。フジーロ侯爵に伝える必要は、まだないよ」
「殿下にそう言っていただけるなら、それはとても……光栄ですわ」
返事は取り繕ったものだった。けれど少しは本音だった。この短い会話から伺える範囲で、イーサン殿下の印象は悪いものではなかったから。
バーニーと婚約解消した以上は、他の誰かのもとへ嫁ぐことになる。そして地味だとはいえ父が侯爵位を持っている限りは、私も高位貴族の令嬢として果たすべき責任がある。それがイーサン殿下との婚姻であるならば、悪い話ではないのではないのではないか。だから。
「私は、殿下のことをもっと知りたいと思います」
私の答えに、イーサン殿下の赤い瞳がきらめく。それを純粋に美しいなと思った。
「私も同感だ。──とりあえず、図書館へ急ごうか」
「!」
本来の用事を思い出して焦る私の手を、イーサン殿下がするりと包み込む。そのまま手を引かれて走りながら、どこか気持ちが弾んでいるのを感じる。だって不意に気が付いたのだ。この世にはバーニー以上に素敵な人だって、きっと居るのだ。
バーニーしか見えていなかった頃には気付かなかった当たり前のことに、急に目の前が開けた気がした。
『私が候補に上げたいのは、誠実な──そうだな、例えばレポートひとつ書くにもきちんと専門の文献を調べて制作するような、そんなタイプの人がいい』
決定的な言葉ではない。が、殿下の視線と合わせればむしろ言わんとすることは明白だった。
バーニーとの婚約解消はすでに公のものとなっている。侯爵令嬢の隣に空きができた、それを好機と捉える人たちも居るということだ。
「ウィスタリア家のことでしたら、父フジーロ侯爵の裁量に委ねるつもりです。──私の身の振り方も含めて」
「潔いね。周囲の勧める縁談に踏み切れない私への皮肉と取ったらいいのかな?」
「とんでもありません! 私の場合はただ……」
言いかけて口を噤む。少し前までなら、私は政略結婚なのに運が良かったと胸を張って言えただろう。愛してはくれなくても、バーニーに目立った瑕疵はなかった。そのせいでこの歳になるまで婚約が続いてしまったのは不幸とも言えるが。
「君は強い人だ」
殿下の言葉に、俯いてしまっていた顔を上げる。
「辛いことがあってもそれを外に見せない。まるで何事も無かったかのように、あくまで優雅な姿勢を崩さない」
遠回しにバーニーとのことを言っているのだと分かる。
い、言えない。
何事もないように振る舞っているのではなく、病みすぎて相手のことを認識できなくなっているなどと。
そして実際には、失恋相手に縋って、嘆き悲しんで引きこもって、学園を休んでいたのだなどと。
事実とは違うところで過分に褒められてしまい胸の奥がムズムズする。
バーニーが見えなくなってから、やっと“平気そう”に見えるようになった。
姿が見えなければ話しかけられないかと期待することもない。声をかけられても聞こえなければ、やり取りに一喜一憂することもない。 バーニー・スプルースの影、そして彼への未練は今も記憶にはあるのに、この目には映らない。それがとても楽で、そして、少し怖い。
「だからこれは王族としての意向だけでなく、僕自身が君に興味を持ったという話なんだ。フジーロ侯爵に伝える必要は、まだないよ」
「殿下にそう言っていただけるなら、それはとても……光栄ですわ」
返事は取り繕ったものだった。けれど少しは本音だった。この短い会話から伺える範囲で、イーサン殿下の印象は悪いものではなかったから。
バーニーと婚約解消した以上は、他の誰かのもとへ嫁ぐことになる。そして地味だとはいえ父が侯爵位を持っている限りは、私も高位貴族の令嬢として果たすべき責任がある。それがイーサン殿下との婚姻であるならば、悪い話ではないのではないのではないか。だから。
「私は、殿下のことをもっと知りたいと思います」
私の答えに、イーサン殿下の赤い瞳がきらめく。それを純粋に美しいなと思った。
「私も同感だ。──とりあえず、図書館へ急ごうか」
「!」
本来の用事を思い出して焦る私の手を、イーサン殿下がするりと包み込む。そのまま手を引かれて走りながら、どこか気持ちが弾んでいるのを感じる。だって不意に気が付いたのだ。この世にはバーニー以上に素敵な人だって、きっと居るのだ。
バーニーしか見えていなかった頃には気付かなかった当たり前のことに、急に目の前が開けた気がした。
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