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16 農場

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 私はジーナさんに連れられて、開拓地を見て回った。
 うるさく騒ぐだろうと思っていた子供たちは思ったよりもまじめに農作業に取り組んでいた。少しだけ彼らを見直す。

「驚かれないんですね」

「ええ。ちょっとびっくりしています。みんなまじめに作業をしているから……えっと、何にです?」
 どうやらそういうことを聞きたかったわけではなかったらしい。

「いえ。ここに来られた内地の方はみんな驚くんですよ。農道具を使っていないって……」

「……うちは田舎でしたから。お庭は全部手作業でした。も、もちろん、農家の人は使っていましたよ。でも、うちの庭は狭かったので」

 田舎者ということがばれてしまったのだろうか。実家は田舎過ぎて魔法で動く便利な魔道具は少なかった。あったのは自動水やりの道具くらいだろうか。

「へぇ、そういう人たちもいるんですね」
 良かった。ジーナの反応は別に馬鹿にした様子はない。町の学校でうっかりこういうことを言おうものなら、辺鄙な土地から来たと陰口をたたかれる。

 辺鄙な土地なのは、事実だけど。

「ここは、魔人に食われた土地でしてね。土地に魔力がほとんどない。なので、こういうやり方で開墾する以外にないんです」
 ジーナは周りの赤い荒野を指さした。
「この辺り一帯は緑の畑があったはずの場所ですが。残念です」

「魔人って……土を食べるんですか?」

 食われたという意味がよくわからなくて手ぶりを交えて聞くと、ジーナは笑った。

「いやいや、そんな、むしゃむしゃと食べたわけじゃぁ……まぁ、あれは見てないとわからないですね」
 途中で真顔に戻ってつぶやく。
「とにかく、魔力がないので、魔法は使えません。それで全部手作業なのです」

 なにも、そんな場所を開墾しなくてもいいのではないか。そんなことをちらりと思う。

「みてください。町が見えますよ」

 ジーナは高台に私を案内してくれた。だいぶ移動したと思ったのに、町はすぐそこにあった。周りは見慣れた赤い荒野で、その向こうにきらきら光る道のようなものが見える。

「あれが、黒の道。墓所へと続く道ですね」

「うわぁ、きれい」

 近くで見ると本当に黒く舗装された道なのに、ここから見るとキラキラと光って見える。まるで光の川みたいだ。

「あの道には特別な魔力除けがかかっていて、外と遮断されているんですよ。だから外から見ると光って見えるのです」

「へぇ、そうだったんですか。ジーナさん、物知りですね」

 開拓地を見下ろすと、子供たちがまだまじめに作業をしているところだった。彼らのことだから、そろそろ理由をつけて逃げ出すのではないかと恐れていたのに。
 よく見ると、黒い民の子供たちも混じっている。あいかわらず、元気いっぱいの彼らはさえずるように会話を交わしながら、同じ作業を楽々とこなしていた。

 本当に私の出番はなさそうだ。

 私は手持無沙汰であたりをぼんやりと眺めた。代わり映えのしない赤い土が広がっている。いくら目を凝らしても、盗賊とかあれ暮れ者の集団とかスリルを感じるようなものは見当たらない。

 おや?

 私は身を乗り出して、確かめた。何かが向こうのほうで動いたような……気にせいだろうか?

「どうかされましたか?」
 ジーンさんが不思議そうにこちらを見る。

「あの、あれ……みえますか。ほら、今、ちらりと」
 私は赤茶けた大地をさす。

「あれは……」
 ジーナさんが素早く私をかばうように前に出た。先ほどまでとは打って変わって表情が険しい。

「ああ。あれは……」
 しかしジーナさんはすぐに警戒を解いた。それどころか、笑顔で私のほうを窺う。

「あれはなんなのです?」

「あれは何かといいますとね。ちょっとお待ちください」

 ジーナは私が見ていた方向へ向かって走る。
 はやい。帝国の兵士たちよりもずっと。
 辺境の戦士といえば、獰猛な野蛮人と決まっていた。ジーナさんはそんなイメージとはちょっと違う。
 野性味はあるけれどその所作は私のような下級貴族よりもずっと洗練されて美しい。うっとりと見つめている間に彼女は何かを捕まえて、すぐに戻ってきた。

