完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4-6 野営

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 初日の経路は穏やかで、行軍は予定通りに進んでいた。

「よし、この一帯を野営地とする! 各小隊、配置につけ!」
 後衛隊長の言葉に、皆ひとまずほっと息をつく。兵たちは、わらわらと野営の準備に取りかかる。


(何か手伝えること……)
 翠蓮は歌人として随行していたが、何を歌えというような明確な指示はなかった。
 皆が忙しくしているのに、何もしないのは落ち着かない。

「……一緒にやってもいいかな?」

 一番役に立てそうな炊事場にいた、小柚シャオユーに声を掛ける。
 小柚はぱっと顔を輝かせる。
「うん、そしたら翠蓮姐は……」

 小柚から鍋を受け取った時、背後からわざとらしい声が響く。
「おい、そこの歌人」
 振り返ると、鎧を緩めた兵が数人、こちらを見ていた。

「炊事なんて似合わないだろ。喉を守らなくていいのか?」
 くすくすと笑い声が混じる。

「出来ることをしようと思いまして」
 翠蓮がそう答えると、男は肩をすくめた。

「へえ。歌人さまも兵士気取りか」
「戦場で役に立つのは、鍋より剣だぞ?」

 空気が一瞬、ぴんと張り詰めた。

 遠巻きにしている兵たちは、視線を合わせぬように顔を伏せていた。
 小柚シャオユーが、そっと翠蓮の袖を握っている。

(小柚を巻き込みたくはない……)
 翠蓮は黙って小柚に微笑み、距離を取るため袖をゆっくり離した。


 後宮の遠回しな嫌味に比べたら、男たちの無礼な態度は、わかりやすくはあった。

「おいおい、その辺にしてやれよ」
 一人の男が声を上げる。第二小隊長の逸龍イーロンだった。

 助けてくれるのかと思ったが、にやにやとした表情を見るに、どうやら翠蓮の予想は外れのようだ。
 逸龍は翠蓮の前に立つと、値踏みするようにジロジロと視線を送る。 

「あんまり怖がらせちゃ、可愛らしい声が出なくなっちゃうよなぁ?」

 近距離で背の高い逸龍に立たれると、さすがに圧を感じる。

「……水を汲んできます」
 その場から離れようとしたが、逸龍がからかうように肩を押してくる。
 力は強くなかったが、地面のくぼみに足を取られ、翠蓮は尻もちをついてしまった。


 逸龍が「しまった」という表情をする。
 ちょうど報告に出ていた玲玲レイレイが戻り、女性ということを忘れるような低い怒声を飛ばす。

「何をしている!」

 翠蓮はさっと立ち上がり、泥を払った。
「なんでもありません。転んでしまって。水を汲みに行ってきます」

 通り過ぎ様に逸龍イーロンに舌打ちされたが、気付かないふりをした。


◇ ◆

 天幕てんまくも張り終わり、あちこちで火が焚べられる。パチパチという薪が爆ぜる音が心地よい。

 大鍋では粟の粥が静かに煮え、干し肉の塩気が漂っていた。豪華とは言えないが、温かいものを食べるとホッとする。

「おいしい……」
 自分で作った料理を食べたのはいつぶりだろう。椀の中身が空になる頃、翠蓮の視界の端に、長い髪が揺れた。顔を向けると、玲玲だった。

「さっきは、大丈夫だったか?」
 心配してくれているのだろう。
 玲玲は、翠蓮の隣に座り、逸龍イーロンに視線を流す。

「あいつは……元々は、前衛の花形だったんだ」
 聞けば先の戦で負傷して以来、足が竦むようになり、後衛に下げられたという。

「逸龍の傷は完治しているはずなんだが……気持ちが追いつかないんだろう」

「そうだったんですか……」

「まぁ、だからって当たりやすい者に当たっていいわけじゃないからな」
 玲玲は腰を上げた。

「下膳したら自由時間だ。ゆっくり休むと良い」

「はい」

 玲玲が去った後の野営を、翠蓮は見回してみた。自由時間と言っても、酒が飲めるわけでもなく、娯楽は少ないように思えた。

 ぼーっと火を見る者や、鎧や武器を黙々と手入れする者――

 この中にはきっと、逸龍イーロン以外にも、心に傷を負った兵士もいるのだろう。
 そう思うと、翠蓮は胸がきゅっと縮こまるような気持ちになった。



 近くにいた兵が、翠蓮に声をかけてきた。
「あのさ……俺、最終試験で、あんたの歌聞いたんだよ」 

 楽府の最終試験――あの時は、噂を聞きつけた見物人でごった返していた。
 この兵もその一人だったのだろう。

「よかったら、聞かせてくれないか? あの歌……」

「はい、ぜひ!」

 元気よく応えた。なんと言っても、翠蓮はそのためにここにいるのだ。

 小さく息を吸い、控えめに歌い出す。
 柔らかな声が夜風に溶けていく。

 だんだんと、翠蓮の周りに兵が集まってくる。野営での歌は、舞台のような派手さはなかったが、兵たちは目を閉じ、翠蓮の歌声に聴き入っている。




 翠蓮が頭を下げると、小さく拍手が起こった。

「なぁ、他にどんなの歌えるんだ?」

「俺の故郷ではこんな歌があってさ……知ってるかな……」

 皆、身を乗り出している。
 
 翠蓮は、楽府の趙霖ショウリン師匠が言っていた、『歌には心が大切だ』という言葉を噛みしめる。


 上手く歌う前に、兵たちのことを知りたいという気持ちが湧いてくる。

「歌でなくても、皆さんがどんなことがお好きか教えてください」

 兵たちは顔を見合わせた。皆ぽつりぽつりと口を開く。故郷のこと、なぜ兵になったのか。好きな食べ物など、他愛ないことも教えてくれた。

 初めは堅かった表情がほぐれ、柔らかな空気が場を満たし始める。


 その様子を、炎辰エンシン劉剣リュウケンが遠くから見ていた。

 劉剣は意外そうな口ぶりだ。
「初日は浮き足立つ者も多いが……後衛は随分安定してんなぁ」

「あぁ……」

「それにしても、将軍自ら見回りなんて珍しいな」
 劉剣の言葉に、炎辰は半拍返事が遅れる。

「……まぁ、久しぶりの行軍だからな。後衛は問題なさそうだ。戻るぞ」

「へいへい」
 去り際、劉剣は肩越しにちらりと、翠蓮に目をやった。
 そして、炎辰を見て意味ありげに笑うと、その後を付いて中衛に戻って行った。








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