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17 契約
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実習から戻って私は真っ先に自分の契約書を確認した。
よかった。働く場所は第一砦の学校と書いてある。もし来年からどこか知らない荒れ地の真ん中に行かされるのならば、すぐにでも荷物をまとめようと思っていた。
大変なことは多いけれど、私はこの町での生活を気に入りかけていた。
でも、あんな荒野のど真ん中で生活しろと言われたら…目の前が暗くなる。
こういうなりだけれども、妙齢の女性なのだ。
あんなところで暮らすなんて、絶対に嫌。
それに、せっかくラーズ会長が用意してくれた家が無駄になってしまう。
まだ借りるかどうかの返事はしていないけれど。私はすっかりあそこに住むつもりになっていた。
そうだ、ラーズ会長にそれとなく聞いてみよう。
ラーズ会長と交換したタブレット上の連絡先を初めて開いた。
メッセージを送る。
『ラーズ会長。エレッタです。先日の家の話でご相談したいことがあります。お暇なときに…』
そこまで載せた時だった。
『@nowihoieoijlkmoiuoioijopkp///////』
わけのわからない文字列がいきなり現れた。まさか、文字も送れないほど私の魔力は不足しているのだろうか。
『エレッタさん?』
急にラーズ会長の顔がタブレットに浮かんだ。
一瞬、慌てたような会長の顔が飛び出してきて、歪んで、荒くなった。
『たたたたたたたた』
音が気味悪く繰り返される。耳障りな音に耐えられない。
私は急いで文字列を送る。
『ごめんなさい。うまくつながらないので、文字での通信でお願いします』
映像と音声が消えた。あたりが一気に静かになる。
『エレッタさん、どうされたのですか? 何か不都合がありましたか』
しばらくしてタブレットに文字が浮かぶ。
『少しご相談したいことがありまして、実は…』
私は今日の出来事を語る。
『そんなことを言ったのは誰ですか』
どこか不機嫌そうな文字列が戻ってきた。
『ジーナ少佐という方です。ラーズ会長のお知り合いのようでしたけれど』
しばらく沈黙があってから、また、文字列が戻ってきた。
『新しい学校のことは気にしないでもいいです。エレッタさんがあそこに行くことはありません。いやだ…いや、あそこは…』
通信が乱れた。
『ラーズさん? つながってますか?』
『え、ええ。とに書く、エレッタ三が嫌がるような古都にはならないです。安心して さい』
うーん。なんだかうまくつながっていないようだ。
私はまた、後日、会いに行くことを約束して通信を切った。
次の日、実習で疲れたからだろうか、子供たちはとてもおとなしかった。いつもよりも熱心に授業を聞いているような気がする。
「あの子たち、焦っていますね」
ユイ先生が私の疑問に答えてくれた。
「なぜ焦るのです?」
「新しい学校に行くのに、試験があります。試験、通らないと、新しい学校に行けないんです」
共和国語の授業にも参加する子が増えたとユイ先生は言う。
「エレッタ先生の授業は試験の科目ね。そろそろ、頑張らないといけないですね」
「でも、ここは別に学校に通わなくてもいいと聞きましたよ?」
確か、辺境で子供たちは学校に行く必要はなかったはずだ。特に黒の民はほとんど学校に通うことはないと聞いていた。
「昔はね。今は小学校は必修になってるね。でも、これからは中学校まで必修にするね」
内地と同じにするということなのかしら?でも、ここの授業で決定的に欠けている科目がある。魔法の使い方の時間だ。
黒の民は魔法が使えないためにこの地に追放されていた。その子孫たちも魔法に適応するものは少なく、だから授業もないと聞いていた。
「ただここでは魔法の授業はないのでしょう? それで、中学校にあがることができるのですか?」
内地で本格的に魔法を学び始めるのは小学校の高学年からだった。当然、中学ではほとんどが魔法を使った授業になり、その上の学校に行くと魔法に優れた生徒専用の授業すらあった。貴族である私は強制的にそのクラスに入れられたのだけれど。魔力の少ない私にはつらい授業だった。
