理論上俺の異世界転生、うまくいくはずだった

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第一章

第1話 「無限に増えるはずだった昼飯と、現実という壁」

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――人は、どこまで愚かで、どこまで真剣にバカになれるのだろうか。
 それを検証するには、高校生活における「昼休み」という時間はあまりにも短い。四十五分。それは宇宙の歴史から見れば瞬きにも満たない時間だが、空腹の男子高校生にとっては、永遠にも等しい哲学の時間となり得る。
 だが、俺――**相馬 恒一(そうま こういち)**は、その限られた時空の中で、人生で最も無謀かつ美しい理論を完成させてしまった。
「聞いてくれ。これ、革命的だ」
 机に突っ伏し、死んだふりをしていた俺がガバりと顔を上げると、隣の席で穏やかにパンを齧ろうとしていた**鷹宮 恒一朗(たかみや いちろう)**が、動きを止めた。
 彼はゆっくりと首を回し、心底嫌そうな、まるで生ゴミを見るような目を俺に向けてくる。
「……その顔はやめろ。ろくなことを考えてないときの顔だ。あと、口元にヨダレの跡がついてる」
「今回は違う。ヨダレは関係ない。理論だ。数式はいらないが、論理は完璧だ。アインシュタインも裸足で逃げ出すレベルの発見だ」
 ……と言いつつ、俺の脳内では「革命的」という三文字がサンバのリズムで踊り狂っている。
 革命って言えば、だいたい相手が話を聞いてくれる気がするんだよねー。歴史上の独裁者もそうやって人を集めたに違いない。
 人間って単純だよねー。もちろん、それを信じ込んでいる俺も含めて。
「数式がいらない時点で科学じゃねえよ。宗教か詐欺だろ」
 鷹宮はそう言い捨てながらも、購買で買ってきた焼きそばパンの袋を丁寧に開けて、こちらを見る体勢を取った。
 よし、聞く気はあるらしい。こいつは口が悪いが、好奇心には勝てないタイプだ。俺の扱いをよくわかっているとも言う。
 俺は声を潜め、まるで国家機密を扱うスパイのように周囲を警戒してから、机の上に鎮座するシーフード味のカップ麺を指差した。
「鷹宮、このカップ麺を見ろ」
「見てるよ。お湯を入れてから四分経過してるな。伸び始めてるぞ」
「伸びるのも計算のうちだ。いいか、まずこれを半分食べる」
「……うん」
「残りを、さらに半分食べる」
「うん……?」
「さらに残った麺を、また半分食べる。汁も同様だ」
「…………」
「これを繰り返せば――」
 俺は、確信に満ちた、聖人のごとき慈愛の笑みを浮かべた。
「理論上、このカップ麺は無限に食える」
 教室の喧騒が、俺たちの周りだけ遠のいた気がした。
 一秒。
 二秒。
 三秒。
 鷹宮はゆっくりと瞬きをし、焼きそばパンを机に置き、深く、地球の裏側まで届きそうなほど深いため息をついた。
「……で、どこからツッコめばいい? 整理券とか必要か?」
「どこからでもいい。だが反論はできないはずだ。これは『ゼノンのパラドックス』を応用した、相馬式無限摂食理論だからな」
「じゃあ最初からいくぞ。半分にした時点で物理的な量は減ってる。原子レベルまでいけば、いつか『半分』はできなくなる」
「甘いな、鷹宮。実に甘い。マックスコーヒーより甘い」
 俺は人差し指を振る。
「俺が言っているのは物質的な『量』の話じゃない。『行為』の話だ」
「は?」
「“食べている”という回数は無限だ。俺は『麺』を食べているんじゃない。『食事という概念』を食べているんだよねー。精神的に」
「腹が先に限界を迎えるか、麺が汁を吸い尽くしてただのふやけた小麦粉の塊になるのがオチだ」
「それは精神論だ」
「現実論だ! あと物理現象だ!」
 鷹宮の声が大きくなる。周囲の生徒が数人こちらを見たが、「また相馬か」という顔をして視線を戻した。慣れたものだ。
「鷹宮、お前は想像力が足りない。無限に食えるということは、食費が浮くということだ。これは経済革命でもある」
「栄養失調で入院費がかかる未来しか見えねえよ」
