ただΩというだけで。

さほり

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春の足音

4.

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  津田は昨日、実家に連絡を取った。まだ使っているのか定かではなかった、携帯に登録してある母親の番号に短いメッセージを送ったらすぐに返信が来たと、照れ臭そうに話してくれたのだ。
  具体的なやりとりの内容は聞いていないが、予想していたほど冷淡な対応ではなかったのだろう。

「なんか…… 心配かけてたみたいでさ…… 」

  ふて腐れたような表情でそう呟いた津田からは、触れた愛情に戸惑う雰囲気が伝わってきた。

  育ててもらったこと。支えられ、見守られていたこと。自分が享受していた愛情や厚意に、最近になっていろいろ気付くことがあるのだと、夜更けのソファでぽつりぽつりと語った彼は、きっと今も、不満ばかり感じていたことを自省しているのだろう。

「今日はそのお店で、お豆腐買って帰りましょうか」

  乾が提案すると、津田は傾けた顔を腕に乗せたまま、柔らかく微笑んだ。

(これは…… どうしたらいいんだろうな…… )

  髪を切った津田には、今までと違う色気がある。無防備な笑顔を見せてくれるようになったことは、ひたすらに嬉しい。反面、雰囲気が柔らかくなったと密かに職場の女性たちの間で人気の上がっている彼が、週明けから仕事に復帰するのが心配で堪らない。

  番になったことで、津田が他のαに襲われる危険はほぼ無くなった。それでも、彼の心が他の誰かに奪われることがないとは限らないのだ。
  できることなら、彼を家に閉じ込めて、誰にも会わせたくない。そんな醜い独占欲が湧いてきて、乾は津田の笑顔から目を逸らした。

「それで…… 台はどうしましょうね。持って行けないことはないけど、うちにある棚でいいんならとりあえず写真だけにした方が、服とかに容量使えると思うんですが」

  津田は乾の心境に気づくよしもなく、そうだなぁ、とのんびりした声をあげ、写真に目を向けた。



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