完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4-1 楽府責任者の辞任

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 こちらは、IFワールドもしもの世界です。
 この話は、毒殺未遂後に翠蓮が行軍に行くという話です。本編とは別のパラレルワールドです……


―――――――――――――



 本日は毒殺未遂後、初めての朝見の場だ。

 蒼瑛側の臣下達の空気は重い。
 北方貴族の饗宴に続き、先日の毒殺未遂事件。短期間に楽府から二人も罪人を出している。

 臣下たちはこの朝見前に、口々に提案を行った。


「二人の罪人はもともと後宮筋でした。楽府へ推薦したのは、蒼瑛殿下ではなく別の所管です」

「一番近くで見ていた楽府師匠に責があるのではないですか」

「炎辰殿下と紫雲は私的関係があったのですよね?そこを突くのはいかがですか」

 蒼瑛はどれも首を縦に振らなかった。



 残された道は、紫雲の後ろにいるであろう黒幕を引きずり出すことだろう。
 蒼瑛は、どこかで歯車がずれている感覚を拭えずにいた。

――今回、毒殺未遂に使用された毒の粉が、紫雲の楽譜に付着していたという。つまり楽譜を介して毒を持ち込んだということだ。

 蒼瑛が確認した夜宴当日の荷物検閲の帳簿には
紫雲:楽譜の頁まで確認済、不審な点なし。茶葉は飲食物のため没収
 とあり、荷物検閲の時点で、紫雲はまだ“白”だった。
 ではどのタイミングで、楽譜に毒を忍ばせたのだろう。

 控室の記録帳簿にも、翠蓮含む歌人三名の他には、限られた係の名前のみが記載されていた。その者達の中で、予定外に控室に出入りしたのは紫雲のみだ。

 周りの妃達の証言から、紫雲に楽譜を取りに行かせた清苑妃が、最も怪しく思えた。
 毒を用意するための資金面も、清苑妃なら問題ないだろう。
 しかし紫雲は黙秘を貫き、清苑妃側から証拠を集めようにも時間が足りなかった。
 朝見までに掴めなかった事実が、蒼瑛の胸を重く沈ませる。



「蒼瑛さま……」

「陳偉、そんな顔をするものではない」

「ですが……」

 蒼瑛は結局どうするつもりなのか、右腕である陳偉にも話をしなかった。
 長年の付き合いから、蒼瑛の決断に予想がつくのだろう。陳偉は悔しそうに唇を噛んでいる。

 朝見の場は、『皇族専門医である文景御医が、翠蓮の治療にあたったことは適切だったのか』、という議題から始まった。


「皇后もいる夜宴で死者を出すわけにはいかないため、医療技術が高い御医を呼んだ」
「御医は歌人の安全を確認し次第、太医に引き継いでいる」

 という点で、特に問題にはならなかった。
 蒼瑛は、文景御医に迷惑がかからなかったことにほっとした。

 しかし御医の件は、蒼瑛を陥れようとする者達にとっては、あくまで肩慣らしだ。


「それでは、この度の毒殺未遂事件ですが――」
 進行を務める御史ぎょしが言いかけると、次々に廷臣達が声を上げる。
 そのどれもが蒼瑛の責任を追及するものだった。

「管理不行き届きだ!」

「だから楽府など不要な組織だと訴えてきましたのに……」

 炎辰は一言も発言せず、蒼瑛の出方を伺うように座している。
 黙っている蒼瑛に、業を煮やした廷臣の鋭い声が跳ねる。 

「一体どう責任を取るおつもりですか! 蒼瑛殿下!」


 蒼瑛はすっと皇帝に向く。

「此度の不始末、責はすべて私にございます。楽府に累を及ぼさぬためにも、ここに職を辞する覚悟にございます」

 廷臣たちは静まり返った。その場にいる者の視線が、一斉に皇帝に集まる。

「……よい覚悟だ。だが、楽府については既に御簾みすの内より高い評価が届いておる。
その礎を築いた者を、この程度の策で切り捨てるほど、朕は愚かではない」

 御簾の内――その言葉で、誰もがこの場にいないはずの皇后の存在を感じ、息を飲む。
 周囲が息を潜める中、炎辰だけが一瞬、視線を伏せた。

 皇帝は、異論は認めないというように場を見回し、厳かに続けた。

「蒼瑛、辞任は許さぬ。
謹慎とし、その身で事の推移を見届けよ」



 朝見の後、静まり返った回廊で、皇帝は足を止めた。

「蒼瑛」

「……はい」

「己を差し出すだけでは、守ったことにはならぬ。
誰が、何を恐れて動いたかを見極めよ――それがお前の役目だ」

 全てを見透かしたような目だった。

 蒼瑛は、己の覚悟が「守る」ためではなく、逃げるための決断でもあったことを、思い知った。

「……心得ました」
 その背に残された言葉の重みを、蒼瑛はしばし動けずに受け止めた。


◇ ◆

 蒼瑛が外廷を出ると、肌寒い風が吹く。
 季節はもう秋に移っていた。木々の葉色は、黄色や赤に染まっている。

「なぜ皇后は、私を助けたのだろうか……」
 "御簾の内"という皇帝の言葉は、皇后が蒼瑛に助け舟を出したことを意味する。
 あの皇后が、なんの計略もなしに動くとは思えなかった。

(何か、代償を支払うことを約束させられたような感覚だ――)


 今の蒼瑛が突かれて痛い所――

「翠蓮……」
 蒼瑛は、毒殺未遂の一件以来、翠蓮に会うのは第三者がいる場に限っていた。

 稽古場で見かける翠蓮の髪には、いつでも蒼瑛が渡したかんざしが揺れていた。
 もちろん翠蓮の真意は分からない。彼女にとったらあのかんざしは、ただの髪飾りなのかもしれない。それでも蒼瑛には十分だった。

 不意に胸がざわつく。

(まさか、自分の支払った代償は――)

 一度浮かんだ思考は、振り払おうとしてもどうしても消えてくれなかった。

 数日後、この予感は本物となる――
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