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喫茶アルカイド

7・Bitter & Sweet 2

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「五人はいるやん……こっち二人なのに」
「寧々と黄乃が入ってくれればまだ……黄乃の攻撃、やったことはないはずだけど広範囲もいけるから」
「それまで保たんかったら意味ないですよ……」
「大丈夫。そこまでは保たせる」
 由真が口元に笑みを浮かべる。星音はその表情を見て密かに胸を撫で下ろした。今日は調子が良さそうだ。けれどいつでも力を使えるように準備しておかなければならない。
 星音が持つのは傷などを修復する能力だ。戦闘には向かない力なので、必然的に後方支援に回ることになる。最近は寧々が黄乃と組むようになったため、星音が由真と組むようになっている。
 由真が右手を開くと、そこに銀色の剣が現れる。この剣は或果の能力で作られた特別製で、条件が揃えばいつでも出現させることができるものだ。由真の場合、武器は何でも問題ないらしいが、基本的には一番使い慣れているこの剣を使うことが多い。由真が剣の柄を握りしめた瞬間に、炎の玉をいくつも纏った少女が突進してくる。直線的な動き。星音にも、少女が戦闘に慣れていないのがよくわかった。流石にそんな素人に遅れは取らない。飛んでくる炎は全て斬り伏せ、少女との間合いを一気に詰める。けれどその刃は少女本人には向けられることなく、由真は剣の柄で少女の鳩尾を突いた。少女が呻き声を漏らしてその場にうずくまる。けれど、それでもかなり手加減されていることを星音は知っていた。
(普通に全力でやったら斬らなくても死ぬもんなぁ……)
 由真の能力の詳細は、解析能力を持つ寧々でもわからないらしい。けれどそれがあまりにも強大な力だということはわかる。手加減しなければ簡単に人を殺すことができてしまうほどの破壊力。しかしこの戦闘は相手を殺すことを目的とはしていない。あくまで傷つけずに無力化して捕らえなければならない。
「星音、この子よろしく」
 由真はそう言い残して少女の横を通り抜けようとする。けれどまだ戦意を失っていないらしい少女は、右手を僅かに動かして能力を発動させようとする。それに気が付いた星音は、慌てて少女の腕を捻り上げ、その手に電子手錠をかけた。
「……っ、くそ……っ!」
 一人があっさりやられたことで、他の仲間たちも一斉にこちらに向かって来ることにしたようだ。相手は高校生くらいの男女が四人。こちらは一人だ。星音は歯噛みする。こういうとき、戦闘向きの能力を持っていない自分には何もできない。容赦なく能力をぶつけて来ようとする能力者たちに対峙する由真の背中があまりに華奢で、星音はいつもたまらなく不安になってしまう。
 ――いつか、手の届かない場所に一人で行ってしまいそうで。
「……どうして、こんなことするの」
 由真も、理由があれば人を傷つけていいと思っているわけではない。けれどいつもその理由を尋ねようとする。答えはなくとも、何も聞かずに最初から悪と決めつけることはしたくないのだと言っていた。
「力を持ってるだけでコソコソ生きてかなきゃいけないのは嫌なんだよ!」
 暴れる人の理由の中で一番多い。望んで能力を手に入れたわけでもないのに、それを隠して生きていかなければならない状況は、確かに苦しいものだ。だからといって能力で人を傷つけていい理由にもならないのだ。一人は無数の氷の刃を作り出して、それを一斉に由真に向けて飛ばす。由真の武器は剣だから相性は悪い。けれど相手は由真の能力がどんなものなのか理解していないのが、その単純な攻撃でわかる。
「な……っ!」
 剣戟だけでは説明のつかない範囲の氷が消し飛ぶ。それに動揺した相手の一瞬の隙を突いて、由真はポケットから出したスタンガンを相手の首筋に当てた。気絶して倒れ込んだ相手が頭を打たないように地面に置いてから、由真は一瞬、星音に目配せをする。ここから先は星音の仕事だ。倒れた少年に触れて体に異常がないか確認する。
 他の三人は仲間がやられたことに逆上して、一斉に攻撃を仕掛けてくる。一対一なら負ける相手ではないけれど、由真が剣を主に使う以上、一対多の戦闘では分が悪い。
 三人のうちの一人の懐に由真が潜り込んだ瞬間に、その動きが止まる。星音が目を凝らして見ると、透明で細い蜘蛛の糸のようなものが由真の四肢に巻きついていた。三人の中で一番背の高い少年が動けない由真の目の前に立つ。おそらくこの少年がリーダー格なのだろう。
「これまで散々俺たちを邪魔してくれたな」
「……邪魔してたつもりはない」
 星音は居ても立っても居られずに走り出そうとするが、いつの間にか張り巡らされていた透明な糸に阻まれた。一人一人の能力はそれほど強くはない。けれど動きを封じられている中で一方的に攻撃されて平気なわけではないのだ。強い力を持っていても、その体は生身の、普通の少女のものなのだから。