「ここ、魔法使いにくいね。その代わりに、魔道具を使うよ。あれなら魔力は必要ないんです。それから、共和国の技術も使うよ。だから、共和国語、必修。みんな、共和国語、習いに来るんです」
共和国語、便利。ユイ先生は胸を張った。
そう、ここでは便利なのだけれど。内地の学校ではほとんど習うことのない授業だ。かくいう私も共和国語は簡単な挨拶くらいしか習わなかった。
「私も、少し習おうかしら」
ぼそりとつぶやいた言葉にユイ先生はすぐに反応する。
「エレッタ先生、ぜひぜひ。これからは共和国語、必要な時代ね。お勉強好きな先生ならすぐお話しできます」
手を取るように言われても…通りがかったクリス先生に変な目で見られてしまう。
後で何か言われそう。クリフ先生はあら探しをするのが趣味のようなところがあるから。
私はそわそわとラーズ会長と会う日を待った。 彼に相談したら、絶対に何とかしてくれる。そんな安定感が彼にはある。本当に頼れる男性の代名詞のような人だと思う。このそわそわした感覚を癒してくれるのは彼しかいない。
それとなしに尋ねてみたが、校長先生もほかの先生方も新しい学校に代わるような話はしていない。きっと、新しい学校に行くのはほかの先生なのだ。
たぶん。うん。
ラーズの事務所には時間通りに訪れた。今日は会長がきちんと待っていてくれた。
「すみません。エレッタさん。むさくるしいところで」
きれいに片づけてある事務所でラーズ会長はもごもごと言い訳をした。
「いえ、今日はお時間をとっていただいてありがとうございます」
私は早速、新しい学校のことを訪ねてみた。
「……その学校にいくのでしたら、こちらで家を借りないほうがいいと思うのです」言い訳を付け足す。
ラーズ会長は最後まできちんと私の話を聞いてくれる。前にも同じ話をしているのに。
「エレッタ先生が新しい学校にいくことはないですよ」
話の終わりにラーズはきっぱりと言い切った。
「新しい学校の場所は、ここ黒の町と、黒の森の二か所に分かれています。エレッタ先生が上の授業を受け持つとしても、この町の学校になると思います。森の学校の位置は……あそこは冒険者の養成もかねての設備になる予定なので」
辺境の実情に合わせた学校にするのだとラーズは説明した。
「しかし、ジーナ少佐は……」
「ジーナ少佐は、見てわかる通り、黒の森にすむ黒の民です。彼女は向こうの学校の専任になる予定ですから、そういう言い方をしたのだと思います」
「あら、ジーナさんも先生なのですか?」
「彼女は、戦士ですから……えー、民を導く立場にある教師と兵士を兼ねたような役職ですね」
まぁ。私は驚いた。黒い民の戦士、黒翼といえば、小説の中によく出てくる高貴な野蛮人の代表だ。だいたい女主人公をさらっていく役どころなんだけど。
女性の戦士がいるとは……ちょっと意外だった。
「あんなにおきれいなのに」
「きれい?……それならエレッタ先生のほうがよほど……」
ラーズはぶつぶつとつぶやいている。
「きれいな方でしょう。すらりとしていて、……素晴らしい体形で」
飾り気のない軍服を着ていてもわかる素晴らしい胸だった。男の人たちはああいう女の人が好きなのだ。きっと。
ラーズさんもそうだろうか。私はそっとラーズ会長をうかがう。彼の体格なら、ジーナさんくらい上背のある女性が似合うだろう。
「それで、あの家のことは……」
「もし、この町に住むことができるのなら、お願いしたいと思っていますの」
私は軽く頭を下げる。
「そうですか。それはよかった」ラーズ会長はホッとした顔をする。
あら、ご迷惑だったかしら。
ほかの方が借りたいといわれていたとか。
私はラーズ会長の出してくれた焼き菓子をいただきながら、今後の予定を話し合った。
「いつからでも使い始めてください」ラーズ会長は前のめりになっている。「今日からでも、明日からでも」
「そうはいわれましても……護衛が必要だとか、そういう話はありませんでしたか」
「任せてください。最適な人物を連れてきます。彼女たちが護衛と召使を兼ねて住み込めるように手配します」
何から何まで気が付く人だ。
でも。彼女たち?
