完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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三章 後宮編

3-5 屋台

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 翠蓮は差し出された蒼瑛の手をじっと見る。おずおずと触れると、胸に熱いものが込み上げる。

(手、大きいな……。ううん、手だけじゃなくて……)
 線が細く見えるが、意外としっかりした首や肩に目が行く。
 なぜこんなにどきどきしてしまうのか。なんだか、邪なことを考えてしまった気がして、思わず視線を伏せる。


 外の混雑は相変わらずだ。
 蒼瑛は目を細め、遠くの雑踏を見ている。

「さて、どこから探すか」

「すみません。付き合わせてしまって……」

「いや、翠蓮と一緒にいられるのだから、太凱に感謝かな」

 さらっと人を喜ばせるようなことをいう蒼瑛を少し恨めしく思う。蒼瑛は、隙さえあれば女性に囲まれているが、いつも丁寧に対応しているところ。きっと慣れているのだろう。


(そう。だから蒼瑛さまの言葉に他意はないんだって……一々反応しちゃ駄目)
 自分にだけ優しいなんて勘違いしては、後で憂き目を見ることになる。今は太凱を探すことに集中しなければいけない。


「さっきは、ちょうどここを歩いていて……」
 言いながら振り返ると、蒼瑛は周りの屋台に気を取られていた。

「すごい活気だな。色んなものがあるし、色彩も多い」

「そう……だね」
(来たことないのかな? ないよね、きっと)


「なにか気になるもの……ある?」
 タメ口に慣れずにいちいちつっかかってしまう。


「全部食べたいな」

 その返事に、翠蓮は「子どもみたいだな」と思った。彼は大真面目に言っているようで、真剣に屋台を眺めている。


「ふふっ……小籠包、串焼き、揚げパン、飴……他にもいっぱいありますよ」
 にこっと笑いかけると、蒼瑛はぴたりと固まった。翠蓮は首をかしげる。

「どうかしましたか?」

「翠蓮……」

 蒼瑛が何か言いかけた時、


「蒼瑛~!!」
 陳偉が大急ぎで走ってやってくる。それを見た蒼瑛は、たじろぎながら返事をする。


「な…なんですか叔父さん」

「太凱殿が見つかったぞ! 従者が送り届けるから心配はいらない」

(見つかってよかった)
 翠蓮は胸をなでおろす。


「探していただいて、ありがとうございます。では私達も……」
 帰ろうと言いかける翠蓮に、陳偉はにんまり微笑む。陳偉は、不思議そうな顔をする二人の腕を引いた。


◇ ◆

「ここは……」

 陳偉に連れてこられたのは、衣装が数多くある店だった。村娘が着るようなものから、異国の衣装まで揃っている。

 驚いて棒立ちになる二人をよそに、陳偉はいそいそと服を選び、個室へ移動した。


「さてさて、こちらにお召し替えください。ここにいる者は口は堅いゆえ、ご安心を」

 戸惑う二人は、それぞれ陳偉に帳の奥へ押し込まれた。翠蓮は手渡された衣に目を落とす。

(こ……これに着替えるの?)
 よく分からないが、仕方がない。思い切って袖を通す。

 翠蓮がそーっと帳から顔だけ出すと、既に蒼瑛が支度を整えていた。

 
 蒼瑛は粗末な衣を身にまとい、髪を薄布で巻いている。さらに顔にはすすがあちこちに付けられていた。
 宮廷から距離があるとは言え、念には念を入れたようだ。


 陳偉は翠蓮に気付き、控えていた女性の侍者に何かを促す。
 侍者は帳の中へ入ると、手早く化粧と髪結いを施した。
「あらまぁ。我ながら仕上がってしまいましたわ……」

「……?」
 何のことか分からず、不思議な顔をする翠蓮を、彼女は「さぁさぁ」と外へ連れ出した。


 帳の外が、しん……と、静まった。周りの従者達はため息を漏らしている。


「あの……これは?」
 おずおずと進み出る翠蓮に、陳偉は満足げに言う。


「異国の王女のお忍び風です」


 異国の王女――言われてみればその通りだった。淡い薄紫の衣は、光を受けるたびに色を変え、重ねられた薄絹が揺れる。
 髪は下ろされ、編み込まれた一筋が頬に沿い、動くたびに影を落とす。
 顔の白粉おしろいは控えめで、唇には色ではなく艶だけが与えられていた。そのせいで、目元の陰影がはっきりと浮かび上がり、翡翠の瞳が、異国情緒を引き立たせていた。


 翠蓮は落ち着かず、スカートを指先でつまんだ。
「……変では、ありませんか」


 返事がないことに気づいて顔を上げる。
 目の前の蒼瑛は一瞬、言葉を失ったように見えた。すぐに視線を逸らし、しかしまた戻してくる。

「……目立つな」
 それだけ言って、理由は続かなかった。声が、わずかに低い。
 陳偉は二人の様子を一瞥し、満足そうに口髭をなぞった。

「やりすぎましたかな」
 
 蒼瑛は拗ねたような顔で、小声で文句を言っている。
「……これでは外に出られないだろう」


「はは、確かにお忍びどころか、街中の視線を一身に集めてしまいますな」


 翠蓮は不安になった。
「……やはり変ですよね」
(歩きにくいし……)

「いや……変ではない。絶対に」
 蒼瑛は、そこは即答する。しかし相変わらず翠蓮をまっすぐ見ない。
 陳偉はにやにやと蒼瑛を見ていたが、満足したのか、別の衣を翠蓮へ手渡す。

「少しの遊び心でございました故、お許しください」

「いえ……」



 翠蓮は再び着替えて、姿を現した。

「終わりました」

 今度は町娘風らしい。色あせしたような藍の質素な服に、上には泥で薄汚れた外套を羽織っている。腰には巾着といった出で立ちだ。
 髪は緩く低い位置で、お団子に結われていた。
  
「そのままでは目立ちますから、恐れ入りますがこちらを……」
 言いながら陳偉は竹笠を被せる。


 竹笠が大きくて前が見えない。直そうと焦ると、スッと視界がひらける。すぐの距離に、蒼瑛の顔が飛び込んでくる。


「あ……」
 不意のことに、思わず顔が赤くなってしまう。釣られたように蒼瑛も顔を赤くし、二人はそのまま見つめ合う。どちらからも、すぐには視線を逸らせなかった。


 一歩離れると、蒼瑛は小さく評を口にした。

「それも……似合うな」
 
 翠蓮はうるさい鼓動を落ち着かせるように、胸を押さえる。
「……はい、こちらの方が落ち着きます」


 とにかく、お互い皇子と宮廷歌人だとは気づかれなさそうだ。


「翠蓮殿、よければ蒼瑛様にお付き合いください。ああ見えて孤独なのです」
 陳偉はそっと耳打ちすると、「夜にお迎えにあがります」と大きく手を振り、嬉しそうに二人を街の喧騒に送り出した。


◇ ◆
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