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二章 歌姫の競演
2-7 不吉な言い伝え
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二人は拍手に応えるように、何度もお辞儀をした。
舞台袖に戻ると、香蘭は絢麗と翠蓮を強く抱きしめる。
「よく歌ったわね!本当に……すてきな二重唱だった!」
その言葉に翠蓮は胸をなで下ろし、絢麗に謝った。
「絢麗さん、ごめんなさい私。自分のことばっかりで……」
絢麗はぶっきらぼうに答えた。
「本当にこんなことはこれきりにしてよね。"翠蓮"」
絢麗から名前で呼ばれるのは初めてのことだった。思わず涙が出そうになる。
少しは自分を認めてもらえた気がする。
濡れかけた目元を指で拭い顔を上げると、視線の先には蒼瑛がいた。
「二人とも、素晴らしい歌だった。ありがとう」
歌に感動した様子の蒼瑛にぎこちなさはなく、いつもの笑顔だった。
蒼瑛から視線を離せずにいると、陳偉が足早に駆けてくる。
「蒼瑛さま、控室の封鎖が完了いたしました。また、張氏殿が絢麗殿、翠蓮殿にお会いしたいとのことです」
宴席に着くと、ちょうど炎辰が出るところだった。すれ違いざま翠蓮は声をかけられる。
「よくあの衣装で歌えたものだな」
「……?」
なぜそのことを知っているのだろう。
思考は張氏の歓迎に遮られた。
彼は感動したように手振りを交えている。
「このように文化が育てば、陽国の行く末はますます明るくなりますな」
絢麗は柔らかく腰を折り、美しく挨拶を述べる。
流れるような所作だった。
同じ女性の翠蓮ですら見惚れてしまう。
張氏の視線を感じ、翠蓮も慌てて続く。
「翠蓮と申します。先の歌をお耳に留めていただけたとのこと、胸が熱くなりました……僅かな声ではありますが、今後も励んでまいります。」
習いたての宮廷作法で応じたが……拙さがまだ残る。失礼はなかっただろうかと翠蓮はドキドキした。
張氏は、寛大な笑顔で二人に微笑んだ。まだ若き才能がここにあることを喜んでいるようだ。
「本日賜った感銘を決して忘れませぬ。蒼瑛殿下がお力をお求めの折には、この張、力を尽くす所存にございます」
蒼瑛は張氏と握手を交わす。
(少しは、蒼瑛さまのお役に立てたかな)
その時翠蓮は凍りついた。酒に酔った北方の者たちの噂話が聞こえてきたからだ。
ひそひそと声が交わされている。
「翡翠の瞳をもつ娘――陽国に凶をもたらすのではないですか」
「ああ、北では“歌姫”などとは呼ばぬ。あれは、『声で人を縛る者』だ」
(私のこと……?)
翠蓮と蒼瑛の顔色が変わったのを見て、張氏は慌てて口を挟む。
「滅多なことを言うでない! 申し訳ありませぬ。蒼瑛殿下、翠蓮殿」
蒼瑛は怪訝な目で張氏を見る。
「……今の話は一体――」
張氏は口をもごもごさせる。
「蒼瑛殿下も……陽国の神話と歴史はご存じですな?」
「声によって争いごとを鎮める一族がいたというものですよね」
「はい、続きもご存知で?」
蒼瑛は頷く。
「ええ……一族は自ら各地に散り、地方の安寧に尽力したと」
張氏は一層声を落とした。
「北方では、その一族は翡翠の瞳を持つとされ……私利私欲のために声を使い、王都を追われたと――古い言い伝えです。
馬鹿馬鹿しいですが、未だ差別意識を持つ者もいて……お恥ずかしい限りです」
翠蓮は声を持つものが冷遇されていたという話も、その者が翡翠の瞳を持つと言う話も初めて聞いた。
一つの歴史が、場所を変えるだけでこんなに形を変えて伝承されるものなのか。
蒼瑛はいつもの笑みを取り払い、厳しく張氏に言った。
「歌が人の心に入り込むことはあります。
ですが、それは支配ではない。心を開いた者同士が、ほんのひととき、同じ場所に立つだけです」
張氏はバツの悪そうな顔で頷く。
蒼瑛は翠蓮を心配そうに見た。
「翠蓮、君の声が人を縛るものだとは思わない。気にしなくていい」
顔色がさえない翠蓮に、蒼瑛は心配そうに促す。