 そのときだった。
「……相馬くん」
 背後から、温度を極限まで排除した、やけに落ち着いた声がした。
 まるで冷房のスイッチがいきなり入ったかのような感覚。
 俺と鷹宮は同時に動きを止める。
 恐る恐る振り向くと、そこには眼鏡をかけた少女――**霧島 恒一(きりしま ひとえ)**が立っていた。
 黒髪のボブカット。制服の着こなしに一ミリの乱れもなく、手には分厚い参考書。
 学年トップの成績を誇り、感情の起伏がほぼ観測されない、「歩く模範解答」と呼ばれる人物だ。
 彼女は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、光を反射させながら俺を見下ろした。
「今の話、数学的にも物理的にも、そして生物学的にも破綻しています」
「うっ」
「極限の概念を誤解しています。無限級数の和が収束する場合、その総量は有限です。つまり、あなたがどれだけ細かく食べようと、カップ麺一杯のカロリーは増えません」
 ぐうの音も出ない正論。
 だが、ここで引き下がっては革命家(自称)の名が廃る。
「だが、霧島さん。そこにはロマンがある」
 俺は言い返した――と言いたいところだが、霧島さん相手だと、なぜか口調が矯正される。背筋も勝手に伸びる。
「霧島さん、ですが、そこにはロマンという未知の変数が存在すると思うんです」
 自分でもわかる。キモいほど丁寧だ。
 目上でも先生でもないのに、勝手に丁寧語になる。
 霧島さんの全身から発せられる「正しさ」のオーラが、俺の歪んだ根性を強制的に整列させるんだよねー。一種の覇気だこれ。
「ロマンで空腹は満たされません。胃袋が必要としているのはグルコースとアミノ酸です」
 即答だった。
 慈悲がない。
 その正論は正しい。あまりにも正しい。
 正しいが、俺の理論は「正しさ」だけで構築されているわけではない。「楽しさ」という名のスパイスが必要なんだ。
「霧島、君は“可能性”を切り捨てている……あ、いや」
 つい素が出た瞬間、霧島さんの眉が0.5ミリほど動いた気がして、俺は慌てて修正する。
「霧島さん、あなたは“可能性”を切り捨てていませんか? 未知への探求こそが科学の扉を開くのでは?」
「切り捨てています。検証する価値がないので。時間の無駄です」
「検証しないで否定するのは、科学者のすることじゃないと思うんですが……ガリレオも最初は否定されたわけで……」
「私は科学者ではありません。学生です。そして今は昼休みです」
 容赦がない。言葉のナイフが鋭利すぎる。
 俺が反論を探して口をパクパクさせていると、教室の後方から、場違いに明るい声が飛んできた。
「相馬~、それ成功したら写真撮らせてくれよ!」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、スマホのカメラをこちらに向けているのは**真壁 恒一(まかべ ひとえ)**だ。
 クラスのムードメーカー……と言えば聞こえはいいが、実態は歩くパパラッチ。
 噂では裏でテストの予想問題から教師の不倫現場まで、あらゆる情報を売買しているらしいが、誰も詳しくは知らない。
 というか本人も否定しない。
 否定しないどころか、「高く買う?」みたいな目をしてくる。怖い。資本主義の権化だ。
「記録は重要だからな。人類初の『無限機関』が完成する瞬間だろ?」
「どんな記録だよ……歴史の教科書に載せる気か?」
 鷹宮が頭を抱える。
「タイトルはどうする? 『無限に食べ続ける男、相馬』で動画サイトにアップすればバズるぜ」
「やめてくれ。親に見られたら死ぬ。末代までの恥だ」
「もう死んでるだろ、社会的に。さっき霧島さんに論破された時点で」
「まだ息はある! 心肺停止まではいってない!」
 周囲から、くすくすと笑い声が漏れる。
 俺たちのクラスは、こういうくだらない会話を許容する空気があった。
 あるいは、俺たちのバカ騒ぎが日常のBGMとして認知されているだけかもしれない。
 ――だからこそ、俺は思う。
 この時間が、ずっと続けばいいと。
 だってさ、こういうのが一番幸せじゃない?
