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増えていく日々
愛しさが増えた日
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ウィスタリア家の末娘である私と、スプルース家長男であるバーニー。二人の婚約が解消されたこと、そしてスプルース家の方は新たにアンバー家と婚約を結んだということは、学園でも多くの生徒が知る所となった。
周知された範囲の広さと情報の周る速さには理由がある。
かつての婚約者バーニー・スプルースとカレン・アンバーはいつも二人寄り添っており、その様子を見た生徒たちが人から人へ情報を求めた結果がこの、広く知れ渡った要因であるらしい。
らしい、としか言えないのは、私は相変わらずバーニーを認識できないままだから。
時おり、アンバー嬢に絡まれる。
彼女の目的としては私に謝罪をしたいとのことだが、いつも曖昧に微笑んで受け流してしまう。許せない、というより立場が難しいのだ。
華やかな家門では無いものの侯爵位を持つ以上、貴族社会への影響力がある。私が今回のことを容易に許してしまえば同じような婚約解消が起きやすくなってしまうとも限らない。
その逆に、彼女を責めたところで既に解消された事実が変わるわけでもない。
許すことも責めることも難しく、ゆえに謝られてもどうにもできないのだ。
マドリーン様が言うには、バーニーはどうやら謝罪をするアンバー嬢の隣に寄り添い、私に声を掛けているとのことだけれども。見えない聞こえない以上、私には何の反応もできない。
「ねえマドリーン様、スプルース様は私に何て言ってたの?」
「ニ、ニーナ様が知る必要はないことだわ」
「そう……きっとロクなこと言っていないのね」
マドリーン様が気まずそうに視線を逸らす。図星だったのだろう。
「アンバー嬢に付き添っているってことは、そうねえ……『彼女を許してやれ』とか、そんなこと?」
「ハァ……。ええ、その通りよ」
ため息を吐きつつ、マドリーン様が肯定する。予想通り、ロクでも無い。
「言ってしまうとね、それに加えてあなたが何の反応もしないから『冷たい』だとか『非道だ』とまで……まったく、どの口が言うのかって! 周りも皆んな呆れてるのよ」
「まあ」
婚約解消と言いつつ、スプルース側から破棄したのは明らかだ。その状況で私を責めるような態度ならば、バーニーへの風当たりは強いだろう。アンバー嬢もクラスの令嬢たちからは距離を置かれていると聞く。
学園で見掛けるカレン・アンバーはいつも一人だが、おそらく隣にはバーニーが寄り添っているはず。
学生の間ならば、周りから倦厭されていても二人の世界にこもっていれば良いだろう。
問題は卒業後。夫婦で社交をしていくとなった時、他の貴族から避けられたままではどうしようもない。
「なんて言うか、驚きだわ。スプルース様って婚約してる間は良識ある人だったから、そんなに立ち回りが下手になるなんて」
恋は盲目なのかしらね。
ポツリと口にした私を、マドリーン様が痛ましい顔で見る。
「恋は素晴らしいと言うけれど、相手も自分も、それに栄えさせるべき家門までダメにするような恋なんて決して良いものじゃないと思うわよ!」
マドリーン様はそう言って、ツンと前を向いて歩き出した。慌ててその後を追う。
「ありがとう」
隣に並んで小声で伝えると、ふいっと顔を逸らされてしまった。形の良い耳が赤く染まっていて、大層かわいい。
恵まれているなあと、しみじみ思う。
バーニーから婚約解消を告げられた時は、この世の不幸の最底辺に居るような気がした。けれど、こんなことがなければマドリーン様の隠れた優しさを知ることはなかった。
厳格だと思っていた両親が傷付いた時には守り寄り添ってくれるということも、淡白だと思っていたディーン兄さまが我がことのように怒ってくれることも、口の悪いデューク兄さまが仕事より私を優先してくれたことも、知ることはできないままだった。
捨てられてから愛を失っていくばかりの日々だと思っていたけれど、意外にも愛しいものは増えていくのだ。
