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第29話:狂気の道へ(エルヴァンside)
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会議が険悪な空気を帯び始めたそのとき。
会議場へと連行された一人の男が姿を現した。
エルヴァンが目を細める。
「……通したのは誰だ?」
「私だ。彼は監獄の生還者だ。今回の首謀者の情報を持ちかえってくれた」
ハルヴァインの言葉に、誰もが息を呑んだ。
男は一枚の記録結晶を取り出した。
それは監獄制御区の映像記録。黒の軍勢による制圧の瞬間を映し出す。
映像の中心にあったのは、漆黒の鎧を纏い、剣を掲げる一人の男――
「……これは……カイン!?」
エルヴァンは驚きの声をあげた。
「――あの男……カインと申したか?」
低く問うたのは、グラディア帝国の皇帝ザガレス。
冷えた声で続ける。
「エルヴァン。私の記憶が正しければ……その男は、かつて貴国の騎士団に所属していたはずだが?」
場が一瞬、凍りついた。
エルヴァンは、微動だにせずその映像を見つめていたが、やがて静かに口を開く。
「……確かに、カインはかつて我が国の騎士だった。だが、国家反逆の罪で処刑されたはずだ」
「“はず”では困るな、王よ」
鋭く声を放ったのは、デルオルス連邦の王《ハルヴァイン》。
その瞳が怒りを隠そうともしない。
「その死んだはずの男が、今や竜を討ち滅ぼし、監獄を陥落させた。……貴国にその気がなかったと、誰が信じられる?」
「待ってください」
優美な声で制したのは、ミレイダ聖王国の女王《カティア》。
銀のティアラを揺らしながら、冷静に続けた。
「今は疑念より、事実の確認を。カインが生きていた。彼を処刑したという証拠は残っていますか?」
「……確かに死刑命令は出した。だが、その執行直前に“転送”された可能性がある」
エルヴァンは苦々しく呟いた。
「誰が?」
サルディナ自治国代表《ライエル》の質問に、エルヴァンは答えなかった。
「つまり、貴国の内部に“協力者”がいたと考えるべきだな」
ザガレスが机を叩くようにして言い放つ。
「そして今、彼は闇の軍勢を束ねている。……この意味がわかるか? セレファリア王よ」
「我が国が黒の軍に通じているとでも言うつもりか?」
エルヴァンの声が、ようやく硬くなる。
だが、他の王たちの目に浮かぶのは不信と警戒、そして――畏れ。
「この件、我々の間で裁定を下す必要がある」
ハルヴァインが口を開いた。
会議室の空気が、重く、濁った。
エルヴァンは黙したまま、映像の中で黒き軍勢を率いる男――
かつて自らが処刑命令を下した、忠誠の騎士の姿を見つめていた。
静寂に包まれた玉座の間。
五王会議が終わった直後とは思えぬほど、外の喧噪は遮断されていた。
――ギィィン。
厚く重い扉が閉じられ、エルヴァンはひとり、玉座へと歩を進める。
赤絨毯に爪を立てるかのような足音が響く。
「……裏切り者め」
玉座に腰を下ろすと同時に、鋭い声が放たれた。
「死を免れただけでは飽き足らず、監獄を落とし、竜を討ち、五王会議の場で、私の名に泥を――」
エルヴァンの指が肘掛けを強く握る。金の装飾がきしむほどに。
「絶対に……許さん……!」
怒りと共に吐き出される言葉は、忠臣への憐みなど微塵もなかった。
エルヴァンは立ち上がると、裾を払うようにして歩き出す。
背後に控えていた神官シルヴァが、無言で後を追う。
「――セリスを、完全に堕とす」
エルヴァンの声は低く、冷徹にして決然としていた。
「彼女が私を裏切るなどと夢想すらできないように。
私の命令が祈りそのものになるまで……心を、徹底的に作り変えてやる」
「……“服従の刻印”の儀を、実行なさるのですね」
「そうだ。もう、段階など踏まぬ。
“神意”と“私の意志”の境界を溶かし、彼女の魂を私の色に染め上げるのだ」
シルヴァは目を伏せ、静かに頷いた。
エルヴァンの言葉を受けて、神官シルヴァの口元がゆっくりと吊り上がった。
まるで心からの喜びを噛み締めるかのように。
「……まことに王は素晴らしいお方だ」
その声には、畏れではなく、歓喜と興奮が混ざっていた。
「聖女セリスを神から引き離し、あなた様の信仰に染め上げる……
その過程と構造は――私が探し求めていた答えそのものです」
「答え、だと?」
エルヴァンが片眉を上げる。
シルヴァは静かに頷き、目を細めて言った。
「王よ、もしこの術式が聖女に通用するのであれば……
神意の力を持つ他の存在”にも、同じように適用できるはずです」
「……なるほど」
エルヴァンの目が、次第に鋭くなっていく。
「神の駒――奴らの意志など無意味。心を砕いて、私の声に書き換えればいい」
「まさに。それが王を神に等しき存在へ高める儀式への第一歩なのです」
シルヴァの瞳が妖しく輝く。
「セリスは証明にすぎません。
これが成功すれば、神の代行者ではなく――
神そのものを定義する存在として君臨できるのです」
エルヴァンは満足げに嗤い、玉座の肘掛けにゆっくりと腰を沈めた。
「……ならば、やれ。すべては選ばれし者のために」
「畏まりました、王よ」
そのとき――
王と神官の間には、誰も知ることのない神殺しの契約が成立していた。
そしてその先にあるのは、
セリスという聖なる器の堕落と、