「これですね。羽ウサギです」
 ジーナさんに耳をつかまれて、硬直しているのはウサギのような鳥のような不思議な生き物だった。

「まぁ、かわいい」

 私は思わず手を伸ばす。ふわふわとした毛皮を触りたくてたまらない。

「あ、気を付けて。これ、魔獣の一種ですから」

 え? 私は手を引っ込めた。そんな様子を見てジーナさんは含み笑いをする。

「魔獣といっても人を襲うことはない獣です。半分魔獣、というのが当たっているかもしれませんね。見たことがない生き物でしょう?」

 でも、野生なので引っかいたり噛んだりするらしい。そういいながら、ジーナは器用に生き物を押さえつけて私に撫でさせてくれた。

 思った通り、癖になる触り心地だ。いつまでも撫でていたい。首巻にして触れていたい。

「気に入られたようですね。連れて帰ります?」
 ジーナが物騒なことをさらりという。

「ええ? これ、魔獣なのでしょう?」

「魔獣もどきですから、飼えますよ。最近、人気のペットです」

 いいのだろうか。こんなものを連れて帰って。耳をつかまれて、吊り下げられた羽ウサギはうつろな黒い瞳でこちらを見ていた。だらりと下がった羽が細かく震えている。

 魔獣を飼うなんて、そんな神殿の法に反しそうなこと、教師がしていいわけが……

 でも、かわいい。

 私はこの毛玉の魅力に抗えなかった。

「この子、飼えますか?」

 もっと撫でたい。もっと……でも、ジーナさんは私から羽ウサギを遠ざけた。

「飼えますよ。でも、野生なので調教が必要です」

「調教? ですか?」

「噛まれるのは嫌でしょう? 病気を持っているかもしれませんしね」
 こちらで調教してから渡しますねと、ジーナさんは硬直したままの羽ウサギを袋の中に入れた。

 ジーナと天幕に戻ると、アジル先生がいつものようにくつろいでいた。

「おや、麗しい少佐殿。お戻りになられましたか」
 あからさまな目つきをジーナはさらりとかわす。

「あら、クリフ先生は?」

「ああ、彼は車に戻りました。この、空気が耐えられないとかで。黒の民の天幕がお気に召さなかったようですな」
 何が起こったのか何となく察した。その場にいなくてよかった。

 子供たちがお昼の支度をはじめていた。今日は学校から弁当が支給されている。生徒たちも黒い民の子供たちもみんな入り混じってワイワイと小さな包みを受け取っていく。

「楽しそうですね」

「ですね。仲良くやっているようで、安心です。町の子たちもこの環境にだいぶ慣れてきたようだ。あと何回か実習をしたら、この土地でも大丈夫でしょう」

「森に行ったり、するんですよね。たしか」

「ええ。開拓地の実習が3回、森での実習が二回ですか。上の学校に行くまでにこの環境に慣れておかないといけないですからねぇ」

 ん? 私は引っ掛かりを感じた。

「おや、先生はまだご存じないのですか? 新しくできる学校は町の外にあるんですよ。光術の使いにくい土地柄なので、少しずつ外でならしている、そういうわけでして」

 私はめまいがしてきた。そんな話、聞いてない……学校の隣に建設している建物は、あれが中等学校と高等学校ではないのか。

「町の外って……なんでまたそんなところへ」

 まさか、私もそこへ行けと言われるのだろうか。いやいや、契約にはそんなことは書いていなかったはず……

「場所の問題のようですね。町の中に作るには場所が狭すぎますからね。町の子供たちも等級が低いからすぐになじむという人もいましたけれど、等級が低いのと、等級がないのとではかなり違いますからねぇ」

 先生の言葉が頭に入ってこない。戻ってから契約を確かめてみよう。私は心の中の予定に刻み込んだ。
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