ただΩというだけで。

さほり

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このまま目を覚まさなくても

13.

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  前髪が下に流れた津田の額には、4ヶ月前に縫合した傷が覗いている。すでに肌色に同化した傷痕は、一見して気づくようなものではない。
  彼の首に目を移し、乾はうつむいた。分厚いガーゼと包帯で覆われた津田のうなじの傷は、比較にならないほど深いのだろう。

  一生消えない傷をつけてしまった。Ωの首筋に残る通常の噛み跡とは明らかに違う、引き攣れた痕になるだろう。
  やっとつがいになれる、そのことに、ひどく興奮してしまった。嫌だと言って津田が抵抗したとき止められていれば、こんなことにはならなかったのに。

  あのとき乾の頭には、そんな選択肢はなかった。追い詰めた獲物のあがきを見るような愉悦と、逃れようとする彼への怒りと焦り。うなじに歯を立てた時の恍惚は、今でも身体に残っている。
  津田が自分に向けた、恐怖と拒絶の表情とともに。

(どうして…… )

  どうして優しくできなかったのだろう。
  どうして止めてあげられなかったんだろう。
  どうして、この世にαとΩなんてものがいるんだろう。

(この人を、殺してしまうところだった…… )

  乾は津田の左手の甲に額をつけた。
  指の細い、温かい手。津田の年齢は、顔よりもむしろ手に表れている。荒れて少し硬く、血管が浮き、筋張った手。そこには彼の半生が滲み出ていた。
  わずかに痙攣する反応は、夢の中ででも彼が生きている証だ。

(もし…… 津田さんがこのまま、目を覚まさなくても…… 俺はずっとーー )

  そのとき。
  乾の頭に、何かがそっと触れた。髪を撫でるような動きにハッとして顔を上げると、視界に入ったのは細い腕。
  反射的に顔を横に向けると、津田の茶色い双眸が乾を見つめていた。

  まだ朦朧としているのか、津田はぼんやりとして表情がなく、まばたきを繰り返している。
  それでも、彼が目を覚ましたことだけで、乾は胸が熱くなり何も言えなかった。

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