30 / 40
第30話:襲われたデルオルス連邦
しおりを挟む
静まり返った作戦会議室の空気を、アリアの声が破る。
「連合軍を作られる前に、動くべきよ」
地図の上に描かれた五大国の境界線。
中央には、かつて天罰監獄があった場所が赤く記されていた。
「監獄を落としたことで、あちらは警戒を強めるでしょう。各国が結託する前に、混乱を作り出す必要があるわ」
カインは無言でアリアを見つめた。
「……何かいい案があるのか?」
アリアは静かに一歩前に出ると、黒水晶を取り出して見せた。
「ガルザイル。あの竜の骸……まだ魔力の残滓がある。私の魔法とこの黒水晶の力があれば動かせる」
仲間たちの間にざわめきが走る。
「まさか、あれを……アンデッドに?」と呟いたのはザイだった。
「正確には、ゾンビドラゴン。意志も記憶も失ってるけど、私たちの命令なら刷り込める。皮膚や牙は武器や防具の素材にしたので戦闘力、防御力ともに各段に落ちたけど、それでも十分な脅威となる」
アリスが目を伏せながら尋ねた。
「でも、それじゃ……罪のない人たちも……」
アリアはほんの一瞬、言葉に詰まったが
すぐに目を伏せたアリスに向き直る。
「……その代償で、カインを守れるなら私は迷わない」
沈黙が落ちた。
やがて、カインがゆっくりと立ち上がる。
「……狙う国は?」
ザイが即座に答える。
「デルオルス連邦。ハルヴァイン王は戦略家で、エルヴァンと早期に連合を組む可能性が高い。抑えるなら、今だ」
カインは頷き、アリアに視線を戻した。
「頼む。あの力――再び使おう」
アリアは静かに微笑みだ。
「了解。私がガルザイルを地獄から呼び戻してみせるわ」
かつて天罰監獄の中心にあった封印炉。
今は瓦礫に埋もれたその地下深くに、再び魔力が満ち始めていた。
魔方陣が描かれた黒灰の床に、竜の巨骸――ガルザイルの残骸が横たえられている。
骨は黒く焦げ、翼は裂け、牙はなおも呪詛を帯びて鈍く脈打つ。
アリアは沈黙の中、黒水晶を炉の中心に置いた。
「……今より黄泉より魂を引き戻す」
彼女の声が、空間に波紋のように広がる。
祭壇の周囲に刻まれた巨大な蘇生陣が、黒炎に包まれる。
炉の奥でうごめく怨念。
封じられていたものとは異なる、より混濁した魔力のうねり。
「ガルザイル……お前の記憶も理性もいらない。ただ、その怒りと破壊だけを宿せ」
黒水晶が砕け散った瞬間、竜の骨が震えた。
翼が軋み、牙が鳴る。
そして――
「……ッ!!」
魔力の奔流が大地を割る。
竜の眼窩に、暗紫色の光が灯る。
《ギギィ……グァアアァアアア――!!》
それは、もはや竜の咆哮ではなかった。
死を超え、魂なき破壊本能のみが駆動する、屍竜の産声だった。
「《ドラゴンゾンビ・ネクロガルザイル》の復活よ。憎しみの力でデルオルス連邦を攻めなさい」
アリアは静かにそう呟いた。
――――――――――
夜。デルオルス連邦・国境都市
突然、空が揺れる。
「な、なんだ……!? この地鳴りは――ッ!?」
地平線の向こう、黒い影が浮かぶ。
最初は雲かと思われたそれが、ゆっくりと羽ばたく何かだと気づいた時には、すでに遅かった。
《グオオオオオアアアア――!!》
漆黒の竜――《ネクロガルザイル》が咆哮とともに舞い降りる。
その一撃で城門が爆砕し、兵舎が丸ごと吹き飛ぶ。
「魔法障壁展開! 弓兵前へ!竜の頭部へ狙いを――」
指揮官の叫びも空しく、竜の咆哮は大地を腐らせる。
その翼から舞い落ちた瘴気が、兵士たちの身体を蝕み、肉体の自由を奪っていく。
「撃て!……撃てぇッ!」
誰かの叫びが、悲鳴の波に飲まれる。
やがて、竜の巨体が降り立つと、背中から黒い触手のような骨の鎖を広げ、街全体を飲み込もうとした。
その時、遠くの丘から数人の騎士が駆けつける。
「……何なんだ。あの化け物は……!」
デルオルス連邦軍の精鋭部隊が迎撃に入るも
近寄ることすらできなかった。
屍と化した一体の竜。
その存在だけで、デルオルス連邦の国境都市は崩壊の縁へと追いやられていた。
「……王に報告を。即座に援軍を要請せよ!」
伝令が血に染まった顔で叫ぶ。
