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第22話:変わり果てた仲間たち
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ユウは拘束されたまま、馬車のような密閉された移送車に揺られていた。
窓はなく、視界もない。ただ揺れと、体の痛みと、重たい沈黙だけが支配していた。
(……このまま連れてかれたら、どうなる……?)
考える力が残っていることが不思議だった。
だが、そのわずかな意識が、ひとつの疑問にたどりつかせる。
(そういえば……あいつらは、今、どこに……)
「……なあ」
沈黙を破って声を出す。
隣で座っていた黒服の女性――リサが、わずかに目線だけを動かした。
「……道場にいた、他の連中は……男たちは……お前らに連れていかれたって聞いた。今……どこにいる。俺が連れて行かれる場所にいるのか?」
その声は掠れていたが、真っ直ぐだった。
最後のつながりを確かめるように。
リサは、ほんの少しだけ黙り込んだ。
だが次に発せられた言葉は、冷たく整っていた。
「中央研究機関にて
戦力評価適性および人体適合検査、異能覚醒の実験体として処理されています」
「……処理?」
「ええ。必要であれば強化措置。不要であれば、記録後に破棄。それが方針です」
ユウの呼吸が止まる。
「待て……“破棄”? ……お前ら……」
「繰り返しますが、“必要に応じて”です。
少なくとも今、彼らの意識や意思は、あなたが知っていた頃のままではないと考えてください」
その言葉は、まるで何の情もなかった。
同じ道場で笑い、傷を分け合った者たちの運命が、
「記録後に破棄」と言い捨てられるような扱いで語られる。
ユウは、叫ばなかった。
ただ、声も、熱も、何も出なかった。
背中に重くのしかかってきたのは――
完全な“手遅れ”という現実。
(俺が……何もできなかった間に……)
拳も、力も、言葉すら……
今は、ただ腕の拘束具が、自分の無力さそのもののように感じられた。
移送車が止まった。
重々しい金属音とともに扉が開き、白光が目を刺す。
引きずられるように足を進めると、そこは無機質な廊下だった。
冷たく、整然としすぎている。
ここが“人間のいる場所”だとは、とても思えなかった。
「到着だ。予定通り、収容エリアに連れて行く」
リサが何気なく告げる。
そのまま無言の職員に引き渡され、ユウは導かれる。
が、その途中、ガラス張りの部屋が目に入り――彼の足が止まった。
そこにいたのは、数人の男たち。
誰よりも騒がしく、強く、そして誇り高く剣を振っていた――
かつての道場の仲間たちだった。
だが今、彼らの顔は無表情だった。
目に光はなく、身体の動きは正確すぎて機械のようだった。
誰かが振り返る。
名前を呼びかけようとした。
だが、口が動かない。
(……嘘だろ)
仲間だった。
名前を知っている。言葉も笑い声も、すべて覚えている。
だが――“彼らの中に、その記憶はもうなかった”。
ユウが視線をぶつけても、誰も反応しない。
感情がなかった。
(もう……俺の声も届かないのか)
拳を握った。
でも、その震えは怒りじゃなかった。
ただの、喪失。
そして、守れなかった自分への悔いだった。
「彼らは失敗作だ。異能覚醒薬に対応できなかった」
後ろから、リサの声が響いた。
「もっとも異能覚醒薬での覚醒率はほぼ0%に近い。
死にさえしなければ別の使い道がある。彼らは感情は排除され、命令に忠実な戦力としました。あなたも、いずれはどちらかに――」
「……いらない」
ユウはかすれた声で、吐き捨てるように言った。
「そんな“力”なら……俺は、いらない」
リサは何も返さなかった。
ただ一瞥をくれ、再び無言で歩き出す。
その背中に続くように、ユウは再び引かれていった。
だが、その胸にはようやく芽生えた明確な拒絶があった。
「被験体。ユウ。準備完了。異能覚醒薬を投与開始します」
冷たい女の声が響いた。
白い部屋。固定された椅子。
ユウの身体は、両手両足をベルトで抑えられ、わずかに動くだけでも軋む。
(やめろ……何だよ、これ……)
耳鳴りがする。
だがその下で、心臓の音がひどく大きく鳴っていた。
「脈拍、上昇。異常なし。投与まで、カウント5――」
ユウは叫ぼうとした。
だが口には装着されたマスクが被せられ、声はこもるだけだった。
「4――3――」
(何か来る――)
「2――1――投与」
瞬間、左腕に冷たい感触。
静脈を伝って体内に流れ込む“何か”が、
まるで意志を持っているかのように全身を駆け巡った。
熱い。
いや、熱いを通り越して焼ける。
意識が引き裂かれる。
心が溶ける。
だが、その奥底で何かが――確かに“応えよう”としていた。
「適合率は……5%。破棄領域です」
誰かがそう言った。
(……やめろ……俺は……まだ)
次の瞬間、ユウの身体がびくんと跳ねた。
背筋から放電のような痛みが走り、瞳が見開かれる。
「――出た。波形変化。
異能覚醒の兆候、微弱ながら検出」
一人の研究員が息をのんだ。
「……ただの拒絶反応じゃない。何かが、“抗おう”としている……」
ユウは見た。
白い天井の奥に、誰かの顔が重なった気がした。
道場。笑い声。剣の音。そして――背を向けたアイリ。
(……俺は……)
(壊されるために、生きてきたんじゃない)
拘束具が軋む。
呼吸が、荒くなる。
マスクの中で、確かに声が響いた。
(……俺は、まだ……終わっちゃいない……死んでたまるか!)