 テストも進路も将来も、年金問題も地球温暖化も全部めんどくさいけど、今ここでカップ麺を挟んで笑ってるのは、嘘偽りのない「本物」だよねー。
「……で、実験はいつ始まるんだ?」
 鷹宮が諦めたように箸を止めて聞いてきた。
 なんだかんだで付き合ってくれる。彼はツンデレの素質がある。
「もう始まっている」
 俺はカップ麺のフタを完全に剥がし、割り箸を割った。綺麗に割れた。これは吉兆だ。
「まず、半分」
 ずずっと麺をすする。
 思ったより熱い。猫舌の俺にはハードルが高い。だが、理論のためだ。耐える。
「次、残りの半分の半分」
「相馬」
「なんだ」
「普通に食ってるだけだぞ」
「観測者の認識が追いついていないだけだ。シュレーディンガーの猫を知ってるか? 箱を開けるまでは食べたかどうかわからないんだ」
「箱(カップ)の中身、丸見えだけどな」
 半分、また半分。
 量は確実に減っている。だが、俺の中ではまだ終わっていない。
 一口ごとに「これは無限の一部だ」と念じることで、精神的な満腹中枢を騙す。
 ――終わらせない。
 終わらせたら、俺の革命は「ただの貧乏くさい昼飯」になってしまう。
 それだけは避けたい。男には意味のないプライドを守らねばならない時があるんだよねー。
「……あのさ」
 五分後、鷹宮が呆れ果てた、もはや同情すら滲む声で言った。
「普通に全部食って、汁まで飲んでるじゃねえか」
 俺は箸を止め、カップの底を見つめる。
 そこには、白い発泡スチロールの底面が見えていた。
 具の欠片ひとつ残っていない。完食である。
「……理論上は、まだ続くはずだったんだが。おかしいな、計算式にバグがあったか?」
「理論は理論だ。現実は空っぽだ。お前の胃袋も、頭の中身もな」
 霧島さんが一歩前に出て、俺のカップを覗き込む。
「相馬くん。あなたは“過程”に価値を見出しすぎて、“結果”を軽視しています」
「過程がなければ結果はない。登山の喜びは頂上ではなく道中にある」
「ですが、遭難して死んだら意味はありません」
 その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。
 霧島さんの言葉は、いつだって真実を突いてくる。
 ――結果。
 俺は、いつもそこに辿り着けない。
 勉強も、部活も、人間関係も。「なんとなく」でこなして、「面白い理論」で誤魔化して。
 最後までやり遂げたことが、俺にはあっただろうか?
 昼休み終了の予鈴が鳴る。
 カップ麺は、無限にはならなかった。
 ただのゴミになった容器が、寂しく転がっている。
 だが、不思議と後悔はなかった。
 こうしてバカなことを言って、鷹宮に突っ込まれて、霧島さんに叱られて、真壁に笑われる。
 それが俺の「結果」なのかもしれない。
「なあ、鷹宮」
「なんだ。まだなんかあるのか」
「次はトーストで試してみないか? パンくずになっても食べ続ければ――」
「やめろ」
 即答だった。食い気味だった。
 ――こうして俺たちの昼休みは、今日も無駄に、そして全力で浪費されていく。
 そのはずだった。
 次の瞬間、教室が大きく揺れた。
 最初は「また地震か?」くらいにしか思わなかった。
 日本にいれば慣れっこだ。震度3くらいかな、なんて呑気に構えていた。
 だが、違った。
 揺れは収まるどころか、世界そのものをシェイクするかのように激しくなり、悲鳴が鼓膜を裂いた。
 そして。
 床が、沈んだ。
「……え?」
 視界が傾く。
 固定されていたはずの机が浮く。
 隣の鷹宮が、目を見開いて何かを叫んでいる。
「相馬っ!」
 音が遠のく。
 霧島さんの眼鏡が、スローモーションみたいに宙を舞った。光を反射して、綺麗だった。
 真壁が「ちょっと待て、スマホ!」って叫んだ。
 いや、そこかよ。命よりデータかよ。ブレないな、お前。
 次の瞬間、俺の身体は抗いようのない重力に引きずられ、
 コンクリートの割れ目、奈落の底へと落ちていった。
 思考だけが、やけに冴えていた。
 走馬灯ってやつだろうか。
(ああ……)
(理論上、これは――助からないな)
 無限カップ麺理論ならぬ、有限人生理論。
 最後まで考え切る前に、
 世界は、白に塗り潰された。
 痛覚はなかった。
 ただ、スイッチが切れるように、俺という存在が世界からログアウトした。
 白は、眩しいというよりも、無機質だった。
 コピー用紙のような白さではない。発光ダイオードの直視とも違う。
 光というより、「無」が色を持ったらこうなる、という概念的な白さ。
 距離も奥行きもなく、上下すら曖昧で、俺は「立っている」のか「浮いている」のかすら判断できなかった。
 だが、不思議と恐怖はなかった。
 恐怖を感じるための脳味噌も心臓も、今の俺にはないのかもしれない。
(……死んだのか?)
