完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

文字の大きさ
18 / 72
二章 歌姫の競演

2-6 饗宴

しおりを挟む

 翠蓮がいる控えの間では、それぞれの係りや楽府員が忙しく動き回る。楽器や声の音も合わさり、ざわざわとした喧騒を生み出していた。

  絢麗との二重唱は完璧とは言えなかったが、舞台で披露するには十分な出来に仕上がっていた。


「翠蓮さま、本日の衣装はこちらです」
 袖はふわりと天女のように広がり、スカート部分が柔らかく重なっている。
 そしてあちこちに美しい珠飾りが散りばめられていた。

(素敵……)
 これを着て舞台に立つと思うと、翠蓮の胸は希望で満たされる。
 

 段々と出来上がっていく自身の姿を翠蓮は、姿見を通してじっと見つめる。

(いつか本で見たお姫様みたい……なんて言ったら子どもっぽいかな……)

 まるで自分でいて自分ではないようだった。美しい衣装に身を包み、隙のなく結われた髪に化粧。全てが初めてのことで、高揚し、心が弾む。

「素敵ねぇ……」

 周りもうっとりして声を漏らす。
 絢麗ケンレイと二人並ぶと、そこだけ明るく見えるほどだ。


 いつ来たのだろうか。

 蒼瑛は息を止め、翠蓮へそっと視線を寄せている。


「蒼瑛さま、お忙しいのにありがとうございます。きっと今日の舞台は素晴らしいものになります。」

 香蘭は悠然と微笑むと、蒼瑛を今日の主役の元へ案内する。
 蒼瑛は翠蓮の前に立つと声をかけるでもなく、どこか後ろめたげに視線を外した。


(やっぱり、避けられてる……)
 翠蓮は唇を結ぶが、すぐにいつもの表情に戻した。
 そして挨拶のため深く身をかがめるようとすると、不意に、衣装係が緊迫した声を上げる。

「動かないで――」


――遅かった。


 布が裂ける音とともに、長居のひだが引き攣り、輝く珠飾りが弾け飛ぶ。


 最後の光が、重力で床に吸い寄せられる。


 かつんっ――


「きゃーっ」
 その音が止むと同時に、誰かが悲鳴をあげた。


「な……に……?」
 状況を把握できず、翠蓮は肩越しに視線を向ける。
 美しかった衣装は、右後ろあたりが腿から胴まで大きく裂けていた。

 足がもつれたように絡む。

「大丈夫か!?」
 咄嗟に蒼瑛が手を出したが、翠蓮はそのまま床へと崩れ落ちた。


 香蘭は真っ青になりながらも、確認する。
「……今、次第は!?」

「琵琶が演奏中で……出番まで十分を切ってます!」 

 蒼瑛は素早く衣装の後ろに回り込み、腰を下ろす。
 損傷した部分を手にとると、裏地の一部分に不審な点がある。自然に裂けたのとは別の、鋭利な切れ込みだ。

 その小さな切れ込みは、まるで舞台上で衣装が裂けることを狙ったように見えた。
 歌唱前、両手を広げ身を沈めるように行礼こうれいする――その瞬間を。
 蒼瑛はぞっとした。
「もし観客の前で破けていたら……」

 すぐに陳偉チンエイに、指示を出す。

「控室を封鎖して、直ちに内官府ないかんふへ調査を依頼してくれ」

「承知いたしました」
 陳偉は弾けるように出て行った。

(舞台は中止するしか……)
 蒼瑛が声を出そうとした時、鋭い声が響き渡る。


「待って!針と糸を!!」
 声の主は絢麗だった。
 

「……修復できるのか?」
 蒼瑛は衣装に手をかけたまま絢麗に尋ねた。
 この日は饗宴の舞台に合わせ、演者ごとに採寸し、衣装を誂えていた。
 他の衣装を取りに行ったとしても着付けが間に合わないだろう。

「針と糸ならここに……」
 針子が裁縫道具を差し出すと、絢麗は冷静に言う。

「スカート部分は荒く縫って。見えないよう念の為、下袴も同色のものを!
それから……帯を高く合わせて、胴の裂けた部分を隠して!」


 その場にいる誰もが固唾を飲んで成り行きを見守っている。


 蒼瑛は、翠蓮の正面から様子を確認する。
 がっくりと肩を落とし、力なく頭を垂れている。まるで糸が切れた操り人形だ。


 琵琶の演奏は最後の盛り上がりを見せ、拍手がこちらまで聞こえてくる。


「もう出番が……」
 進行係は蒼瑛と香蘭を代わる代わる見やる。


 予断を許さない空気の中、蒼瑛は重々しく口を開く。
「舞台は中止だ。責任は私がとる」

「蒼瑛さま!それでは……」

「わかっている」
 香蘭の言葉を手で制する。これが大事な政治的駆け引きを含む饗宴の場だということは、蒼瑛も理解していた。
 中止ともなれば、あらゆる方面から追及は免れない。

 蒼瑛は翠蓮から目を離し、炎辰の影を恐れ、何も策を講じなかった自分を悔いた。

 舞台に向かおうとする蒼瑛の足を、絢麗が両手を大きく広げて阻む。
 驚く蒼瑛を横目に、絢麗は振り返り、翠蓮の肩を掴んだ。


「翠蓮! この程度で歌えなくなるようなら、私は貴方を軽蔑するわ」
 その言葉に、翠蓮ははっと顔を上げた。
 翡翠の瞳には動揺の色が見えるが、閉ざされてはいなかった。
 
 
「もう本当に時間が……お急ぎください!」
 進行係に急かされ、二人は舞台に向かっていく。

 蒼瑛はその後ろ姿を見守るしかなかった。



 舞台の幕が上がり、二人は手を取り合ったまま、ゆっくりと行礼こうれいする。

 一際大きな拍手は、陽国の歌姫と呼ばれる絢麗ケンレイへの、期待の高さの表れだろう。


 口を開いた歌姫二人の歌声は、しなやかにハーモニーが紡ぐ。
 翠蓮の声はわずかに弱く、絢麗が何とか声量でカバーしていた。

 翠蓮は、何とか立て直そうともがいていた。絢麗の言う通り、こんな嫌がらせに負けてはいけない。

 だが、もがけばもがくほど水の底に沈んでいくようだ。


(声が出ない……息ができない……)


――助けて

 そう思った時、握った手の震えが指先から伝わってきた。

 絢麗が震えている――
 どうして気づかなかったのだろう。
 絢麗とて、楽府に入府してから初めて舞台だったというのに。

(私は自分のことばかりで……
助けてもらうんじゃなく、自分の足で立たないと)

 そう決意すると気持ちが軽くなり、声に艶と伸びが戻ってきた。

 呼応するように絢麗の声も美しく合わさる。
 まるで最初から二人で一つであったかのような美しいハーモニーは、観客の心に深く響き、魅了する。

 圧巻だった。

 歌唱が終わると、二人は額にうっすらと汗をかき、頬は上気していた。互いにしっかりと視線を合わせると、晴れやかに微笑んだ。

 灯が温かく二人を照らし、観客の拍手はとどまることを知らなかった。

 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。 巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。 今日も黙々と床を磨いていたら―― 「お前の磨いた床は、よく眠れる」 恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。 見た目は完全にラスボス。 中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。 勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。 光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。 戦争よりも、まず床。 征服よりも、まず対話。 これは、世界最強の存在に溺愛されながら 世界平和を“足元から”始める物語。 甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...