永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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彼女の名前は爛漫に映える

( 二 )

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 翌日、休み時間に教室で談笑しているところへ篤がやって来た。
「天音ちゃん。これ、預かってきた」
 渡されたのはテキストや教科書、さらにノート。
 ふたりの時は駿河と呼ぶくせに篤は天音ちゃんと呼んだ。天音はなんだか気に入らなかった。知る限り篤は生徒を苗字で呼ぶ。これではまるで自分が特別のようにも見えるではないか。
「先生、お手数おかけしてすみません」
「いいよ、たまには実家にも顔を出さないと」
 そんな彼はちょくちょく実家に行っている。車で高速を使えばすぐで、彼は家族をとても大事にしている。
 談笑をしていた京子を含む数人が羨望の目で天音を見ていた。化けの皮を被ったふたりの会話の有りさまがそれをどんどん助長していく。
 みんなの前で「天音ちゃん」と呼ぶ篤に和やかな表情を浮かべつつも、天音は気に入らない挙句、些か落胆した。  
 彼からの自分に対する特別はもう既にある。この特別はいらない。欲しくないかもしれない。
 そんなことを思ってしまい、天音は慌てそうになった。
「先生ね、あたしの友達のお兄さんだったの」
 そんなこともあるだねと周りが驚いた。事の顛末を篤が話すとくすくすと笑いが広がる。
「天音ちゃんてさ、しっかりしてそうで抜けてるよな」
 よくも知らないくせにと苛つきはじめてしまい、天音は自分が悔しくなってきた。
「先生、天音ちゃんのこと、前から知り合いだったの?」
 誰かが尋ねたら、篤は仰々しくため息を吐き、知り合いじゃないから驚いたんだよと呆れてみせた。
 天音はむきになりそうなのを抑えて反論を試みた。
「先生、誰だって間違いはあるじゃない」
 自分の珍しい鈍臭さを棚に上げて、天音は言った。
 初日に仲良くなった京子はその時も多少目をきらきらさせていた。
 爽やかに振る舞う優しい教師とにこやかに振る舞う優等生のやりとりを周囲が惚れ惚れと見ている。


 篤はもれなく生徒と平等に接するのに、みんなの前で天音ちゃんと何度も呼ぶ。
 ちくりと胸が痛んだ。
 初っ端から素をさらけだした篤のそれが、自分だけの特権であればいいのにと、またうっかり思ってしまった。
 途端、無性に戸惑いが襲う。
 しかし天音がもっと気になることは、篤と居ることで自分の劣等感が滲み出そうになることだった。彼の前で強い自分で居る自信がどうしてか持てない。
 天音は、自分が如何に弱い人間なのだろうとふと思う時がある。
 普段はそんなこと気にもしないのに、なんのきっかけもなく、ふと苛まれることがあった。
 同じ猫被りでも、きっと篤のそれと自分のそれはきっと違う。だから篤に近付いてみたいと思うのだと納得することにした。


「天音ちゃん、お礼は?」
 にこやかに笑いと取った篤を、天音は思わず睨みつけそうになった。
「先生にお礼出来るようなことが何もないわ」
 ばさりと言い切った天音に、教室内がどっと沸いた。
「天音ちゃんさ、天文部入ってよ」
「天文部?」
「星は好き?」
「大好き!」
 「じゃあ、決まりだね」と篤は机に座っていた天音の頭をぽんと撫でた。
 天音は嬉しそうに繕って笑ってみせた。

 認めたくないけれども、嬉しいのは本当だった。
 撫でられた頭の感触の余韻に浸りたくなってしまった。

 天文部を楽しみにしている天音を他所に、みんなは知っていることがある。
 如何に篤が爽やかで優しい先生だとしても、あの天文部は変わり者の巣窟だという学校中の共通認識があった。
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