完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4-2 寝耳に水

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◇ ◆

「蒼瑛さま、皇帝陛下がお呼びです」

 そんな声を受けたのは、謹慎から一週間が経とうという頃だった。従者に返事をし、蒼瑛は内殿までの道を急ぐ。

 皇后に警戒心を持ってから今日まで、特に周囲で不穏な動きはなかった。
 そこへきて今日の呼び出しとくれば、嫌な予感しかなかった。

 私室を出て、内殿までの道すがら、炎辰と鉢合わせる。
 二人とも物言わぬが、炎辰も皇帝から呼び出されているのだろうと、蒼瑛は察する。

 部屋に入ると、皇帝は読めない表情で二人を迎え入れた。

(何の話なのだろうか……)

 しばらく取り留めもない話が続く。
 他愛ない親子の会話にも聞こえるが、こうしている間にも皇帝は皇子達を試しているのだろう。
 そんな雰囲気を言葉の端に感じる。


 次男で庶子の蒼瑛は、常に兄を追う立場だった。一方の炎辰の重圧は、自分の比ではないだろう。追うよりも追われる立場の方が辛いと言うものだ。


(兄上が歪むのも、わかる気もするな……)

 ここが蒼瑛が炎辰を憎みきれない所以でもある。事実、いがみ合う前は、尊敬できる兄だった。

 恵まれた体格に、優れた身体能力。時には周りを切り捨てる判断力――
 どれも蒼瑛にはないものだった。

(なぜこんな関係になってしまったのだろうか……)


「蒼瑛。聞いているのか」

 皇帝の言葉に蒼瑛はハッとした。
 謹慎になってから、つい物思いにふけってしまう。

「申し訳ございません。聞いておりませんでした」

「お前は……少しはごまかしたらどうだ……」
 皇帝は呆れた顔だ。

「炎辰が出陣するというのだ。お前からも止めてやってくれ」

 蒼瑛は驚きのあまり、思わずオウム返しをする。

「兄上が? 出陣なさるのですか?」

「そう言って聞かぬのだ」

「ですが……今はそんな重大な軍事は起きていないではありませんか……」
 第一皇子がわざわざ出陣するなんて、国家の存続危機レベルの戦争が起きたときではないのか。
 そもそも蒼瑛が止めたところで、炎辰を止めることなど出来ないだろう。むしろ逆効果にさえ思える。

 黙していた炎辰は、皇帝に向け口を開く。

「もう決めたのです」

「決めたと言ってもな……自分の立場を分かっているのか……」

「無論。その上で、です。」

「なぜ行くのだ……皇后も心配しておる」
 炎辰は僅かに眉を上げた。皇后の名が、却って彼の決意を固くしたように見える。


「自分の道を歩いてみたくなったただけです」

「どうしても行くのか」

「はい」

 皇帝は大きくため息をついた。
「では、出陣ではなく行軍でだ。行き先も余が決める。これ以上は譲れぬ」

「御配慮、感謝申し上げます」

 こんな風に皇帝に反論する炎辰を見たのは、蒼瑛が記憶する限りなかった。それほど強い思いが、彼を突き動かしているということなのか。
 
 皇帝はおもむろに蒼瑛に話を振ってきた。それも、耳を疑うような――

「時に蒼瑛、楽府から、自ら行軍を志願している者がいる。……皇后も、その志を買っておるようだ。
軍のため、国のため余としても賛成だ」



(まさか――)
 だが、皇帝の前で顔に出すわけにはいかなかった。蒼瑛は震えを押し殺し、平静に会話を続ける。

「……どの者でしょうか」

「翠蓮と申したな。若くして結構な志だ。楽府には痛手となろうが――」

 翠蓮の名前を聞いた後、蒼瑛の震えはなぜかぴたりと止まった。

(私が支払った代償は――)


 皇帝はさらに蒼瑛に追い討ちをかけた。

「炎辰。この歌人と同じ行軍とする。
文化に携わる者が何を担っているのか、その目で見ておけ」

「……承知いたしました」
 炎辰は若干不満を滲ませたが、皇帝は気にしていないようだった。

(兄上と……翠蓮が?)
 毒殺未遂事件について、蒼瑛は、炎辰への疑惑を完全に取り払ったわけではなかった。それに炎辰は、翠蓮を蒼瑛の弱点と認識しているはずだ。
 ただでさえ危険な行軍で、もしも事故に見せかけられでもしたら――

 迷っている時間はなかった。

 蒼瑛は一度、頭を下げた。
「――恐れながら、父上。私は反対でございます。」
 場の空気がわずかに張り詰める。

「楽府は平和の象徴です。廷臣たちにも創設時から、そう説いて参りました。
それを戦に送り出すというのは、矛盾が生じるのではございませんか」

 皇帝の視線を正面から受け止め、蒼瑛は続けた。
「ましてや、冬の行軍。武官でさえ命を落とす道に、歌人を同行させるのは――
志を買うことと、使い捨てにすることは、同義ではございません」
 一瞬、炎辰が蒼瑛を見る。

「翠蓮は、戦場に連れて行く“象徴”ではなく、
都に留めることでこそ意味を持つ存在です」

 室内が静まり返る。蒼瑛は再び頭を下げた。

「どうか、ご再考を」

 皇帝は、しばし黙したまま蒼瑛を見下ろしていた。やがて、息を吐くように言う。
「理屈は分かった。だが――歌は道具だ。
民が安らぐなら、戦の前線であろうと使う。それが玉座に座る者の務めである」

 沈黙が落ちる。
 蒼瑛は、ゆっくりと顔を上げた。
 たとえ相手が皇帝であろうとも、絶対にここで退くわけにはいかない。

「翠蓮が、自らの意思でそれを望んだのであれば。
私は、どのような結果になろうとも異を唱えません。
どうか、最後に本人の意思かを確認させてください」


 皇帝は、蒼瑛をじっと見つめた。
 軽んじるでも、怒るでもない――測る目だ。

「……志と申すものは、立場や空気に押されて生まれることもある」

 一拍。

「それを見抜くのも、上に立つ者の役目だ。
最後にその目で確かめよ」

 蒼瑛はほっと息を漏らした。しかし皇帝は釘を刺すように付け加える。

「もし、迷いも偽りもない志であれば――その時は、余も、お前も、止める理由は無い」
 
「存じております」

 蒼瑛は深々と頭を下げた。

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