窓はなく、視界もない。ただ揺れと、体の痛みと、重たい沈黙だけが支配していた。
(……このまま連れてかれたら、どうなる……?)
考える力が残っていることが不思議だった。
だが、そのわずかな意識が、ひとつの疑問にたどりつかせる。
(そういえば……あいつらは、今、どこに……)
「……なあ」
沈黙を破って声を出す。
隣で座っていた黒服の女性――リサが、わずかに目線だけを動かした。
「……道場にいた、他の連中は……男たちは……お前らに連れていかれたって聞いた。今……どこにいる。俺が連れて行かれる場所にいるのか?」
その声は掠れていたが、真っ直ぐだった。
最後のつながりを確かめるように。
リサは、ほんの少しだけ黙り込んだ。
だが次に発せられた言葉は、冷たく整っていた。
「中央研究機関にて
戦力評価適性および人体適合検査、異能覚醒の実験体として処理されています」
「……処理?」
「ええ。必要であれば強化措置。不要であれば、記録後に破棄。それが方針です」
ユウの呼吸が止まる。
「待て……“破棄”? ……お前ら……」
「繰り返しますが、“必要に応じて”です。
少なくとも今、彼らの意識や意思は、あなたが知っていた頃のままではないと考えてください」
その言葉は、まるで何の情もなかった。
同じ道場で笑い、傷を分け合った者たちの運命が、
「記録後に破棄」と言い捨てられるような扱いで語られる。
ユウは、叫ばなかった。
ただ、声も、熱も、何も出なかった。
背中に重くのしかかってきたのは――
完全な“手遅れ”という現実。
(俺が……何もできなかった間に……)
拳も、力も、言葉すら……
今は、ただ腕の拘束具が、自分の無力さそのもののように感じられた。
移送車が止まった。
重々しい金属音とともに扉が開き、白光が目を刺す。
引きずられるように足を進めると、そこは無機質な廊下だった。
冷たく、整然としすぎている。
ここが“人間のいる場所”だとは、とても思えなかった。
「到着だ。予定通り、収容エリアに連れて行く」
リサが何気なく告げる。
そのまま無言の職員に引き渡され、ユウは導かれる。
が、その途中、ガラス張りの部屋が目に入り――彼の足が止まった。
そこにいたのは、数人の男たち。
誰よりも騒がしく、強く、そして誇り高く剣を振っていた――
かつての道場の仲間たちだった。
だが今、彼らの顔は無表情だった。
目に光はなく、身体の動きは正確すぎて機械のようだった。
誰かが振り返る。
名前を呼びかけようとした。
だが、口が動かない。
(……嘘だろ)
仲間だった。
名前を知っている。言葉も笑い声も、すべて覚えている。
だが――“彼らの中に、その記憶はもうなかった”。
ユウが視線をぶつけても、誰も反応しない。
感情がなかった。
(もう……俺の声も届かないのか)
拳を握った。
でも、その震えは怒りじゃなかった。
ただの、喪失。
そして、守れなかった自分への悔いだった。
「彼らは失敗作だ。異能覚醒薬に対応できなかった」
後ろから、リサの声が響いた。
「もっとも異能覚醒薬での覚醒率はほぼ0%に近い。
死にさえしなければ別の使い道がある。彼らは感情は排除され、命令に忠実な戦力としました。あなたも、いずれはどちらかに――」
「……いらない」
ユウはかすれた声で、吐き捨てるように言った。
「そんな“力”なら……俺は、いらない」
リサは何も返さなかった。
ただ一瞥をくれ、再び無言で歩き出す。
その背中に続くように、ユウは再び引かれていった。
だが、その胸にはようやく芽生えた明確な拒絶があった。
「被験体。ユウ。準備完了。異能覚醒薬を投与開始します」
冷たい女の声が響いた。
白い部屋。固定された椅子。
ユウの身体は、両手両足をベルトで抑えられ、わずかに動くだけでも軋む。
(やめろ……何だよ、これ……)
耳鳴りがする。
だがその下で、心臓の音がひどく大きく鳴っていた。
「脈拍、上昇。異常なし。投与まで、カウント5――」
ユウは叫ぼうとした。
だが口には装着されたマスクが被せられ、声はこもるだけだった。
「4――3――」
(何か来る――)
「2――1――投与」
瞬間、左腕に冷たい感触。
静脈を伝って体内に流れ込む“何か”が、
まるで意志を持っているかのように全身を駆け巡った。
熱い。
いや、熱いを通り越して焼ける。
意識が引き裂かれる。
心が溶ける。
だが、その奥底で何かが――確かに“応えよう”としていた。
「適合率は……5%。破棄領域です」
誰かがそう言った。
(……やめろ……俺は……まだ)
次の瞬間、ユウの身体がびくんと跳ねた。
背筋から放電のような痛みが走り、瞳が見開かれる。
「――出た。波形変化。
異能覚醒の兆候、微弱ながら検出」
一人の研究員が息をのんだ。
「……ただの拒絶反応じゃない。何かが、“抗おう”としている……」
ユウは見た。
白い天井の奥に、誰かの顔が重なった気がした。
道場。笑い声。剣の音。そして――背を向けたアイリ。
(……俺は……)
(壊されるために、生きてきたんじゃない)
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呼吸が、荒くなる。
マスクの中で、確かに声が響いた。
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