スキルなし王妃の逆転劇〜冷酷王と結婚しましたが、問題はそこではありません〜

雪城 冴

文字の大きさ
4 / 35
1章

1-3 初めての夜は歌とともにいだかれて

しおりを挟む

 式を終えたリリアナは、静かに初夜の準備を整えていた。
 


 面倒見の良さそうな侍女のソフィは、繊細なブロンドにブラシを通す。
「陛下のお母様も、それはお綺麗でしたけどね。王妃様はそれ以上かもしれません」

 オスカー王は幼い頃に母親を亡くしたと聞いている。リリアナは不謹慎ながら、共通点を見つけたような気持ちになった。
 

「あの、オスカー様は一体どのような方なのですか」

 ソフィはびくっと肩を震わせて、ブラシを落とした。

「あ、の……オスカー様は……少し。少し感情が表に出にくいだけなんです。それだけですわ」

(嘘だわ……)

 リリアナは、カンタレア国でのオスカーの噂を思い出す。

 氷冠ひょうかんの王、無慈悲、残忍――他にもあったが、どれも王の冷たさを表すものばかりだった。

 具体的には、王に逆らうものは即処分。
 美しい側室にも一切心を動かさずに、名前も呼ばず女性を物として扱う。彼に心を壊された妃たちは数知れず――

 そして、そのオスカー自身は泣きも笑いもせず、氷の仮面をかぶったように、全く表情が読めないというものだった。

 誇張こちょうもあるだろうが、今のソフィの様子と、結婚式の彼の態度からも、オスカーは少なくとも"わかりやすく優しい人"ではなさそうだ。
 

 リリアナは力なくほほ笑んだ。
 どんなに美しく着飾ったところで、王が自分をどう扱うかは想像できる。


 噂が本当なら乱暴に抱かれるか、放置されるか。
 もしかしたら、寝室に姿を見せないかも知れない。


「さぁ、お時間ですよ。きっと、うまく行きます」
 ソフィははげますと、部屋を出て行ってしまった。


 一人、ベッドに腰掛ける。
 室内には、時計の音と自分の呼吸だけが聞こえる。

 王は本当に来るのだろうか。

 寂しさを紛らわすように、リリアナは歌う。
 静かに、夜に溶けるように――


バタンッ


 はっと顔を上げると、乱暴に開いたドアの前にオスカーが立っていた。
 リリアナはすぐにベッドから立ち上がり、お辞儀をした。


(来てくださった……)
 そのことに、ほっとしている自分がいた。


「いつまで、そうしている」
 氷の刃で喉元をなぞられるような声だった。
 背筋がぞくりと粟立つ。

——違う。
 安心している場合ではない。
 ここは寝室で、相手は“冷酷王”。
 自分は今から、彼の気まぐれな慰みものにされるのかもしれなかった。

 足音が近づくたび、身体が言うことをきかなくなり、リリアナは一歩も動けずにいた。



(あ――)

 シトラスの香りが、間近で弾ける。
 次の瞬間、不意に視界が反転し、背中に柔らかな感触が伝わった。
 気づいたときには、ベッドに押し倒されていた。


 初めて、まじまじと彼の顔を見た。


 陶器のような肌。肩にかかる、美しい黒髪。
 そして、吸い込まれそうな瞳――

 魔力の国エルジアの王は、人間というより、人形と呼ぶほうがふさわしい。
 そこには、血の通った温度が感じられなかった。


 遅れて、リリアナは自分の身体が小刻みに震えていることに気づいた。

——来る。

 そう思った瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ね上がる。

(怖い……)

 目を強く閉じた、そのとき。
 掴まれていた腕から、ふっと力が抜けた。


(——え?)

