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第二部(2026年文披)
花桃の舞(Day4 花桃)
「ユキチ様、その手に持っているものは……?」
ユキチが学校帰りに玖堂の事務所に寄ると、出迎えてくれた杏杏がユキチが持っている枝を見て首を傾げた。
「あ、これ帰り際になぜか先生がくれて……造花らしいんだけど、新しいのを買って古い物を処分することになったからあげるって」
「なるほど、造花ですか。よく出来ていますね」
「結構本物っぽく見えるよね。先生が何でくれたかはわからないけど」
「それは……いまユキチ様に桜の精が憑いているので、花同士呼び合ったのではないかと」
「造花なのに?」
生花だったらそういうこともあるかもしれないが、この花はあくまで作り物だ。けれど作り物でもそういうことはあるらしい。杏杏が枝をじっと見ていたので、ユキチは何気なくそれを彼女に手渡した。
「これは花桃ですね。懐かしいです。昔、飛飛姉様がこれを持って舞を披露してくれたことがありました」
杏杏の言葉に、ユキチはその光景を想像した。確かに似合う。極端に寡黙な飛飛とはほとんど話したことはないが、その姿は何度も目にしている。水色と青を基調とした漢服を纏う、艶やかな黒髪の美しい女性。舞を踊ったらさぞかし綺麗だろう。
「……初耳なんだが」
そう言ったのは、これまで資料を見ていて一言も発していなかった玖堂だった。杏杏が花桃の枝を振りながら応える。
「私たちがこの国に来る前の話ですよ。海に浮かぶ霧が立込める島で、他の神仙たちと過ごしていた頃の話です」
「自然と調和するために歌ったり舞ったりするらしいな」
「私は歌が、泪泪姉様は楽が、飛飛姉様は舞が得意だったのです」
想像すると何とも雅な光景だ。そもそも飛飛は、見た目からは太刀を振り回して戦う姿が想像できない。むしろ舞の方が合うような気さえする。
「なるほど。飛飛が舞、ねぇ……」
玖堂は資料から顔を上げて杏杏の手元にある桃の枝を眺めた。その視線には、自身の式神たちの過去に対する、隠しきれない好奇心と少しの困惑が混じっている。
「こっちに来てからは全然やってないのか?」
「泪泪姉様が楽器を失ってしまったのもありますし……何だかそういう気分にはなれなくて」
「まあ、経緯を考えればな」
玖堂が言う。今度はユキチが戸惑いを見せる番だった。玖堂の式神達がどういう経緯で式神になったのかも聞かされていないのだ。それに気付いた杏杏がソファーに座りながら話し始める。
「私たちはかつて、海に浮かぶ霧の島で、他の神仙たちと共に穏やかに暮らしていました。けれどあるとき、島に神仙を狩る者が現れたのです。私たちが持つ力を利用しようとする権力者の使いなどです。島を覆っていた霧がいつもと違うものに変わり、気がつけば私たちは眠らされていました。そして知らないうちに船に乗せられていたのです」
静かに語られるがユキチにとっては衝撃的な話だった。玖堂はこれについては知っているのか、特に表情も変えずに聞いている。
「しかし途中で嵐が起きて船が転覆し、何とか助かった私たちが辿り着いたのがこの国だったのです。そこから先も色々あったんですが」
「今話したらパンクしそうな顔してるからやめてやれ」
玖堂が言う。確かにすでに色々気になってしまって、その先に進めそうになかった。考えてみれば見た目は自分より幼く見える杏杏も、自分や玖堂よりも遥かに長い時を生きているのだ。
「ふふ、確かにそうですね」
杏杏が昔を思い出したように、花桃の枝を持ってくるりと回る。ただの作り物のはずの枝が、彼女の動きに合わせてまるで春の微風を孕んだかのようにしなった。
「……見てみたいな。飛飛さんの、その舞」
ポツリとユキチがこぼすと、玖堂が曖昧に笑った。
「俺も、と言いたいところだけど、俺が言うのはあまり良くねえな。命令だと思われたら嫌だ。いずれ、気が向くことがあったらでいい」
杏杏はその言葉を聞きながら花桃の枝をゆらゆらと動かしている。かつての姉の姿を思い出しているのだろうか。
「その枝、気に入ったなら杏杏さんにあげます」
「いいの?」
「元々処分する予定のものをもらっただけですから」
