完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4-5 訓練とあいさつ

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 翠蓮スイレンは行軍に向け、二週間に渡り訓練を行った。
 軍人ではない彼女に課されたのは、戦うための訓練ではなく、「生き残るため」のものだった。

 重荷を背負っての歩行訓練。慣れない革帯が肩に食い込み、少し歩けば息が上がる。
 短剣の扱いも学んだが、敵を倒すためではなく、あくまで身を守るための最低限の動きだけだ。
 傷病の応急処置では、包帯の巻き方や止血の仕方を繰り返し叩き込まれた。

 どれも、これまでの人生では縁のなかったことばかりだった。

 それでも、不思議と辛さよりも忙しさが勝った。
 泣いてばかりいた頃と違い、身体を動かしている方が、余計なことを考えずに済んだのだ。
 痛む足も、擦りむけた手のひらも、夜になれば疲労と共に眠りへ引きずり込んでくれる。

 そうして気づけば、出発の日はすぐそこまで迫っていた。

 

 出征式を控えたある日、翠蓮は炎辰エンシンと、副将の劉剣リュウケンのもとへ挨拶に赴いた。

 本音を言えば、翠蓮は炎辰に会うことが怖かった。
 紫雲が言った「あの方」は炎辰のことなのではないか。翠蓮はそう考えていた。

 もしかしたら、彼は毒殺未遂事件に関係があるのかも知れない。

(でも――)
 
 翠蓮が毒に倒れた時、真っ先に駆けつけてくれたのも炎辰だと聞いている。

 考えて答えが出るものでもない。
 ただ、自分が紫雲を傷つけたことは確かなのだろう。そう思うと胸のあたりが重くなる。

(とにかく、挨拶を。形式だけで良いのだから……)


 簡素な詰所の前で深く一礼する。

「二週間後の行軍に随行いたします、歌人の翠蓮です。
 剣は持てませんが、皆さまの足を引かぬよう、声を尽くします」

 言い終えた瞬間、鋭い視線を感じた。
 顔を上げると、炎辰はあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべている。

 その様子を見た劉剣が、遠慮なく炎辰の背中をバシバシと叩いた。


「そんな顔するなよ炎辰! せっかく挨拶に来てくれているじゃないか!」

「……おい。兵の前で、その態度はやめてくれ」

「はいはい、承知しました将軍!」

 口ではそう言いながらも、劉剣はどこか楽しそうだ。
 劉剣は、炎辰がまだ皇子としてではなく、ただの若い兵として訓練を受けていた頃を知る、数少ない人物だった。
 そのため、皇子に対しても臆することなくこうした口を利く。
 だが、その関係を知らない翠蓮は、ただただ目を見開くしかなかった。

 自分にとって恐怖の対象でしかなかった炎辰の、意外な一面を見た気がした。
 呆然と口を開けたままの翠蓮に気づき、劉剣は豪快に笑って声をかける。

「訓練の様子も見たが、見た目に反してなかなか骨がありそうじゃないか。
 俺は歌も好む。楽しみにしているからな!」

 裏表のなさそうな言葉に、翠蓮は思わず頬を緩めた。
 劉剣の額にはよく見ると古傷があった。明るく見えても、幾多と死線をくぐり抜けているのだろう。


「……足を引かぬようになど、言うだけなら誰でもできる」
 炎辰が静かに口を開く。

「せいぜい、態度で示すんだな」

 それだけ言い残し、炎辰は視線を外した。

 今までなら、背筋が凍るような言葉だったはずだ。
 だが、先ほどの劉剣とのやり取りを目にしてしまった後では、不思議と恐怖も和らいでいた。

 

 
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