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060 イネスの過去
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イネスはしばらく呆然とした表情を浮かべた後、ようやく我に返ったのか「ハッ」と目を大きく開ける。
そして俺に対して、申し訳なさと感謝が入り混じったような視線を向けてきた。
「その、正直まだ、何が何だかって感じなんだけど……まずはうん、お礼だよね。えっと、あなたの名前を訊いてもいいかな?」
「……シモンだ」
「ありがとう、シモン。あなたがいなかったら、きっと今ごろわたしは捕まっちゃってたよ」
あはは、と。
イネスは少しだけ気まずそうな笑いを零した。
そこに含まれている感情が、命が救われた安堵によるものだけではないことを、俺はもう分かっていた。
「これから、どうするつもりなんだ?」
「え?」
俺の問いに、イネスはきょとんとする。
「さっきの話の続きだ。その様子を見るに、ああいった輩に狙われるのはこれが初めてじゃないんだろ?」
「……うん、そうだね」
イネスは神妙な面持ちで頷いた。
その後、数秒だけ何かを考え込んだあと、覚悟を決めた表情で口を告げる。
「ねえ、シモン。あまり楽しくない話だと思うけど、少しだけ聞いてもらってもいいかな?」
そんな前置きの後、彼女はこれまでの境遇を語りだした。
ハーフエルフがエルフ族から迫害の対象になっているのは、既に知っての通り。
人族との間に子を為したイネスの母親は、イネスが生まれると同時にエルフの里から追放される羽目になったらしい。
その後、行方をくらました父親に頼ることもできず、母は素性がバレぬよう、様々な国を転々としながらイネスを育て上げた。
しかし約2年前――イネスが14歳となったタイミングで、母は突如として姿をくらませた。理由は今となっても不明。
それからイネスはたった一人で、今日まで生き長らえてきたとのことだった。
少し聞いただけでも、彼女の人生が壮絶なものであったことが分かる。
彼女はそんな自分の半生について、淡々と語り続けていた。
「お母さんがいなくなって、わたしはハーフエルフであることを隠しながら、1人で生きていくことになったの。当然、ふとした拍子にバレることもあって、その度に居場所を変える羽目になったんだけど……」
少し間を置いた後、イネスは続ける。
「そんな時、こんな話を聞いたんだ。ある国では、異種族に対する差別行為は禁じられているって。だから、必死に頑張ってここまで来たんだけど……結果はシモンも見ての通り。どうやらここにも、わたしが受け入れてもらえる場所はなかったみたい……あはは、期待しちゃって馬鹿みたいだよね、ホント」
そう言って、イネスは自嘲気味に笑った。
そうでもしなければ、安住の地という希望が失われた現実に耐えられなかったのだろう。
「………………」
イネスの言葉を聞き終えた俺は、しばらく無言で思考を巡らせる。
目論見が外れた彼女が、次に取る行動は簡単に予想できる。
すぐにここを離れて、また同じようにさすらいの日々を送るのだろう。
あんな、自分勝手の理由で襲ってくるような、どうしようもない輩たちから逃れるために。
俺はそれが、無性に腹立った。
決してイネスに同情したからではない。
これはきっと、罪のない存在が不条理を強いられてしまう、この世界そのものに対する憤りだ。
アルトたちから裏切られた、かつての自分。
俺は今のイネスを通して、そんな過去を見た。
だからだろうか。
こんな提案をしようと思ってしまったのは。
「……だったら、一緒に来るか?」
そして俺に対して、申し訳なさと感謝が入り混じったような視線を向けてきた。
「その、正直まだ、何が何だかって感じなんだけど……まずはうん、お礼だよね。えっと、あなたの名前を訊いてもいいかな?」
「……シモンだ」
「ありがとう、シモン。あなたがいなかったら、きっと今ごろわたしは捕まっちゃってたよ」
あはは、と。
イネスは少しだけ気まずそうな笑いを零した。
そこに含まれている感情が、命が救われた安堵によるものだけではないことを、俺はもう分かっていた。
「これから、どうするつもりなんだ?」
「え?」
俺の問いに、イネスはきょとんとする。
「さっきの話の続きだ。その様子を見るに、ああいった輩に狙われるのはこれが初めてじゃないんだろ?」
「……うん、そうだね」
イネスは神妙な面持ちで頷いた。
その後、数秒だけ何かを考え込んだあと、覚悟を決めた表情で口を告げる。
「ねえ、シモン。あまり楽しくない話だと思うけど、少しだけ聞いてもらってもいいかな?」
そんな前置きの後、彼女はこれまでの境遇を語りだした。
ハーフエルフがエルフ族から迫害の対象になっているのは、既に知っての通り。
人族との間に子を為したイネスの母親は、イネスが生まれると同時にエルフの里から追放される羽目になったらしい。
その後、行方をくらました父親に頼ることもできず、母は素性がバレぬよう、様々な国を転々としながらイネスを育て上げた。
しかし約2年前――イネスが14歳となったタイミングで、母は突如として姿をくらませた。理由は今となっても不明。
それからイネスはたった一人で、今日まで生き長らえてきたとのことだった。
少し聞いただけでも、彼女の人生が壮絶なものであったことが分かる。
彼女はそんな自分の半生について、淡々と語り続けていた。
「お母さんがいなくなって、わたしはハーフエルフであることを隠しながら、1人で生きていくことになったの。当然、ふとした拍子にバレることもあって、その度に居場所を変える羽目になったんだけど……」
少し間を置いた後、イネスは続ける。
「そんな時、こんな話を聞いたんだ。ある国では、異種族に対する差別行為は禁じられているって。だから、必死に頑張ってここまで来たんだけど……結果はシモンも見ての通り。どうやらここにも、わたしが受け入れてもらえる場所はなかったみたい……あはは、期待しちゃって馬鹿みたいだよね、ホント」
そう言って、イネスは自嘲気味に笑った。
そうでもしなければ、安住の地という希望が失われた現実に耐えられなかったのだろう。
「………………」
イネスの言葉を聞き終えた俺は、しばらく無言で思考を巡らせる。
目論見が外れた彼女が、次に取る行動は簡単に予想できる。
すぐにここを離れて、また同じようにさすらいの日々を送るのだろう。
あんな、自分勝手の理由で襲ってくるような、どうしようもない輩たちから逃れるために。
俺はそれが、無性に腹立った。
決してイネスに同情したからではない。
これはきっと、罪のない存在が不条理を強いられてしまう、この世界そのものに対する憤りだ。
アルトたちから裏切られた、かつての自分。
俺は今のイネスを通して、そんな過去を見た。
だからだろうか。
こんな提案をしようと思ってしまったのは。
「……だったら、一緒に来るか?」
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