“神の力を持つ者”たちをも支配下に置こうとする、果てなき欲望の始まりであった。
会議場へと連行された一人の男が姿を現した。
エルヴァンが目を細める。
「……通したのは誰だ?」
「私だ。彼は監獄の生還者だ。今回の首謀者の情報を持ちかえってくれた」
ハルヴァインの言葉に、誰もが息を呑んだ。
男は一枚の記録結晶を取り出した。
それは監獄制御区の映像記録。黒の軍勢による制圧の瞬間を映し出す。
映像の中心にあったのは、漆黒の鎧を纏い、剣を掲げる一人の男――
「……これは……カイン!?」
エルヴァンは驚きの声をあげた。
「――あの男……カインと申したか?」
低く問うたのは、グラディア帝国の皇帝ザガレス。
冷えた声で続ける。
「エルヴァン。私の記憶が正しければ……その男は、かつて貴国の騎士団に所属していたはずだが?」
場が一瞬、凍りついた。
エルヴァンは、微動だにせずその映像を見つめていたが、やがて静かに口を開く。
「……確かに、カインはかつて我が国の騎士だった。だが、国家反逆の罪で処刑されたはずだ」
「“はず”では困るな、王よ」
鋭く声を放ったのは、デルオルス連邦の王《ハルヴァイン》。
その瞳が怒りを隠そうともしない。
「その死んだはずの男が、今や竜を討ち滅ぼし、監獄を陥落させた。……貴国にその気がなかったと、誰が信じられる?」
「待ってください」
優美な声で制したのは、ミレイダ聖王国の女王《カティア》。
銀のティアラを揺らしながら、冷静に続けた。
「今は疑念より、事実の確認を。カインが生きていた。彼を処刑したという証拠は残っていますか?」
「……確かに死刑命令は出した。だが、その執行直前に“転送”された可能性がある」
エルヴァンは苦々しく呟いた。
「誰が?」
サルディナ自治国代表《ライエル》の質問に、エルヴァンは答えなかった。
「つまり、貴国の内部に“協力者”がいたと考えるべきだな」
ザガレスが机を叩くようにして言い放つ。
「そして今、彼は闇の軍勢を束ねている。……この意味がわかるか? セレファリア王よ」
「我が国が黒の軍に通じているとでも言うつもりか?」
エルヴァンの声が、ようやく硬くなる。
だが、他の王たちの目に浮かぶのは不信と警戒、そして――畏れ。
「この件、我々の間で裁定を下す必要がある」
ハルヴァインが口を開いた。
会議室の空気が、重く、濁った。
エルヴァンは黙したまま、映像の中で黒き軍勢を率いる男――
かつて自らが処刑命令を下した、忠誠の騎士の姿を見つめていた。
静寂に包まれた玉座の間。
五王会議が終わった直後とは思えぬほど、外の喧噪は遮断されていた。
――ギィィン。
厚く重い扉が閉じられ、エルヴァンはひとり、玉座へと歩を進める。
赤絨毯に爪を立てるかのような足音が響く。
「……裏切り者め」
玉座に腰を下ろすと同時に、鋭い声が放たれた。
「死を免れただけでは飽き足らず、監獄を落とし、竜を討ち、五王会議の場で、私の名に泥を――」
エルヴァンの指が肘掛けを強く握る。金の装飾がきしむほどに。
「絶対に……許さん……!」
怒りと共に吐き出される言葉は、忠臣への憐みなど微塵もなかった。
エルヴァンは立ち上がると、裾を払うようにして歩き出す。
背後に控えていた神官シルヴァが、無言で後を追う。
「――セリスを、完全に堕とす」
エルヴァンの声は低く、冷徹にして決然としていた。
「彼女が私を裏切るなどと夢想すらできないように。
私の命令が祈りそのものになるまで……心を、徹底的に作り変えてやる」
「……“服従の刻印”の儀を、実行なさるのですね」
「そうだ。もう、段階など踏まぬ。
“神意”と“私の意志”の境界を溶かし、彼女の魂を私の色に染め上げるのだ」
シルヴァは目を伏せ、静かに頷いた。
エルヴァンの言葉を受けて、神官シルヴァの口元がゆっくりと吊り上がった。
まるで心からの喜びを噛み締めるかのように。
「……まことに王は素晴らしいお方だ」
その声には、畏れではなく、歓喜と興奮が混ざっていた。
「聖女セリスを神から引き離し、あなた様の信仰に染め上げる……
その過程と構造は――私が探し求めていた答えそのものです」
「答え、だと?」
エルヴァンが片眉を上げる。
シルヴァは静かに頷き、目を細めて言った。
「王よ、もしこの術式が聖女に通用するのであれば……
神意の力を持つ他の存在”にも、同じように適用できるはずです」
「……なるほど」
エルヴァンの目が、次第に鋭くなっていく。
「神の駒――奴らの意志など無意味。心を砕いて、私の声に書き換えればいい」
「まさに。それが王を神に等しき存在へ高める儀式への第一歩なのです」
シルヴァの瞳が妖しく輝く。
「セリスは証明にすぎません。
これが成功すれば、神の代行者ではなく――
神そのものを定義する存在として君臨できるのです」
エルヴァンは満足げに嗤い、玉座の肘掛けにゆっくりと腰を沈めた。
「……ならば、やれ。すべては選ばれし者のために」
「畏まりました、王よ」
そのとき――
王と神官の間には、誰も知ることのない神殺しの契約が成立していた。
そしてその先にあるのは、
セリスという聖なる器の堕落と、
“神の力を持つ者”たちをも支配下に置こうとする、果てなき欲望の始まりであった。
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