「護衛は女性なのですか?」
そう尋ねるとラーズ会長は不思議そうな顔をした。
「ええ。そのほうがいいと思いましたが」
「護衛というから、当然男性だと思っていました。女性の騎士はとても珍しいですわよね」
ラーズはああとうなずく。
「辺境では見ての通り、女性も戦うのですよ。え? ジーナ殿のような黒い民の戦士かって? そのほうが良ければ手配しますが」
それはそれでかっこいいかもしれない。凛々しいジーナ少佐の姿を思い浮かべて私はそうして欲しいといいそうになった。
よかった。働く場所は第一砦の学校と書いてある。もし来年からどこか知らない荒れ地の真ん中に行かされるのならば、すぐにでも荷物をまとめようと思っていた。
大変なことは多いけれど、私はこの町での生活を気に入りかけていた。
でも、あんな荒野のど真ん中で生活しろと言われたら…目の前が暗くなる。
こういうなりだけれども、妙齢の女性なのだ。
あんなところで暮らすなんて、絶対に嫌。
それに、せっかくラーズ会長が用意してくれた家が無駄になってしまう。
まだ借りるかどうかの返事はしていないけれど。私はすっかりあそこに住むつもりになっていた。
そうだ、ラーズ会長にそれとなく聞いてみよう。
ラーズ会長と交換したタブレット上の連絡先を初めて開いた。
メッセージを送る。
『ラーズ会長。エレッタです。先日の家の話でご相談したいことがあります。お暇なときに…』
そこまで載せた時だった。
『@nowihoieoijlkmoiuoioijopkp///////』
わけのわからない文字列がいきなり現れた。まさか、文字も送れないほど私の魔力は不足しているのだろうか。
『エレッタさん?』
急にラーズ会長の顔がタブレットに浮かんだ。
一瞬、慌てたような会長の顔が飛び出してきて、歪んで、荒くなった。
『たたたたたたたた』
音が気味悪く繰り返される。耳障りな音に耐えられない。
私は急いで文字列を送る。
『ごめんなさい。うまくつながらないので、文字での通信でお願いします』
映像と音声が消えた。あたりが一気に静かになる。
『エレッタさん、どうされたのですか? 何か不都合がありましたか』
しばらくしてタブレットに文字が浮かぶ。
『少しご相談したいことがありまして、実は…』
私は今日の出来事を語る。
『そんなことを言ったのは誰ですか』
どこか不機嫌そうな文字列が戻ってきた。
『ジーナ少佐という方です。ラーズ会長のお知り合いのようでしたけれど』
しばらく沈黙があってから、また、文字列が戻ってきた。
『新しい学校のことは気にしないでもいいです。エレッタさんがあそこに行くことはありません。いやだ…いや、あそこは…』
通信が乱れた。
『ラーズさん? つながってますか?』
『え、ええ。とに書く、エレッタ三が嫌がるような古都にはならないです。安心して さい』
うーん。なんだかうまくつながっていないようだ。
私はまた、後日、会いに行くことを約束して通信を切った。
次の日、実習で疲れたからだろうか、子供たちはとてもおとなしかった。いつもよりも熱心に授業を聞いているような気がする。
「あの子たち、焦っていますね」
ユイ先生が私の疑問に答えてくれた。
「なぜ焦るのです?」
「新しい学校に行くのに、試験があります。試験、通らないと、新しい学校に行けないんです」
共和国語の授業にも参加する子が増えたとユイ先生は言う。
「エレッタ先生の授業は試験の科目ね。そろそろ、頑張らないといけないですね」
「でも、ここは別に学校に通わなくてもいいと聞きましたよ?」
確か、辺境で子供たちは学校に行く必要はなかったはずだ。特に黒の民はほとんど学校に通うことはないと聞いていた。
「昔はね。今は小学校は必修になってるね。でも、これからは中学校まで必修にするね」
内地と同じにするということなのかしら?でも、ここの授業で決定的に欠けている科目がある。魔法の使い方の時間だ。
黒の民は魔法が使えないためにこの地に追放されていた。その子孫たちも魔法に適応するものは少なく、だから授業もないと聞いていた。
「ただここでは魔法の授業はないのでしょう? それで、中学校にあがることができるのですか?」
内地で本格的に魔法を学び始めるのは小学校の高学年からだった。当然、中学ではほとんどが魔法を使った授業になり、その上の学校に行くと魔法に優れた生徒専用の授業すらあった。貴族である私は強制的にそのクラスに入れられたのだけれど。魔力の少ない私にはつらい授業だった。
「ここ、魔法使いにくいね。その代わりに、魔道具を使うよ。あれなら魔力は必要ないんです。それから、共和国の技術も使うよ。だから、共和国語、必修。みんな、共和国語、習いに来るんです」
