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第19話:染まり切った道場
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ユウは久々に道場に向かっていた。
こんなにも道場を離れたのは本当に久々だった。いくらアイリの事でショックを受けたとはいえ、何でこんな気持ちになったのか今でも不思議でしょうがない。
ユウは道場に着いたらアイリとみんなにすぐ謝るつもりでいた。
懐かしいはずだった。
木の香り、草履の音、張り詰めた空気。
だが、門をくぐった瞬間――違和感が、胸を突いた。
(……静かすぎる)
昼の稽古の時間帯。
なのに、あの騒がしかった男たちの声が一切聞こえない。
走り回る音も、笑い声も、呼びかけもない。
そこにいたのは――女たちだけだった。
彼女たちは訓練をしていたがすぐに違和感に気付いた。
全員の動きが、異様に整っている。
かつては癖のある型がぶつかり合い、賑やかで雑然とした活気があった。
だが今は――全員が同じ構え、同じ間、同じ呼吸で剣を振っている。
それは熟練でも、成長でもなかった。
型に“はめ込まれた”ような動きだった。
「ユウ……?」
最初に声をかけてきたのは、カナだった。
表情は穏やかで、声も柔らかい。
けれど、何かが――貼りつけた仮面のようだった。
「久しぶり、元気だった?」
「……ああ。けど……男たちは? どうした?」
その瞬間、彼女の目がほんのわずかに揺れた。
だがすぐに、微笑みがその揺らぎを塗りつぶす。
「皆、今は別の場所にいるの。
あまり心配しないで。私たち、ちゃんとやってるから」
「……“私たち”?」
気づけば、他の女性門下生たちもこちらに目を向けていた。
ユリナも、シズカも、ユイも、師範のキサラですら――
「今の稽古、すごく綺麗だったな。誰が教えてるんだ?」
そう尋ねたとき、隣にいたユリナが微笑んだ。
「もちろん……カイザ様よ」
その声には、ためらいがなかった。
「カイザ……様?」
なぜ彼のことを様づけで呼んでいるのかユウは理解できなかった
「カイザ様の導きがなければ、私たちは何も知らないままだったの」
「今の私たちは、強くなれた。生まれ変われたの」
「……ユウくんも、きっとわかる日が来るよ」
次々と、口を揃えたように語られる言葉。
(……全員、同じことを言ってる)
しかも、迷いなく。感情すら混じらず。
“個人の感想”ではなかった。
それは、“共有された理念”だった。
(……まさか、アイリも!?)
ユウは背筋を冷たくした。
「アイリはどこにいる!」
道場の仲間たちは顔を見合わせ、くすくすと笑いながら意味深な視線を交わす。
カナがにやりと笑って答えた。
「アイリなら、カイザ様と奥で『楽しんでる』よ。もう数日、あの二人はそんな感よ」
別の仲間が茶化すように続ける。
「ほんと、アイリはカイザ様のお気に入りだね。夜も昼も、ずーっと一緒だよ!」
道場内に軽い笑い声が響く。
「……え?」
ユウは彼女達が何を言っているか理解できなかった。
アイリとカイザが「奥で楽しんでいる」という言葉が、ユウの頭の中で反響し、まるで毒のように彼の心を蝕んでいた。
アイリがカイザに身を委ね、夜ごと彼の腕に抱かれている――そのイメージは、ユウの胸を締め付け、理性を揺さぶった。
「み、みんな、からかわないでくれよ……そんなことあるわけないだろ。ねえキサラさんも」
アイリの母親――キサラの前で、こんな軽薄な話をするなんて。
どうかしてる。
きっと、みんな俺をからかって楽しんでるんだ。
だが、彼女はただ静かに微笑み、落ち着いた声で言った。
「ええ。そう……彼に選ばれたことは、あの子にとって“祝福”なのです」
「……祝福、だって……?」
ユウは思わず言葉を返す。
だがキサラは、その反応にすら乱されなかった。
瞳には波紋ひとつなく、穏やかに語り続けた。
「私たちは皆、彼の導きによって“本来あるべき姿”を知りました。
秩序、力、価値――それらすべてを理解できる者のそばにいられること。
それがどれほど……幸福なことか、あなたにはまだわからないのですね」
母親のはずだった。
それなのに――娘が“誰かに支配されること”を誇りと口にしている。
「アイリは、特別です。彼に認められるに値する存在。
それは母として、女として、誇りに思うべきことです」
ユウは何も返せなかった。
キサラの言葉には偽りがなかった。
誰よりも厳しく、気高くあった女性が、
いまや自分の娘を「献上された贈り物」のように語っていた。
すると、廊下の奥から――二つの足音が近づいてくる。
静かで、揃った歩調。
その音だけで、場の空気がわずかに緊張を帯びた。
そして次の瞬間、
カイザとアイリが、ゆっくりと道場に姿を現す。
――空気が変わった。
呼吸が浅くなり、