「大丈夫か? 衣装の件で聞きたいこともある。少し部屋で休むといい」
翠蓮は頷いた。
舞台袖に戻ると、香蘭は絢麗と翠蓮を強く抱きしめる。
「よく歌ったわね!本当に……すてきな二重唱だった!」
その言葉に翠蓮は胸をなで下ろし、絢麗に謝った。
「絢麗さん、ごめんなさい私。自分のことばっかりで……」
絢麗はぶっきらぼうに答えた。
「本当にこんなことはこれきりにしてよね。"翠蓮"」
絢麗から名前で呼ばれるのは初めてのことだった。思わず涙が出そうになる。
少しは自分を認めてもらえた気がする。
濡れかけた目元を指で拭い顔を上げると、視線の先には蒼瑛がいた。
「二人とも、素晴らしい歌だった。ありがとう」
歌に感動した様子の蒼瑛にぎこちなさはなく、いつもの笑顔だった。
蒼瑛から視線を離せずにいると、陳偉が足早に駆けてくる。
「蒼瑛さま、控室の封鎖が完了いたしました。また、張氏殿が絢麗殿、翠蓮殿にお会いしたいとのことです」
宴席に着くと、ちょうど炎辰が出るところだった。すれ違いざま翠蓮は声をかけられる。
「よくあの衣装で歌えたものだな」
「……?」
なぜそのことを知っているのだろう。
思考は張氏の歓迎に遮られた。
彼は感動したように手振りを交えている。
「このように文化が育てば、陽国の行く末はますます明るくなりますな」
絢麗は柔らかく腰を折り、美しく挨拶を述べる。
流れるような所作だった。
同じ女性の翠蓮ですら見惚れてしまう。
張氏の視線を感じ、翠蓮も慌てて続く。
「翠蓮と申します。先の歌をお耳に留めていただけたとのこと、胸が熱くなりました……僅かな声ではありますが、今後も励んでまいります。」
習いたての宮廷作法で応じたが……拙さがまだ残る。失礼はなかっただろうかと翠蓮はドキドキした。
張氏は、寛大な笑顔で二人に微笑んだ。まだ若き才能がここにあることを喜んでいるようだ。
「本日賜った感銘を決して忘れませぬ。蒼瑛殿下がお力をお求めの折には、この張、力を尽くす所存にございます」
蒼瑛は張氏と握手を交わす。
(少しは、蒼瑛さまのお役に立てたかな)
その時翠蓮は凍りついた。酒に酔った北方の者たちの噂話が聞こえてきたからだ。
ひそひそと声が交わされている。
「翡翠の瞳をもつ娘――陽国に凶をもたらすのではないですか」
「ああ、北では“歌姫”などとは呼ばぬ。あれは、『声で人を縛る者』だ」
(私のこと……?)
翠蓮と蒼瑛の顔色が変わったのを見て、張氏は慌てて口を挟む。
「滅多なことを言うでない! 申し訳ありませぬ。蒼瑛殿下、翠蓮殿」
蒼瑛は怪訝な目で張氏を見る。
「……今の話は一体――」
張氏は口をもごもごさせる。
「蒼瑛殿下も……陽国の神話と歴史はご存じですな?」
「声によって争いごとを鎮める一族がいたというものですよね」
「はい、続きもご存知で?」
蒼瑛は頷く。
「ええ……一族は自ら各地に散り、地方の安寧に尽力したと」
張氏は一層声を落とした。
「北方では、その一族は翡翠の瞳を持つとされ……私利私欲のために声を使い、王都を追われたと――古い言い伝えです。
馬鹿馬鹿しいですが、未だ差別意識を持つ者もいて……お恥ずかしい限りです」
翠蓮は声を持つものが冷遇されていたという話も、その者が翡翠の瞳を持つと言う話も初めて聞いた。
一つの歴史が、場所を変えるだけでこんなに形を変えて伝承されるものなのか。
蒼瑛はいつもの笑みを取り払い、厳しく張氏に言った。
「歌が人の心に入り込むことはあります。
ですが、それは支配ではない。心を開いた者同士が、ほんのひととき、同じ場所に立つだけです」
張氏はバツの悪そうな顔で頷く。
蒼瑛は翠蓮を心配そうに見た。
「翠蓮、君の声が人を縛るものだとは思わない。気にしなくていい」
顔色がさえない翠蓮に、蒼瑛は心配そうに促す。
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翠蓮は頷いた。
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