共和国語、便利。ユイ先生は胸を張った。
そう、ここでは便利なのだけれど。内地の学校ではほとんど習うことのない授業だ。かくいう私も共和国語は簡単な挨拶くらいしか習わなかった。
「私も、少し習おうかしら」
ぼそりとつぶやいた言葉にユイ先生はすぐに反応する。
「エレッタ先生、ぜひぜひ。これからは共和国語、必要な時代ね。お勉強好きな先生ならすぐお話しできます」
手を取るように言われても…通りがかったクリス先生に変な目で見られてしまう。
後で何か言われそう。クリフ先生はあら探しをするのが趣味のようなところがあるから。
私はそわそわとラーズ会長と会う日を待った。 彼に相談したら、絶対に何とかしてくれる。そんな安定感が彼にはある。本当に頼れる男性の代名詞のような人だと思う。このそわそわした感覚を癒してくれるのは彼しかいない。
それとなしに尋ねてみたが、校長先生もほかの先生方も新しい学校に代わるような話はしていない。きっと、新しい学校に行くのはほかの先生なのだ。
たぶん。うん。
ラーズの事務所には時間通りに訪れた。今日は会長がきちんと待っていてくれた。
「すみません。エレッタさん。むさくるしいところで」
きれいに片づけてある事務所でラーズ会長はもごもごと言い訳をした。
「いえ、今日はお時間をとっていただいてありがとうございます」
私は早速、新しい学校のことを訪ねてみた。
「……その学校にいくのでしたら、こちらで家を借りないほうがいいと思うのです」言い訳を付け足す。
ラーズ会長は最後まできちんと私の話を聞いてくれる。前にも同じ話をしているのに。
「エレッタ先生が新しい学校にいくことはないですよ」
話の終わりにラーズはきっぱりと言い切った。
「新しい学校の場所は、ここ黒の町と、黒の森の二か所に分かれています。エレッタ先生が上の授業を受け持つとしても、この町の学校になると思います。森の学校の位置は……あそこは冒険者の養成もかねての設備になる予定なので」
辺境の実情に合わせた学校にするのだとラーズは説明した。
「しかし、ジーナ少佐は……」
「ジーナ少佐は、見てわかる通り、黒の森にすむ黒の民です。彼女は向こうの学校の専任になる予定ですから、そういう言い方をしたのだと思います」
「あら、ジーナさんも先生なのですか?」
「彼女は、戦士ですから……えー、民を導く立場にある教師と兵士を兼ねたような役職ですね」
まぁ。私は驚いた。黒い民の戦士、黒翼といえば、小説の中によく出てくる高貴な野蛮人の代表だ。だいたい女主人公をさらっていく役どころなんだけど。
女性の戦士がいるとは……ちょっと意外だった。
「あんなにおきれいなのに」
「きれい?……それならエレッタ先生のほうがよほど……」
ラーズはぶつぶつとつぶやいている。
「きれいな方でしょう。すらりとしていて、……素晴らしい体形で」
飾り気のない軍服を着ていてもわかる素晴らしい胸だった。男の人たちはああいう女の人が好きなのだ。きっと。
ラーズさんもそうだろうか。私はそっとラーズ会長をうかがう。彼の体格なら、ジーナさんくらい上背のある女性が似合うだろう。
「それで、あの家のことは……」
「もし、この町に住むことができるのなら、お願いしたいと思っていますの」
私は軽く頭を下げる。
「そうですか。それはよかった」ラーズ会長はホッとした顔をする。
あら、ご迷惑だったかしら。
ほかの方が借りたいといわれていたとか。
私はラーズ会長の出してくれた焼き菓子をいただきながら、今後の予定を話し合った。
「いつからでも使い始めてください」ラーズ会長は前のめりになっている。「今日からでも、明日からでも」
「そうはいわれましても……護衛が必要だとか、そういう話はありませんでしたか」
「任せてください。最適な人物を連れてきます。彼女たちが護衛と召使を兼ねて住み込めるように手配します」
何から何まで気が付く人だ。
でも。彼女たち?
「護衛は女性なのですか?」
そう尋ねるとラーズ会長は不思議そうな顔をした。
「ええ。そのほうがいいと思いましたが」
「護衛というから、当然男性だと思っていました。女性の騎士はとても珍しいですわよね」
ラーズはああとうなずく。
「辺境では見ての通り、女性も戦うのですよ。え? ジーナ殿のような黒い民の戦士かって? そのほうが良ければ手配しますが」
それはそれでかっこいいかもしれない。凛々しいジーナ少佐の姿を思い浮かべて私はそうして欲しいといいそうになった。
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