 そう考えた瞬間、やけに冷静な自分がいることに気づく。
 叫びも混乱もなく、ただ状況を整理しようとしている。
 テスト勉強を一夜漬けで諦めた時の悟りに似ている。
(落下速度と瓦礫の質量から考えると、生存確率は0.001%以下。限りなくゼロに近い。つまり、ここは病院のベッドではない)
 そこまで考えて、思考が止まった。
 いや、止めたくない。考えると怖いから。
「いや、もう遅いだろ」
 声に出してみると、きちんと反響した。
 おや? 声が出る。空気がある。
 ということは、俺は存在している。少なくとも、意識というソフトウェアは稼働中だ。
「……死後の世界って、もっとこう、お花畑とか、三途の川とかあると思ってた。予算不足か?」
 誰に向けたでもない独り言だった。
 ツッコミ待ちだったが、鷹宮の声はしない。
『――思考活動、正常。魂の波長、安定を確認』
 突然、声がした。
 耳からではない。
 頭の内側に、直接データとして書き込まれるような、粘度のある感覚。
「……誰だ? 俺の脳内に直接語りかけているのは」
『案内役です』
「雑だな。名前とかないのか? エンジェル・鈴木とか」
『ありません。機能としての存在です』
 白の中に、ゆっくりと輪郭が浮かび上がる。
 人の形をしているようで、していない。ノイズが走ったホログラムのように、顔はぼやけ、性別も年齢もわからない。
 ただ、「事務的な雰囲気」だけが漂っている。
『あなたは先ほど、死亡しました』
「やっぱり?」
『はい。校舎老朽化による床崩落。瓦礫の下敷きになり、圧死。即死判定です』
「“判定”って言葉を使うな。ゲームオーバー画面みたいに言うなよ」
 即死と聞いて、胸が少しだけ軽くなった。
 苦しまなかったなら、それでいい。痛いのは嫌いだ。注射だって嫌いなんだから。
「……で? ここは天国の待合室?」
『これから、あなたの進路を決めます』
「進路? 三者面談かよ。親は呼んでないぞ」
『現世に戻ることはできません。肉体が全損しています』
「全損って……車みたいに言うな。廃車確定か」
『代替案として、異世界への転生が可能です』
「……は?」
 あまりにもテンプレートな言葉に、逆に現実感が薄れた。
 最近のラノベでも、もう少し捻るぞ。トラックに轢かれるとか。
「異世界って、あれか? 剣とか魔法とか、ドラゴンとか?」
『その認識で問題ありません。文明レベルは中世ヨーロッパ風。魔法が存在し、魔物が跋扈する世界です』
「選択肢は?」
『ありません』
「強制イベントかよ」
 俺は少し考えた。
 考えてからでないと、選べない性分だ。いや、選べないなら考えるだけ無駄か?
