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1章
1-7 いにしえの音
しおりを挟む今日はナターシャのサロンに招かれている。
ディナーの最後に、ナターシャがわなわな震えていたことを思い出すとリリアナは気が重かった。
「他の妃も来るのだから」と侍女のソフィが気合をいれるので、随分支度に時間がかかった。
「さぁ、これでおしまいですよ。サロンで、いえ、このエルジオ国中探しても、こんなにお美しい方はいないですわ」
リリアナは仕立ての良いドレスに身を包み、髪も丁寧に結い上げられている。
王妃として、非の打ちどころはない――はずなのに。
「ありがとう、少しはそんな気になれるわ」
「王妃様は自己評価が厳しいんですのねぇ」
そうかもしれない。
ヴェルデ家ではいつもメアリーの容姿と比べられ、徹底的にけなされていたから、自己肯定感がだいぶすり減っていた。
鏡の中の自分は、どこか借り物のようで、リリアナは小さく息を吐いた。
◇
ナターシャはサロンも彼女らしい内装だった。
家具もティーカップもすべて一級品で、
薔薇の香りが満ちたサロンは、息をするだけで気後れしてしまいそうなほど、華美だった。
「お招きいただきありがとうございます。ナターシャ様」
「皆王妃様に会えるのを首を伸ばして待っていましたのよ」
サロンには、他にも数人の妃と貴族たちが集まり、十人ほどになっていた。
皆、親しげにナターシャと言葉を交わしており、リリアナは自分だけ少し浮いているように感じられた。
「さぁ、王妃様おかけください。お菓子もとびきりのものを用意しましたのよ」
テーブルには、繊細な細工の銀皿が並び、白砂糖をまぶした焼き菓子や、花の形に絞られたクリーム菓子が美しく盛られていた。
しばらく和やかな雰囲気だったが、ふいにナターシャが水を向けた。
「王妃様はカンタレア王国のお生まれですよね?」
「ええ」
「音楽の……国ですわね」
「……そうです」
ナターシャは、含みを持たせた声色を隠さない。
「やはり音楽の国ともなると寛容なのですかね? リリアナ様は言葉遣いがまだ初々しいですし……」
リリアナはどきっとした。ナターシャの言う通り、カンタレア王国は音楽の国なので、細かい礼儀作法よりも、人の心を動かし、楽しく過ごすことの方が大事だった。
ナターシャはうふふっと艶めかしく笑う。
「ごめんあそばせ? 決して嫌みなどではなく、王妃様のお立場を心配してのことですのよ?」
その言葉と同時に、サロンから音が消えた。ティーカップに口をつける者も、扇を動かす者もいない。
別のものが試すようにこちらを見る。
「王妃様は、こちらの習わしにはもう慣れました?」
「ええ、まだ勉強中ですが……」
「まぁ立派。ではもちろん――
歌ったり、口ずさんだりする衝動も、もうお持ちではないのよね?」
——歌ってはいけない。
それが、この国で生きるということなのだろうか。
「あの……どうして音楽を嫌うのですか?」
ナターシャは真っ赤な唇を大きく開き、わざとらしく驚いてみせた。
「まぁ、お戯れを。お聞きになりました? 皆様!」
「こういうことがあるから、他国の王妃に反対する声が聞かれるのですね」
私室にあったエルジオ国の歴史書を見ても、音楽が嫌われた理由はどこにも書いていなかった。
リリアナは小さくなりつつも、負けじと食い下がる。
「すみません、不勉強で……。ですが、今後のためにも教えていただきたいのです。
……王妃として――」
じっとナターシャを見つめると、彼女は一瞬身じろぎ、鼻をふんっと鳴らした。
「昔、歌声で王を惑わすものがいた。という言い伝えがあるのですわ」
「ただの迷信ですよね? 歴史書にそんなことは書いていませんでしたわ」
ナターシャはイライラした様子でティーカップをカチャンっと音を立てて置いた。
「……音楽なんてやっている暇がありましたら、詩や歴史の一つでも暗唱すべきでしょう?」
(要するに、明確な理由なんてないってことね? でも、それならまだ望みはあるのかも……)
それにしても、ただの言い伝えだけでこんなに音楽が嫌われるものなのか。
決してナターシャが偏った価値観なわけではない。
結婚式にも聖歌やファンファーレはなかったし、舞踏会も開かれない、祝祭にも音楽がない徹底ぶりだ。
(それなのに、宮殿には音楽のモチーフの装飾があるし、オスカー様も……歌っていらしたわ)
何かが隠されている気がする。
それがわかっただけでこのお茶会に参加した意味があった。
(図書館で手がかりを探したいけれど、まずは外交を成功させなくちゃね……)
リリアナが嫁いできて初の外交だった。
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