―――――
デルオルス連邦王都。
巨大な戦略指令室には喧騒が飛び交っていた。
つい数時間前、国境都市が壊滅したという報が届いたのだ。
重厚な椅子に腰掛ける男、ハルヴァイン。
軍装の上着を肩から外し、地図の前に立っていた。
「……被害状況を」
彼の声は冷静だったが、その静けさの裏に、沸々と怒りが潜んでいた。
補佐官が震える手で報告書を差し出す。
「死傷者は……推定で二千。生存者のほとんどは、精神の異常を訴え……未だ回復の兆しはありません。また、竜の吐き出した瘴気により、広域の土地が腐蝕し、都市機能は完全に――」
「……無力だったということか」
言葉を遮るように、ハルヴァインが言い放つ。
「(なぜガルザイルが?しかもドラゴンゾンビになって我が国を襲うとは何者かの意図を感じる)」
「……これは災害ではない。敵による宣戦布告だ!」
ハルヴァインはゆっくりと振り返り、全員を見回す。
その瞳には冷徹な光が宿っていた。
彼は机を叩いた。
「連合軍結成の準備を急げ。セレファリア王国の騎士団とも連携を強化する。
我らデルオルスは軍の国だ。舐められたままでは終わらん」
補佐官が問う。
「王よ、対屍竜戦術が未確立である以上、最前線に立つのは危険かと……」
「ならば、最前線に出る前に、先に奴らの拠点を暴く。
必要ならば、我が国の戦神装甲部隊を動かす」
戦神装甲――かつて封印された兵器部隊。
彼がそれを動かすと言った瞬間、室内の空気が変わる。
「我らの力を見せてやろう。死を覚悟して挑め!」
ハルヴァインの言葉は重く響いた。
軍略の王が、本気を出す時が来た――。
「連合軍を作られる前に、動くべきよ」
地図の上に描かれた五大国の境界線。
中央には、かつて天罰監獄があった場所が赤く記されていた。
「監獄を落としたことで、あちらは警戒を強めるでしょう。各国が結託する前に、混乱を作り出す必要があるわ」
カインは無言でアリアを見つめた。
「……何かいい案があるのか?」
アリアは静かに一歩前に出ると、黒水晶を取り出して見せた。
「ガルザイル。あの竜の骸……まだ魔力の残滓がある。私の魔法とこの黒水晶の力があれば動かせる」
仲間たちの間にざわめきが走る。
「まさか、あれを……アンデッドに?」と呟いたのはザイだった。
「正確には、ゾンビドラゴン。意志も記憶も失ってるけど、私たちの命令なら刷り込める。皮膚や牙は武器や防具の素材にしたので戦闘力、防御力ともに各段に落ちたけど、それでも十分な脅威となる」
アリスが目を伏せながら尋ねた。
「でも、それじゃ……罪のない人たちも……」
アリアはほんの一瞬、言葉に詰まったが
すぐに目を伏せたアリスに向き直る。
「……その代償で、カインを守れるなら私は迷わない」
沈黙が落ちた。
やがて、カインがゆっくりと立ち上がる。
「……狙う国は?」
ザイが即座に答える。
「デルオルス連邦。ハルヴァイン王は戦略家で、エルヴァンと早期に連合を組む可能性が高い。抑えるなら、今だ」
カインは頷き、アリアに視線を戻した。
「頼む。あの力――再び使おう」
アリアは静かに微笑みだ。
「了解。私がガルザイルを地獄から呼び戻してみせるわ」
かつて天罰監獄の中心にあった封印炉。
今は瓦礫に埋もれたその地下深くに、再び魔力が満ち始めていた。
魔方陣が描かれた黒灰の床に、竜の巨骸――ガルザイルの残骸が横たえられている。
骨は黒く焦げ、翼は裂け、牙はなおも呪詛を帯びて鈍く脈打つ。
アリアは沈黙の中、黒水晶を炉の中心に置いた。
「……今より黄泉より魂を引き戻す」
彼女の声が、空間に波紋のように広がる。
祭壇の周囲に刻まれた巨大な蘇生陣が、黒炎に包まれる。
炉の奥でうごめく怨念。
封じられていたものとは異なる、より混濁した魔力のうねり。
「ガルザイル……お前の記憶も理性もいらない。ただ、その怒りと破壊だけを宿せ」
黒水晶が砕け散った瞬間、竜の骨が震えた。
翼が軋み、牙が鳴る。
そして――
「……ッ!!」
魔力の奔流が大地を割る。
竜の眼窩に、暗紫色の光が灯る。
《ギギィ……グァアアァアアア――!!》
それは、もはや竜の咆哮ではなかった。