 いや、待てよ。「異世界転生」ということは……。
「……ちなみに、拒否したら?」
『魂を構成するエネルギーを分解し、宇宙の循環、すなわち“無”に還ります』
「じゃあ転生で。即決で」
『判断が早いですね』
「理論上、生き続けられる方がいいに決まってる。無になるのは、ちょっと退屈そうだ」
 案内役は、一瞬だけ沈黙した。
 こいつ、AIか何かのくせに「やれやれ」といった雰囲気を出しやがった。
 すると、白の向こうから、聞き覚えのある声が響いてきた。
「うわ、マジかよ……これ、夢じゃねえのか?」
「……ん?」
 見れば、空間の一部が歪み、そこから人影が現れた。
 鷹宮だ。制服姿のままで、自分の腕をつねっている。
 その隣には、必死にスマホを操作しようとしている真壁。
 そして、何もない空間の成分分析でもしているかのように虚空を睨む霧島さん。
「え、鷹宮? 真壁? 霧島さん? みんなも?」
「相馬! お前もいたのか!」
 鷹宮が俺に気づき、駆け寄ってくる。幽霊同士の再会にしては、足音がしっかりしていた。
「状況的にそうだろ! 床が抜けたんだぞ!」
「電波ねえ……圏外だ……クラウドにアップできねえ……」
 真壁が絶望している。死んだことよりネットが繋がらないことがショックらしい。
「……霧島さん、やっぱり皆さんも……ですか?」
 俺が尋ねると、霧島さんは眼鏡の位置を直しながら(眼鏡ごと霊体化しているらしい)、冷静に頷いた。
「はい。落下の衝撃、校舎の構造、救助までの時間。総合的に考えて生存は困難です。私たちの肉体は、物理的に機能を停止しています」
「ですよね……」
 俺の口調がまた丁寧になったのを、鷹宮が横目で見てくる。
「お前、死んでも霧島相手だと丁寧になるのなんなんだよ」
「え、だって霧島さん怖い……じゃなくて、正しいじゃん? 死後の世界でも彼女の正しさは揺るがない気がする」
「正しいって理由で敬語になる奴初めて見た。お前、権威に弱すぎだろ」
『騒がしいですね』
 案内役の声が、全員の脳内に響く。
 鷹宮と真壁がビクリと震えた。
「うわっ、なんだこの声!?」
「ステレオ放送?」
『説明は省略します。相馬恒一の記憶領域と同期してください』
「あ、共有できるんだ」
 俺が「かくかくしかじか」と念じると、三人が「あー、なるほど」みたいな顔になった。便利だな、死後の世界。
『それでは、あなた方の適性を評価し、転生特典を付与します』
「来たな」
 俺は身構えた。
 正直、ここが一番気になっていた。
 異世界といえば、チート能力だ。これはもう義務教育で習うレベルの常識だろう。
 俺にはどんな力が? やはり革命的な知能に見合った、すごい魔法とか?
『相馬 恒一。あなたは、生前、非常に特徴的な思考傾向を示していました』
「そうか? 天才的だったか?」
『極端に非効率で、現実的ではなく、空理空論を愛し、しかし最後まで思考を放棄しない』
「褒めてる? それ、遠回しにバカって言ってない?」
『ユニークであると評価しています』
 白い空間が、わずかに歪み、俺の胸元に光の球が吸い込まれた。
『あなたに付与されるのは――スキル【無限思考】』
「……それだけ? ビームとか出ないの?」
『正確には、“理論上可能だと認識した事象について、思考を途中で放棄しなくなる能力”です。また、思考速度を加速させることができます』
「それ、元からじゃない?」
『生前は精神的限界、または空腹により、しばしば中断されていました』
「……確かに」
 カップ麺の理論も、最後は空腹とチャイムに負けた。
『この能力は、肉体的・精神的制約を受けません。あなたが「いける」と思った思考は、答えが出るまで止まりません』
「役に立つのか?」
『理論上は、非常に有用です。魔法の構築、戦術の立案、新技術の開発。思考こそが世界を変えます』
「理論上って言うな。俺のセリフだ」
 案内役は、初めて少しだけ“困ったような間”を作った気がした。
『続いて、他三名にも付与します』
「え、みんなにも? 俺だけ主人公じゃないの?」
『当然です。同時死亡者は、同一世界線へパーティとしてまとめて転送します』
「パーティ扱いかよ。RPGか」
 まず鷹宮。
『鷹宮 恒一朗。付与スキル――【戦術演算】』
「せんじゅつ……えんざん?」
『周囲の情報を基に、生存・勝利のための最適解を複数提示します。戦闘・交渉・移動・資源配分など、あらゆる局面で「詰み」を回避するルートが見えます』