そして、愛しいと思うものがまたひとつ。
「ニーナさん」
優しい声に振り向けば、イーサン・バーミリオン王弟殿が微笑んでいた。
周知された範囲の広さと情報の周る速さには理由がある。
かつての婚約者バーニー・スプルースとカレン・アンバーはいつも二人寄り添っており、その様子を見た生徒たちが人から人へ情報を求めた結果がこの、広く知れ渡った要因であるらしい。
らしい、としか言えないのは、私は相変わらずバーニーを認識できないままだから。
時おり、アンバー嬢に絡まれる。
彼女の目的としては私に謝罪をしたいとのことだが、いつも曖昧に微笑んで受け流してしまう。許せない、というより立場が難しいのだ。
華やかな家門では無いものの侯爵位を持つ以上、貴族社会への影響力がある。私が今回のことを容易に許してしまえば同じような婚約解消が起きやすくなってしまうとも限らない。
その逆に、彼女を責めたところで既に解消された事実が変わるわけでもない。
許すことも責めることも難しく、ゆえに謝られてもどうにもできないのだ。
マドリーン様が言うには、バーニーはどうやら謝罪をするアンバー嬢の隣に寄り添い、私に声を掛けているとのことだけれども。見えない聞こえない以上、私には何の反応もできない。
「ねえマドリーン様、スプルース様は私に何て言ってたの?」
「ニ、ニーナ様が知る必要はないことだわ」
「そう……きっとロクなこと言っていないのね」
マドリーン様が気まずそうに視線を逸らす。図星だったのだろう。
「アンバー嬢に付き添っているってことは、そうねえ……『彼女を許してやれ』とか、そんなこと?」
「ハァ……。ええ、その通りよ」
ため息を吐きつつ、マドリーン様が肯定する。予想通り、ロクでも無い。
「言ってしまうとね、それに加えてあなたが何の反応もしないから『冷たい』だとか『非道だ』とまで……まったく、どの口が言うのかって! 周りも皆んな呆れてるのよ」
「まあ」
婚約解消と言いつつ、スプルース側から破棄したのは明らかだ。その状況で私を責めるような態度ならば、バーニーへの風当たりは強いだろう。アンバー嬢もクラスの令嬢たちからは距離を置かれていると聞く。
学園で見掛けるカレン・アンバーはいつも一人だが、おそらく隣にはバーニーが寄り添っているはず。
学生の間ならば、周りから倦厭されていても二人の世界にこもっていれば良いだろう。
問題は卒業後。夫婦で社交をしていくとなった時、他の貴族から避けられたままではどうしようもない。
「なんて言うか、驚きだわ。スプルース様って婚約してる間は良識ある人だったから、そんなに立ち回りが下手になるなんて」
恋は盲目なのかしらね。
ポツリと口にした私を、マドリーン様が痛ましい顔で見る。
「恋は素晴らしいと言うけれど、相手も自分も、それに栄えさせるべき家門までダメにするような恋なんて決して良いものじゃないと思うわよ!」
マドリーン様はそう言って、ツンと前を向いて歩き出した。慌ててその後を追う。
「ありがとう」
隣に並んで小声で伝えると、ふいっと顔を逸らされてしまった。形の良い耳が赤く染まっていて、大層かわいい。
恵まれているなあと、しみじみ思う。
バーニーから婚約解消を告げられた時は、この世の不幸の最底辺に居るような気がした。けれど、こんなことがなければマドリーン様の隠れた優しさを知ることはなかった。
厳格だと思っていた両親が傷付いた時には守り寄り添ってくれるということも、淡白だと思っていたディーン兄さまが我がことのように怒ってくれることも、口の悪いデューク兄さまが仕事より私を優先してくれたことも、知ることはできないままだった。
捨てられてから愛を失っていくばかりの日々だと思っていたけれど、意外にも愛しいものは増えていくのだ。
そして、愛しいと思うものがまたひとつ。
「ニーナさん」
優しい声に振り向けば、イーサン・バーミリオン王弟殿が微笑んでいた。
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