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二章 歌姫の競演
2-8 内官府
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◇ ◆
北方の饗宴の後、蒼瑛は控室へ向かった。
控え室では内官府による取り調べが続いていた。
薄暗い灯りの下、膝をつかされた針子や歌人たちが沈黙のまま並んでいる。
陳偉が駆け寄ってくる。
「衣装が破れた件、“故意かどうか” で、内官たちが徹底的に詰めております」
控え室の中央では針子が震えながら無実を訴えていた。
「私ではありません!縫い目が甘かったのは、私の不手際ですが……故意に狙ったものでは……」
陳偉は小声で囁いた。
「…… 賓客への不敬となれば、過失でも重く罰せられますな」
ちょうどその時、壮年の宦官の声が鋭く跳ねた。
「では誰がしたと申すのだ! 言えぬのなら、細工をしたのはお前と見なす! 皇帝の賓客の前で失態など、決して許されぬ!」
宦官の手が針子の肩を乱暴につかもうと伸びた時、蒼瑛が一歩踏み出した。
「……お待ちいただきたい」
宦官が動きを止めて蒼瑛を見る。
「この裂け方、刃物で内側から切れ目を作った痕跡がある。縫製の過失とは違う」
蒼瑛の言葉に控え室内でざわめきが起こる。
宦官は不愉快そうに言う。
「それが、何の証になりましょう?」
蒼瑛は静かに続けた。
「針子が故意に細工したというのなら、その“切込みの跡”が、彼女の道具と一致するはずだ」
陳偉がすぐに応じた。
「さきほど、彼女の裁縫道具を確認しましたがこの裂け目の形状と一致しませんな。衣装を運んだのはこの者たちでしょう?」
女性たちは顔を青ざめさせる。その中にいた一人が視線をそらした。
──その様子を、蒼瑛は見逃さなかった。
「この場で無理に罪を押しつけることは、かえって“宮中の監督不行き届き”を示すことになりましょう」
その言葉に、宦官の表情が凍りつく。数秒の沈黙の後、宦官は手を振り下ろした。
「この場の者、全員再調査とする。針子、ひとまず控えていろ」
ひとまず罪のないものを罰することは防げたようだ。蒼瑛は小さく息をつくと部屋を出た。
長い回廊を歩きながら、先ほどの北方の貴族たちの噂話を思い出す。
翡翠の瞳を持つ者の話は、"忌み眼"などという差別が生まれたこととも関係があるのかもしれない。
史実と違ってはいるが、権力者に都合が悪いと隠された歴史などいくらでもある。
「一度調べてみないといけないな……」
事情を聞こうと翠蓮を待たせていた。
部屋の前で扉を叩くが返事がない。
(まさか、なにかあったか!?)
蒼瑛は翠蓮を一人にしてしまったことを後悔する。
慌てて部屋に入ると、机に突っ伏して寝ている翠蓮がいた。
「よかった……」
安堵のため息をついて、隣に腰を下ろす。
静かな寝息が聞こえる程近い。
艶やかな黒髪が、白い柔らかな頬に影を落としている。
蓮の花のような清廉な香りが、胸の奥を静かに揺らした。
頬に触れようと指を伸ばし――そこで止める。触れれば、もう戻れないと分かっていた。
蒼瑛は衝動を押し殺すように、ゆっくり息を吐いた。
「何をしようとしているんだ私は……
完全な一方通行だというのに。迷惑極まりないな……」
このまましばらく寝顔を見るだけなら許されるだろうか。
警戒心が緩み、ついまぶたを閉じてしまう。連日の無理がたたり、気を抜くと意識を持っていかれそうだ。
(駄目だ……)
――もっと見ていたいのに
蒼瑛の意識は、眠りと共に十年前に誘われていった。
北方の饗宴の後、蒼瑛は控室へ向かった。
控え室では内官府による取り調べが続いていた。
薄暗い灯りの下、膝をつかされた針子や歌人たちが沈黙のまま並んでいる。
陳偉が駆け寄ってくる。
「衣装が破れた件、“故意かどうか” で、内官たちが徹底的に詰めております」
控え室の中央では針子が震えながら無実を訴えていた。
「私ではありません!縫い目が甘かったのは、私の不手際ですが……故意に狙ったものでは……」
陳偉は小声で囁いた。
「…… 賓客への不敬となれば、過失でも重く罰せられますな」
ちょうどその時、壮年の宦官の声が鋭く跳ねた。
「では誰がしたと申すのだ! 言えぬのなら、細工をしたのはお前と見なす! 皇帝の賓客の前で失態など、決して許されぬ!」
宦官の手が針子の肩を乱暴につかもうと伸びた時、蒼瑛が一歩踏み出した。
「……お待ちいただきたい」
宦官が動きを止めて蒼瑛を見る。
「この裂け方、刃物で内側から切れ目を作った痕跡がある。縫製の過失とは違う」
蒼瑛の言葉に控え室内でざわめきが起こる。
宦官は不愉快そうに言う。
「それが、何の証になりましょう?」
蒼瑛は静かに続けた。
「針子が故意に細工したというのなら、その“切込みの跡”が、彼女の道具と一致するはずだ」
陳偉がすぐに応じた。
「さきほど、彼女の裁縫道具を確認しましたがこの裂け目の形状と一致しませんな。衣装を運んだのはこの者たちでしょう?」
女性たちは顔を青ざめさせる。その中にいた一人が視線をそらした。
──その様子を、蒼瑛は見逃さなかった。
「この場で無理に罪を押しつけることは、かえって“宮中の監督不行き届き”を示すことになりましょう」
その言葉に、宦官の表情が凍りつく。数秒の沈黙の後、宦官は手を振り下ろした。
「この場の者、全員再調査とする。針子、ひとまず控えていろ」
ひとまず罪のないものを罰することは防げたようだ。蒼瑛は小さく息をつくと部屋を出た。
長い回廊を歩きながら、先ほどの北方の貴族たちの噂話を思い出す。
翡翠の瞳を持つ者の話は、"忌み眼"などという差別が生まれたこととも関係があるのかもしれない。
史実と違ってはいるが、権力者に都合が悪いと隠された歴史などいくらでもある。
「一度調べてみないといけないな……」
事情を聞こうと翠蓮を待たせていた。
部屋の前で扉を叩くが返事がない。
(まさか、なにかあったか!?)
蒼瑛は翠蓮を一人にしてしまったことを後悔する。
慌てて部屋に入ると、机に突っ伏して寝ている翠蓮がいた。
「よかった……」
安堵のため息をついて、隣に腰を下ろす。
静かな寝息が聞こえる程近い。
艶やかな黒髪が、白い柔らかな頬に影を落としている。
蓮の花のような清廉な香りが、胸の奥を静かに揺らした。
頬に触れようと指を伸ばし――そこで止める。触れれば、もう戻れないと分かっていた。
蒼瑛は衝動を押し殺すように、ゆっくり息を吐いた。
「何をしようとしているんだ私は……
完全な一方通行だというのに。迷惑極まりないな……」
このまましばらく寝顔を見るだけなら許されるだろうか。
警戒心が緩み、ついまぶたを閉じてしまう。連日の無理がたたり、気を抜くと意識を持っていかれそうだ。
(駄目だ……)
――もっと見ていたいのに
蒼瑛の意識は、眠りと共に十年前に誘われていった。
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