誰もが無意識のうちに背筋を正す。
まるで、見えない重力が落ちてきたかのように。
こんなにも道場を離れたのは本当に久々だった。いくらアイリの事でショックを受けたとはいえ、何でこんな気持ちになったのか今でも不思議でしょうがない。
ユウは道場に着いたらアイリとみんなにすぐ謝るつもりでいた。
懐かしいはずだった。
木の香り、草履の音、張り詰めた空気。
だが、門をくぐった瞬間――違和感が、胸を突いた。
(……静かすぎる)
昼の稽古の時間帯。
なのに、あの騒がしかった男たちの声が一切聞こえない。
走り回る音も、笑い声も、呼びかけもない。
そこにいたのは――女たちだけだった。
彼女たちは訓練をしていたがすぐに違和感に気付いた。
全員の動きが、異様に整っている。
かつては癖のある型がぶつかり合い、賑やかで雑然とした活気があった。
だが今は――全員が同じ構え、同じ間、同じ呼吸で剣を振っている。
それは熟練でも、成長でもなかった。
型に“はめ込まれた”ような動きだった。
「ユウ……?」
最初に声をかけてきたのは、カナだった。
表情は穏やかで、声も柔らかい。
けれど、何かが――貼りつけた仮面のようだった。
「久しぶり、元気だった?」
「……ああ。けど……男たちは? どうした?」
その瞬間、彼女の目がほんのわずかに揺れた。
だがすぐに、微笑みがその揺らぎを塗りつぶす。
「皆、今は別の場所にいるの。
あまり心配しないで。私たち、ちゃんとやってるから」
「……“私たち”?」
気づけば、他の女性門下生たちもこちらに目を向けていた。
ユリナも、シズカも、ユイも、師範のキサラですら――
「今の稽古、すごく綺麗だったな。誰が教えてるんだ?」
そう尋ねたとき、隣にいたユリナが微笑んだ。
「もちろん……カイザ様よ」
その声には、ためらいがなかった。
「カイザ……様?」
なぜ彼のことを様づけで呼んでいるのかユウは理解できなかった
「カイザ様の導きがなければ、私たちは何も知らないままだったの」
「今の私たちは、強くなれた。生まれ変われたの」
「……ユウくんも、きっとわかる日が来るよ」
次々と、口を揃えたように語られる言葉。
(……全員、同じことを言ってる)
しかも、迷いなく。感情すら混じらず。
“個人の感想”ではなかった。
それは、“共有された理念”だった。
(……まさか、アイリも!?)
ユウは背筋を冷たくした。
「アイリはどこにいる!」
道場の仲間たちは顔を見合わせ、くすくすと笑いながら意味深な視線を交わす。
カナがにやりと笑って答えた。
「アイリなら、カイザ様と奥で『楽しんでる』よ。もう数日、あの二人はそんな感よ」
別の仲間が茶化すように続ける。
「ほんと、アイリはカイザ様のお気に入りだね。夜も昼も、ずーっと一緒だよ!」
道場内に軽い笑い声が響く。
「……え?」
ユウは彼女達が何を言っているか理解できなかった。
アイリとカイザが「奥で楽しんでいる」という言葉が、ユウの頭の中で反響し、まるで毒のように彼の心を蝕んでいた。
アイリがカイザに身を委ね、夜ごと彼の腕に抱かれている――そのイメージは、ユウの胸を締め付け、理性を揺さぶった。
「み、みんな、からかわないでくれよ……そんなことあるわけないだろ。ねえキサラさんも」
アイリの母親――キサラの前で、こんな軽薄な話をするなんて。
どうかしてる。
きっと、みんな俺をからかって楽しんでるんだ。
だが、彼女はただ静かに微笑み、落ち着いた声で言った。
「ええ。そう……彼に選ばれたことは、あの子にとって“祝福”なのです」
「……祝福、だって……?」
ユウは思わず言葉を返す。
だがキサラは、その反応にすら乱されなかった。
瞳には波紋ひとつなく、穏やかに語り続けた。
「私たちは皆、彼の導きによって“本来あるべき姿”を知りました。
秩序、力、価値――それらすべてを理解できる者のそばにいられること。
それがどれほど……幸福なことか、あなたにはまだわからないのですね」
母親のはずだった。
それなのに――娘が“誰かに支配されること”を誇りと口にしている。
「アイリは、特別です。彼に認められるに値する存在。
それは母として、女として、誇りに思うべきことです」
ユウは何も返せなかった。
キサラの言葉には偽りがなかった。
誰よりも厳しく、気高くあった女性が、
いまや自分の娘を「献上された贈り物」のように語っていた。
すると、廊下の奥から――二つの足音が近づいてくる。
静かで、揃った歩調。
その音だけで、場の空気がわずかに緊張を帯びた。
そして次の瞬間、
カイザとアイリが、ゆっくりと道場に姿を現す。
――空気が変わった。
呼吸が浅くなり、
誰もが無意識のうちに背筋を正す。
まるで、見えない重力が落ちてきたかのように。
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