「――無能力者ノーマの犬が」
「私は犬じゃない。誰かにやらされてるわけじゃない」
「でも、一度は思ったことがあるだろ? そんな強い力を持ってるんだ。――自分を虐げる人間なんてその気になれば全員殺してしまえるのに、って」
 由真は応えない。それがほとんど肯定を意味していることは、その場にいる全員が理解できた。でも、その想いを抱いていたとしても、今の由真は人を守る道を選んだ。そこに迷いはない。
「……それでも、私は」
 透明な糸は硬質で、身じろぎすれば皮膚に食い込んでいく。それでも由真は腕に力を込めた。屈するわけにはいかない。負けるわけにはいかない。想うことはただそれだけで、誰に勝とうとしているのかなどとは考えない。
「っ……!」
 限界を超えた皮膚が切れ、血が滲み始める。誰かが叫ぶ声が響いたけれど、由真には届いていなかった。深くなる一方の傷には構わずに力を込め続ける由真に少年が怯んだ瞬間に、どこからか飛んできた光が少年の体を貫いた。
「由真さん……っ!」
 一瞬で透明な糸が消え、勢いを殺しきれなかった由真が地面に膝を突く。しかし次の瞬間には剣を杖のようにして立ち上がった。
「大丈夫ですか、由真さん……!?︎」
「ありがと、黄乃。助かった」
 相手の能力を一時的に失わせる攻撃を放ったのは、駆けつけてきた寧々と黄乃だった。由真は優しい笑みを浮かべて黄乃を見るが、黄乃は由真の腕の傷を見て眉尻を下げた。
「ふん、一人増えたところで変わりはしない。そっちのは随分とひ弱そうだし」
「あんまり舐めた口きいてると、後で痛い目見るよ。うちの秘密兵器に」
 挑発するような由真の言葉に、当の黄乃本人が焦りを見せる。秘密兵器と呼ばれるほど実戦を積んだこともないのに――と言う間もなく、インカムから寧々の指示が飛んでくる。
『敵全員に最大出力で照射――あ、由真には当てないでね?』
「そんな細かい調整まだ無理だってば……っ!」
『あともう一人いるかも。油断しないで』
「そんなこと言われても……!」
 でも状況的にはやるしかない。黄乃は呼吸を整えて機械に自らの意思を伝える。目の前にいる標的能力を一時的に使えなくして、動きを止める。その瞬間、由真は標的の後ろに回ってスタンガンを構えた。一人、二人と気絶させていき、最後の一人――リーダー格の少年の後ろに回ると同時に、寧々と由真の声が重なった。
「黄乃!」
 どこからか飛んできた蝶の大群に目の前を遮られ、黄乃の意識が逸れる。その刹那に、リーダー格の少年が透明な糸を放った。
「……っ!」
 誰かに突き飛ばされた、と黄乃が状況を把握したときには、既に由真が黄乃の目の前に立っていた。その腕は不自然に宙に浮いたまま固定され、破れた皮膚からは赤い血が流れ落ちている。
「由真さん……っ!」
「大丈夫?」
「いや、あのぼくは大丈夫だけど……!」
 安心したように微笑む由真の姿に、黄乃は息を呑んだ。かつて画面越しに出会った「彼女」の姿に重なるその表情。味方すら戦慄させるような、凄絶な笑顔の影。それに気を取られていた黄乃だが、由真の次の言葉ではっと我に返った。
「私の陰になってるから、向こうからこっちの動きは見えない。だから今のうちに、私越しにそれを使って」
「え、でも、そんなことしてもし外れたら……ていうか範囲的に絶対……」
「私は大丈夫。だから」
 明らかに大丈夫そうには見えなかった。けれど由真の言葉をインカム越しに聞いていた寧々からも容赦のない指示が飛ぶ。
『できるだけ時間をかけないで終わらせるから。だから由真の言う通りにして』
「で、でも……!」
『今は信じて。むしろ長引くほど由真に負担がかかる』
 黄乃は覚悟を決めて、球体型の機械を両手で包み込んだ。能力を一時的に失わせる光線。便利に使えるのは確かだが、中にはその攻撃が致命傷になりかねない能力者が存在する。喫茶〈アルカイド〉で働く能力者の中では、柊由真だけがそれに該当した。
 黄乃が両手に力を込めた瞬間に、球体の表面を覆っていた金属板が動き、その隙間から光が照射される。その範囲は人の陰から撃つには広く、狙った相手だけではなく、盾になっている由真にも当たってしまう。微かに漏れた由真の吐息を聞きながら、きつく目を閉じた。
『目標を確保。もう止めていいよ』
 インカムから聞こえる寧々の声を合図に、黄乃はおそるおそる目を開いた。涙で霞んだ視界に、黄乃を見つめる由真の目だけがはっきりと映った。
「由真さん……っ」
「良く頑張ったね、黄乃……」
 黄乃以外には聞こえないような小さな声で由真が言う。由真は柔らかな表情で腕を広げ、泣きじゃくっている黄乃を抱きしめた。
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