 鷹宮が眉をひそめる。
「要するに、頭が良くなるのか?」
『いいえ。あなたの“現実的判断”を数値化し、ナビゲーションとして視界に表示します』
「……現実の暴力じゃねえか。俺に苦労人の役回りを続けろってことか?」
 俺は素直に思った。
 これ、強い。めちゃくちゃ強い。
 異世界で「ちゃんとしてる役」決定だ。俺の保護者確定だ。
 次に霧島さん。
『霧島 恒一。付与スキル――【解析】および【完全記憶】』
「……解析、ですか」
 霧島さんの声は相変わらず平坦だが、わずかに目が鋭くなる。学者の目だ。
『対象のステータス、構造、材質、真偽、価値を可視化します。さらに、見聞きした情報を誤差なく保持します。異世界の言語も、一度聞けば理解可能です』
「それ、ズル……じゃなくて、すごいですね」
 俺は丁寧に言った。
 霧島さんは軽く頷くだけ。
「当然です。知識こそが力ですから」と言わんばかりだ。
 最後に真壁。
『真壁 恒一。付与スキル――【複写(アーカイブ)】』
「アーカイブ? コピー?」
『視界に入れた事象を“保存”し、必要時に再生・投影・実体化できます。映像だけでなく、音、匂い、触覚の一部まで記録可能です。魔物の姿を記録し、幻影として出すことも可能です』
「え、マジで? 俺、ガチで高性能カメラになった?」
『あなたの執着が“記録”に向いていました』
「最高じゃん。異世界でもスクープ撮り放題だ。冒険者の恥ずかしい瞬間とか撮って売ろう」
 鷹宮がすぐ突っ込む。
「お前はまず生き方を改めろ」
「生き方は改めない。稼ぎ方は改める。通貨が変わるからな」
 案内役が補足するように続けた。
『ただし【複写】は“代価”が必要です。保存できる容量には限度があり、容量超過時は古い記憶、あるいは自身の思い出が消去されます』
「うわ、それ俺の人生みたいだな。テスト勉強すると友達の名前忘れるんだよ」
「それはただのバカだろ!」
 鷹宮がまた叫ぶ。ツッコミ役、過労死しそうだ。
 案内役は淡々と続ける。
『異世界では、常識があなた方の世界と異なります』
「だろうな」
『多くの場合、あなたの思考は理解されません』
「慣れてる」
『場合によっては、異端として処刑されます』
「えっ、それは困る」
『健闘を祈ります』
 白が、ゆっくりと色を帯び始める。
 緑。青。土の匂い。風の音。
 転移が始まる。
『最後に、質問はありますか』
 俺は、少しだけ考えた。
 これから行く世界。もう戻れない日常。
 不安がないと言えば嘘になる。
「ちょっと待て」
『はい』
「……理論上、異世界でも腹は減るか?」
『生物である以上、エネルギー補給は必須です』
「だよな」
 真壁がニヤッとする。
「お前、死んだ直後に聞くことそれかよ。ブレねえな」
「だって大事じゃん? 腹減ると人は弱いんだよねー。ナポレオンも言ってた気がする」
 鷹宮が頭を抱え、霧島さんが小さく、本当に小さく息を吐いた。
「……相馬くん。異世界の食文化は未知です。まず安全性の確認が必要です。毒があるかもしれません」
「霧島さん、すみません、そこまで考えてませんでした。毒見係は鷹宮にお願いしようかと」
「ふざけんな!」
 鷹宮の罵声と共に、視界が急速に暗転する。
 ジェットコースターの落ちる瞬間のような浮遊感。
「じゃあ、次は――」
 最後の意識で、俺は考えた。
「……理論上、無限に生きられる方法でも探すか。死ぬのは一回で十分だ」
 次の瞬間、世界が弾けた。
 土の感触。
 草の匂い。
 鳥の声にしては、少し野太い鳴き声。
 そして――
「……腹、減った」
 そう呟いた俺の異世界生活は、
 あまりにもいつも通りに始まった。
 目を開けると、そこは鬱蒼とした森の中だった。
 木々の高さが異常だ。東京タワーくらいあるんじゃないかという巨木が立ち並び、空を覆っている。
 空気は澄んでいて、少し甘い香りがする。
 俺たちは、制服姿のまま、草むらに投げ出されていた。
「痛ってぇ……着地失敗した……」
 鷹宮が腰をさすりながら起き上がる。
「うわ、すげえ! 解像度やばい! これ4K超えてるわ!」
 真壁が周囲をキョロキョロしながら、「これ撮れるかな」と虚空に指枠を作っている。スキルを試しているらしい。
「皆さん、動かないで」
 凛とした声が響く。
 霧島さんが、地面の土をつまみ、周囲の植物を鋭い眼光で見つめていた。