 そっとまぶたを開けると、オスカーと視線が絡む。彼のスチールグレーの瞳が、一瞬だけ揺らいだように見えた。


「……体裁のためだ。誤解するな」

 それだけ告げると、オスカーは背を向け、ソファーに仰向けにもたれた。


 リリアナはうるさい鼓動を感じながら、ベッドから立ち上がった。まだ身体が震えている。


(体裁のため……)
 分かってはいたが、はっきり言われ傷ついた。
 初夜に王妃の部屋に行かなかったことを、周りにとやかく言わせないため。そのためだけにオスカーはここへ来たのだ。
 

(でも、それなら……どうして、結婚式で“誓いの言葉”まで省いたの……)

 胸の奥が痛んだ。

 周囲から向けられた、あの視線。くすくすと忍ばせた嘲笑。哀れみと好奇心が混じった、無数の目。


——王にすら愛されない王妃。
 あの場にいた誰もが、そう思ったはずだ。
 オスカーの一言は、不要な憶測を生み、そしてそれを否定する言葉も、与えられなかった。

 それともオスカーは、愛の言葉を口にすること自体が、——たとえ儀式であっても耐え難いのだろうか。
 そこまで拒絶されているのだろうか。


(……私は、いつもそうだ)


 スキル名がないから。
 価値がないから。
 役に立たないから。

 何ひとつ選ばれず、何ひとつ守られない。



 オスカーは、ソファーで目を閉じたまま言った。

「一晩中そこに立っているのか」

 そう言われても、王を差し置いてベッドで眠る王妃はいない。


 リリアナは仕方なく、ソファーから対角線上にある椅子に腰掛けた。
 オスカーは寝ているのか。ここからではよく見えなかった。


 視線を戻した左手の薬指には、シンプルな結婚指輪がはまっている。
 少し大きいそれを、指でくるくると回すと、愛の証は光を受けてきらめいた。


(本当に……結婚したんだ)

 抱擁もキスも、初夜もない――



「うるさい」
 急に彼の声がして、リリアナは はっ、と手で口を押さえた。
 気づかぬ間に歌を口ずさんでいたようだ。
 

「申し訳ございません……」


 再び部屋に静寂が満ちる。


 もうオスカーから返事はないと思った時、

「……俺が来る前も、歌っていたな」


 聞こえていたのか。
 リリアナは小さな声で「はい」と答えたが、今度こそオスカーから返事はなかった。 

 
 明日は成婚パレードがある。
 オスカーのことだけでなく、それを思うとリリアナは落ち着かなかった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました

由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。 このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。 「――だったら、その前に稼げばいいわ!」 前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。 コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。 そんなある日、店に一人の青年が現れる。 落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。 しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!? 破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。 これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。

政略結婚のはずが、完璧公爵の溺愛が子リス系令嬢を解き放ちました

宮野夏樹
恋愛
 「冷徹」と噂されるヴァレリオ公爵ジュリアンと、淑女らしからぬ「男前」な本性を隠すリシェル伯爵令嬢。  政略結婚で結ばれた二人は、すれ違うばかりの初夜を過ごし、互いの距離は開く一方だった。  だが、ある秘密の趣味が露見したことで、完璧な公爵の仮面が剥がれ落ち、リシェルへの底なしの溺愛が止まらなくなる! 完璧主義の公爵が、リシェルを「可愛いもの」と認識した瞬間から、公爵邸は甘く蕩けるような空気に包まれる。  一方、執拗な嫌がらせを繰り返す邪魔な存在、シャルロッテの出現。  しかし、ジュリアンは「俺の可愛い妻を傷つける者は、決して許さない」と、その絶対的な愛と庇護で全てを排除。  そして、リシェルの長年のコンプレックスだった「男前」な本性も、ジュリアンの愛によって全て肯定され、真の幸福を掴む。  完璧公爵の強すぎる愛で、政略結婚から始まる「愛され新婚生活」は、予想もしない甘さで満たされていく——。 ※以前投稿したものの修正版です。  読みやすさを重視しています。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?

桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。 生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。 (……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...