死を超え、魂なき破壊本能のみが駆動する、屍竜の産声だった。
「《ドラゴンゾンビ・ネクロガルザイル》の復活よ。憎しみの力でデルオルス連邦を攻めなさい」
アリアは静かにそう呟いた。
――――――――――
夜。デルオルス連邦・国境都市
突然、空が揺れる。
「な、なんだ……!? この地鳴りは――ッ!?」
地平線の向こう、黒い影が浮かぶ。
最初は雲かと思われたそれが、ゆっくりと羽ばたく何かだと気づいた時には、すでに遅かった。
《グオオオオオアアアア――!!》
漆黒の竜――《ネクロガルザイル》が咆哮とともに舞い降りる。
その一撃で城門が爆砕し、兵舎が丸ごと吹き飛ぶ。
「魔法障壁展開! 弓兵前へ!竜の頭部へ狙いを――」
指揮官の叫びも空しく、竜の咆哮は大地を腐らせる。
その翼から舞い落ちた瘴気が、兵士たちの身体を蝕み、肉体の自由を奪っていく。
「撃て!……撃てぇッ!」
誰かの叫びが、悲鳴の波に飲まれる。
やがて、竜の巨体が降り立つと、背中から黒い触手のような骨の鎖を広げ、街全体を飲み込もうとした。
その時、遠くの丘から数人の騎士が駆けつける。
「……何なんだ。あの化け物は……!」
デルオルス連邦軍の精鋭部隊が迎撃に入るも
近寄ることすらできなかった。
屍と化した一体の竜。
その存在だけで、デルオルス連邦の国境都市は崩壊の縁へと追いやられていた。
「……王に報告を。即座に援軍を要請せよ!」
伝令が血に染まった顔で叫ぶ。
―――――
デルオルス連邦王都。
巨大な戦略指令室には喧騒が飛び交っていた。
つい数時間前、国境都市が壊滅したという報が届いたのだ。
重厚な椅子に腰掛ける男、ハルヴァイン。
軍装の上着を肩から外し、地図の前に立っていた。
「……被害状況を」
彼の声は冷静だったが、その静けさの裏に、沸々と怒りが潜んでいた。
補佐官が震える手で報告書を差し出す。
「死傷者は……推定で二千。生存者のほとんどは、精神の異常を訴え……未だ回復の兆しはありません。また、竜の吐き出した瘴気により、広域の土地が腐蝕し、都市機能は完全に――」
「……無力だったということか」
言葉を遮るように、ハルヴァインが言い放つ。
「(なぜガルザイルが?しかもドラゴンゾンビになって我が国を襲うとは何者かの意図を感じる)」
「……これは災害ではない。敵による宣戦布告だ!」
ハルヴァインはゆっくりと振り返り、全員を見回す。
その瞳には冷徹な光が宿っていた。
彼は机を叩いた。
「連合軍結成の準備を急げ。セレファリア王国の騎士団とも連携を強化する。
我らデルオルスは軍の国だ。舐められたままでは終わらん」
補佐官が問う。
「王よ、対屍竜戦術が未確立である以上、最前線に立つのは危険かと……」
「ならば、最前線に出る前に、先に奴らの拠点を暴く。
必要ならば、我が国の戦神装甲部隊を動かす」
戦神装甲――かつて封印された兵器部隊。
彼がそれを動かすと言った瞬間、室内の空気が変わる。
「我らの力を見せてやろう。死を覚悟して挑め!」
ハルヴァインの言葉は重く響いた。
軍略の王が、本気を出す時が来た――。
10
あなたにおすすめの小説
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティ【熾天の剣】で《ヒール》しか使えないアレンは、「無能」と蔑まれ追放された。絶望の淵で彼が覚醒したのは、死者さえ完全に蘇らせる禁忌のユニークスキル【完全蘇生】だった。
故郷の辺境で、心に傷を負ったエルフの少女や元女騎士といった“真の仲間”と出会ったアレンは、新パーティ【黎明の翼】を結成。回復魔法の常識を覆す戦術で「死なないパーティ」として名を馳せていく。
一方、アレンを失った元パーティは急速に凋落し、高難易度ダンジョンで全滅。泣きながら戻ってきてくれと懇願する彼らに、アレンは冷たく言い放つ。
「もう遅い」と。
これは、無能と蔑まれたヒーラーが最強の英雄となる、痛快な逆転ファンタジー!
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる