2 / 35
1章
1-1 ロゼベージュの瞳はヴェールに揺れて
しおりを挟むウエディングドレスは、妹のメアリーの方が似合ったと思う。
それでもリリアナは、王の隣に立たされている。
妹に嵌められた、望まぬ政略結婚。
——今日は祝福ではなく、処刑の日だった。
「リリアナ・ラ・ヴェルデ。あなたは、オスカー・フォン・アルベルトを夫とし、王妃として愛し寄り添い、支えることを誓いますか?」
リリアナの淡いブロンドの髪と、ロゼベージュの瞳が、花嫁のベールの奥で揺れた。
「はい」
聖歌もファンファーレもない、音のない国の結婚式――
リリアナを受け止めたものは感嘆と羨望――そして、花嫁に目もくれない生涯の伴侶。
オスカー・フォン・アルベルト王その人だった。
「では、オスカー・フォン・アルベルト。あなたは――」
神父の問いに、オスカーは凍りつくような声で言う。
「誓いの言葉は省略する」
(誓いの言葉がない?)
リリアナは言葉を失った。
愛されないことは分かっていたはずなのに、心が打ち砕かれた。
あざ笑う妹の声が、リリアナの胸によみがえった。
◇
カンタレア王国――音楽が豊かな国。
リリアナは、王家の血を引く "音楽の名門" ヴェルデ家に生まれた。
「"名無し"の出来損ない」
スキルなしを侮辱する"名無し"
それが、リリアナの家庭内での呼び名だった。
その日、ヴェルデ家のホールには気高い歌声が小さく響いていた。
声の主リリアナは、まるで使用人のように床を磨いていた。
色褪せたドレスはとても公爵家令嬢とは思えない。
ちょうど義妹のメアリーがやってきた。
「お姉様まだ終わっていないの?」
2つ下のメアリーは、艶のある黒髪に大きな青い瞳を持つ、絵本から抜け出したような少女だった。
笑えば花が咲いたように場が和む。
——守ってやりたくなる、と誰もが思う顔。
「もう済むわ」
毅然と言い返すと、メアリーはちっと舌を打つ。
リリアナを見下すその瞳の奥には、年相応とは思えない冷たい光がひそんでいる。
「急いでちょうだい。私のスキルある歌声で、皆さんを癒さなければならないのだから」
カンタレア王国では生まれた子に合った"スキル"を授けることになっている。
リリアナが黙っていると、メアリーは傍にあったバケツを思い切り蹴飛ばした。
ぱしゃっという水音がリリアナの服を濡らす。
それを聞きつけた継母が、不機嫌な顔を見せる。
「ちょっと、水浸しじゃない。名無しの上に、床拭きさえ満足にできないの?」
リリアナは判定不能だとスキルをもらえなかった。
「スキルなどなくても、リリアナは素晴らしい歌声をしている」そう庇ってくれた母も、病気で亡くなった。
さっと立ち上がりリリアナは言い返す。
「どうせこんな褪せたドレスでは行かれませんし、ちょうどいいので着替えてきます」
いつものことだ。いちいち傷ついていたらキリがない。
「ふん、可愛げのない。さっさとお行き!」
継母の怒声を交わしながら、リリアナは自室へ戻った。
自室と言っても、天井にクモの巣が張り巡らされたほこりっぽい屋根裏。
「ここで十分だ」そう言ったのはリリアナの実の父。
人間の価値をスキルでしか判断しない父は、リリアナを愛すことはなく、母亡きあとすぐに再婚したのだった。
「まぁ、実際……眠って歌うだけだもの。ここで十分だわ」
リリアナは溜息をつくと、メアリーのお下がりのドレスに袖を通した。
◇
支度を終え舞踏会に着くと、今日が社交界デビューのメアリーが自信満々に歌い出す。
花のように柔らかな歌声だったが、どこか意地の悪い響きが混じる。
貴婦人たちは顔を見合わせ、揺する扇の影でひそひそと声を交わしている。
「癒しの声と言っても……こんなものなのかしら?」
「スキルがなくても、リリアナ様の方がよほど良い声をしているわよね」
その声は誰にも届かなかったように思えたが、メアリーだけはわなわなと震えていた。
舞踏会を主催した夫人は、明るくメアリーとリリアナに声をかける。
「良かったらテラスをご覧になりません? 庭が一望出来て素敵ですのよ」
夫人に付いて階段を登っている時、リリアナの横にいたメアリーが、ふいに足を止めた。
「――お姉様」
甘えるように名を呼ばれ、リリアナが視線を向けると、メアリーの指先が袖を掴んだ気がした。
ほんの一瞬、視線が絡む。
伏せた睫毛の奥で、青い瞳が笑みを浮かべたように見えた。
次の瞬間、
「きゃあぁぁぁっ——」
耳をつんざく悲鳴とともに、メアリーの体が後ろへ傾く。ピンクのドレスが宙に舞い、階段を転げ落ちていった。
27
あなたにおすすめの小説
断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました
由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。
このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。
「――だったら、その前に稼げばいいわ!」
前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。
コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。
そんなある日、店に一人の青年が現れる。
落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。
しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!?
破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。
これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む
ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。
政略結婚のはずが、完璧公爵の溺愛が子リス系令嬢を解き放ちました
宮野夏樹
恋愛
「冷徹」と噂されるヴァレリオ公爵ジュリアンと、淑女らしからぬ「男前」な本性を隠すリシェル伯爵令嬢。
政略結婚で結ばれた二人は、すれ違うばかりの初夜を過ごし、互いの距離は開く一方だった。
だが、ある秘密の趣味が露見したことで、完璧な公爵の仮面が剥がれ落ち、リシェルへの底なしの溺愛が止まらなくなる! 完璧主義の公爵が、リシェルを「可愛いもの」と認識した瞬間から、公爵邸は甘く蕩けるような空気に包まれる。
一方、執拗な嫌がらせを繰り返す邪魔な存在、シャルロッテの出現。
しかし、ジュリアンは「俺の可愛い妻を傷つける者は、決して許さない」と、その絶対的な愛と庇護で全てを排除。
そして、リシェルの長年のコンプレックスだった「男前」な本性も、ジュリアンの愛によって全て肯定され、真の幸福を掴む。
完璧公爵の強すぎる愛で、政略結婚から始まる「愛され新婚生活」は、予想もしない甘さで満たされていく——。
※以前投稿したものの修正版です。
読みやすさを重視しています。
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?
桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。
生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。
(……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる