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心境の変化
1. また3年の月日が流れていた。
しおりを挟む「ご馳走様でした。」
オレはまた、手島さんのマンションに来ていた。
ハヤと思いがけない再開をしてから、また3年の月日が流れていた。
「今日はオレ、もう帰るわ」
「そう?」
最近はまり出した手島さんのタイ料理をご馳走になり、オレは立ち上がった。
「明日から出張で、山形に4泊。準備もあるし……」
「仕事は随分と慣れてきたかい?」
「うん。あの時の秘書さんがいい人でよかったよ」
あの、思いがけずハヤに会ったあの日、仕事を教えてくれたベテラン秘書の人の紹介で、オレは今、某一流企業の常務取締役付きの秘書をしていた。
「……あの時はホントごめん。まんまと社長の思惑に乗せられて……」
「もういいって。
手島さんが謝ることじゃないし、ハヤに会えてちゃんと互いの気持ち確認できたから。
それにオレ、谷垣さんにそうやって試されるの、嫌いじゃないんだ」
仕事帰りのスーツ姿でボストンバックを持ち玄関で靴べらを手にした。
もうさすがにスーツは着なれ、童顔は相変わらずだが、23歳らしい顔つきにはなったと思う。
「もうエレベーター来てると思うから。山形、気をつけて行ってきてね」
「あぁ、また連絡するね」
オレも手島さんの顔を見てほっとし、明日からの出張に気合が入った。
一階のエントランス、大きな男の人の影があった。
黙って通り過ぎようとしたとき、その男の人が谷垣さんだと気が付いた。
「……ご無沙汰しています!」
オレは大きな声で挨拶をした。広いエントランスにオレの声が響き渡った。
ゆっくり振り返る。
身長差は20cm近くある。ほぼ見下ろされてる感じだ。
「……誰だったかな?」
相変わらずハヤに似た低音ボイス。だがその声はあくまでも冷たい。
6年ぶりの再会。
知らないわけはない。
オーダーメイドのスーツにロング丈のコート。
ダークグレーの少しカールした髪はオールバックにしている。
目じりの下のシワすらも、男の魅力を引き立てている。
56歳にして、このかっこ良さは反則だと思った。
でも、オレももう23歳、あの頃とは違う。
その一言でカッカしてはいない。
「浜崎夏斗です。
思い出していただけましたか?」
「…………」
しばらくにらみ合いのような状態になった。
「手島のところに来てたのか」
「はい。いつもお世話になっています。
おかげさまで、今は富士城興産で役員秘書をさせていただいています」
「………富士城?」
「はい」
「…………そうか…」
静かにそういうと、手島さんの部屋のマンションの合鍵で自動ドアを開けた。
自動ドアを抜け、エレベーターに差し掛かった谷垣さんの後姿にオレは大きな声で叫んだ。
「オレ、頑張ります!!
絶対認めてもらいますから!!」
だが、谷垣さんは振り返りもせず、エレベーターに乗って行ってしまった。
谷垣さん、手島さんのマンションの合鍵を持ってた。
よかった。
マンションで一人暮らしをしてから、谷垣さんには捨てられたのかと心配になっていた。
性奴隷からの解放は手島さんにとって本当によかったのかと、オレのせいでこうなってしまって手島さんにしては不本意だったのかもと考えることもあった。
だが、詳しくは聞けなかった。
谷垣さんと手島さんの間のことはオレがとやかく言える関係ではないのはわかっていたから。
オレの知らない所で、ちゃんと今でも繋がっていたんだな。
無趣味で料理の腕前ばかりあがる手島さんだが、愛されてはいるんだと
安心した。
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