「……大気成分、酸素濃度21%、窒素78%。地球とほぼ同じ。重力も同等。とりあえず、呼吸による即死はありません」
「おお、さすが霧島さん。いきなり科学してる」
「生存確認が最優先です。相馬くん、まず状況確認だ。ここはどこだ」
 鷹宮に問われ、俺は適当に辺りを見回した。
「えーっと、森っぽいよねー。軽井沢あたりかな?」
「“っぽい”じゃなくて、確定させろ。あと軽井沢にこんな紫色の毒々しいキノコは生えてない」
 鷹宮が指差した先には、確かに蛍光色に輝くキノコ群生していた。
 俺は近づいて観察する。
「……理論上、色が派手なやつほど美味い可能性がある。自然界の逆張りだ」
「食うなよ? 絶対食うなよ?」
「冗談だ。鷹宮は相変わらず厳しいねー」
「お前が緩すぎるんだよ!」
 霧島さんが立ち上がり、制服の埃を払う。
「……各自のスキルを共有し、役割分担を行いましょう。まずは水源の確保、そして夜営の準備です。日没までにおそらくあと三時間」
「霧島さん、太陽の位置だけで時間がわかるんですか?」
「角度と影の長さからの概算です。体内時計との誤差修正済み」
「人間時計だ……」
 俺が感心していると、真壁が笑う。
「お前、霧島には従順だな。尻に敷かれるタイプだ」
「だって霧島さんの言ってること、だいたい正しいんだよねー。反論の余地がない」
「“だいたい”って言うな」
 鷹宮が呆れた顔をする。
 でも、俺は笑ってしまう。
 ――この感じ。
 場所が変わっても、世界が変わっても、
 俺たちは俺たちのままだ。
 ただ一つ違うのは。
 ガサガサッ!
 茂みが大きく揺れた。
 現れたのは、熊と猪を足して二で割り、筋肉増強剤を投与したような、巨大な牙を持つ獣だった。
 体長は3メートルほど。赤い目が、明らかに俺たちを「エサ」として認識している。
「……でかいな」
 俺は呟いた。
「相馬、のんきに感想言ってる場合か!」
 鷹宮が叫ぶ。彼の目の前に、赤い光のラインが走っているのが見えた。スキルの【戦術演算】が発動しているらしい。
「逃走ルート検索……右前方、あの木の裏へ! 生存確率78%!」
「78%? 微妙な数字だな!」
「真正面から戦ったら0%だ! 走れ!」
「了解!」
 俺たちは駆け出した。
 獣が咆哮を上げ、地面を揺らして追ってくる。
「霧島さん、あいつの弱点は!?」
 走りながら俺は叫ぶ。
「解析中……対象名『フォレスト・ボア』。皮膚硬度が高いですが、腹部は柔らかい。あと、右前脚に古傷があります!」
「さすが!」
「真壁、あいつの動きをコピーして幻影で囮にしろ!」
「無茶言うなよ! まだ容量が……あ、いけるわ!」
 真壁が指をパチンと鳴らすと、獣の目の前に「もう一匹の獣」が一瞬だけ現れた。
 本物が驚いて足を止める。
 その隙に、俺たちは大木の陰に滑り込んだ。
 ぜえ、はあ、と荒い息をつく。
 心臓が早鐘を打っている。
 これが、異世界。
 これが、現実。
「……死ぬかと思った」
 鷹宮が膝に手をついて言う。
「理論上、まだ死んでない」
「うるさい」
 でも、と俺は思う。
 俺たちは連携した。
 鷹宮がルートを示し、霧島さんが情報を出し、真壁が時間を稼いだ。
「なあ、俺の出番は?」
「お前は走ってただけだ」
「いや、俺は思考していた。『どうすればあいつを美味しく食べられるか』を」
「お前、まだ食う気かよ!」
 四人の間に、笑いが漏れる。
 緊張が緩和され、少しだけ空気が軽くなる。
 ここには、壁がある。
 帰れない壁。
 元の世界と、今の世界を隔てる壁。
 そして、俺たちが越えなきゃいけない、生存という壁。
 ……まあ、越えるしかないよねー。
 俺は立ち上がり、巨大な森の奥を見据えた。
 スキル【無限思考】が、脳の奥で静かに唸りを上げている。
 この世界で、俺たちが生き残るための「革命的理論」を構築するために。
「行くぞ。まずは安全地帯の確保だ」
「お、珍しくリーダーっぽい」
「理論上、リーダーは一番偉いから、一番楽ができるはずだ」
「撤回。お前は先頭を歩け」
 鷹宮に背中を押され、俺は一歩を踏み出す。
 冒険が始まる。
 長く、騒がしく、そして最高に無謀な、俺たちの第二の人生が。
 理論上、面白くならないはずがない。|
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