ユキチが笑った瞬間、それに応えるように桜の花びらが一枚こぼれたのだった。
ユキチが学校帰りに玖堂の事務所に寄ると、出迎えてくれた杏杏がユキチが持っている枝を見て首を傾げた。
「あ、これ帰り際になぜか先生がくれて……造花らしいんだけど、新しいのを買って古い物を処分することになったからあげるって」
「なるほど、造花ですか。よく出来ていますね」
「結構本物っぽく見えるよね。先生が何でくれたかはわからないけど」
「それは……いまユキチ様に桜の精が憑いているので、花同士呼び合ったのではないかと」
「造花なのに?」
生花だったらそういうこともあるかもしれないが、この花はあくまで作り物だ。けれど作り物でもそういうことはあるらしい。杏杏が枝をじっと見ていたので、ユキチは何気なくそれを彼女に手渡した。
「これは花桃ですね。懐かしいです。昔、飛飛姉様がこれを持って舞を披露してくれたことがありました」
杏杏の言葉に、ユキチはその光景を想像した。確かに似合う。極端に寡黙な飛飛とはほとんど話したことはないが、その姿は何度も目にしている。水色と青を基調とした漢服を纏う、艶やかな黒髪の美しい女性。舞を踊ったらさぞかし綺麗だろう。
「……初耳なんだが」
そう言ったのは、これまで資料を見ていて一言も発していなかった玖堂だった。杏杏が花桃の枝を振りながら応える。
「私たちがこの国に来る前の話ですよ。海に浮かぶ霧が立込める島で、他の神仙たちと過ごしていた頃の話です」
「自然と調和するために歌ったり舞ったりするらしいな」
「私は歌が、泪泪姉様は楽が、飛飛姉様は舞が得意だったのです」
想像すると何とも雅な光景だ。そもそも飛飛は、見た目からは太刀を振り回して戦う姿が想像できない。むしろ舞の方が合うような気さえする。
「なるほど。飛飛が舞、ねぇ……」
玖堂は資料から顔を上げて杏杏の手元にある桃の枝を眺めた。その視線には、自身の式神たちの過去に対する、隠しきれない好奇心と少しの困惑が混じっている。
「こっちに来てからは全然やってないのか?」
「泪泪姉様が楽器を失ってしまったのもありますし……何だかそういう気分にはなれなくて」
「まあ、経緯を考えればな」
玖堂が言う。今度はユキチが戸惑いを見せる番だった。玖堂の式神達がどういう経緯で式神になったのかも聞かされていないのだ。それに気付いた杏杏がソファーに座りながら話し始める。
「私たちはかつて、海に浮かぶ霧の島で、他の神仙たちと共に穏やかに暮らしていました。けれどあるとき、島に神仙を狩る者が現れたのです。私たちが持つ力を利用しようとする権力者の使いなどです。島を覆っていた霧がいつもと違うものに変わり、気がつけば私たちは眠らされていました。そして知らないうちに船に乗せられていたのです」
静かに語られるがユキチにとっては衝撃的な話だった。玖堂はこれについては知っているのか、特に表情も変えずに聞いている。
「しかし途中で嵐が起きて船が転覆し、何とか助かった私たちが辿り着いたのがこの国だったのです。そこから先も色々あったんですが」
「今話したらパンクしそうな顔してるからやめてやれ」
玖堂が言う。確かにすでに色々気になってしまって、その先に進めそうになかった。考えてみれば見た目は自分より幼く見える杏杏も、自分や玖堂よりも遥かに長い時を生きているのだ。
「ふふ、確かにそうですね」
杏杏が昔を思い出したように、花桃の枝を持ってくるりと回る。ただの作り物のはずの枝が、彼女の動きに合わせてまるで春の微風を孕んだかのようにしなった。
「……見てみたいな。飛飛さんの、その舞」
ポツリとユキチがこぼすと、玖堂が曖昧に笑った。
「俺も、と言いたいところだけど、俺が言うのはあまり良くねえな。命令だと思われたら嫌だ。いずれ、気が向くことがあったらでいい」
杏杏はその言葉を聞きながら花桃の枝をゆらゆらと動かしている。かつての姉の姿を思い出しているのだろうか。
「その枝、気に入ったなら杏杏さんにあげます」
「いいの?」
「元々処分する予定のものをもらっただけですから」
ユキチが笑った瞬間、それに応えるように桜の花びらが一枚こぼれたのだった。
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