完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4-12 内廷での協議

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 内殿の扉が、低く軋む音を立てて開いた。その瞬間、空気が変わる。

 蒼瑛は一歩、足を踏み入れた。
 広間の奥――皇帝の玉座が、空席のまま鎮座しているのが嫌でも目に入る。

 その下、左右に並ぶ廷臣たち。
 文官、武官、老臣、重臣――
 数はいつもより明らかに多い。

(……随分揃ったものだな)
 逃がす気はないということか。

 廷臣たちの視線が一斉にこちらへ向けられる。
 好奇、警戒、探るような目。
 そして、玉座のすぐ前に皇后がいることに気づいた。感情を削ぎ落としたような横顔。皇后は、蒼瑛が来たのを察すると、視線だけを寄越した。

 その隣の椅子を、従者が引いた。
(今日は……こちら側か)

 蒼瑛は、ほんの一瞬だけ息を整え、皇后の隣へと腰を下ろす。

 ざわ、と廷臣たちの間に小さな波が走った。

 ――いつもは「こちら側」にいる男が、あちら側に座った。
 それだけで、この場がただならぬことは誰の目にも明らかだった。

 皇后が、先に口を開く。
「炎辰将軍より、正式な奏上が届いている。
先行軍の半滅。
補給線のみでは戦線維持が不可能との判断。
よって――援軍要請、および自軍出陣の許可願」

 蒼瑛は、身体が強張るのを感じる。
 炎辰の軍には、翠蓮がいる――

 廷臣たちは待っていたように口を開く。

「当然でしょう! もはや支援では足りぬ。主将自ら前に出るほかありません!」
「炎辰将軍は前線経験も豊富。今出さねば、いつ出すのです!」

 蒼瑛は、静かに口を開く。
「炎辰将軍の任は、前線への補給と兵站の維持だ。
戦線を押し上げるためのものではない」」

 これは事実だ。
 この行軍は、あくまで“後方を固める”ためのもの。
「補給線を預かる軍を前に出せば、何が起きる? 前線が勝っても、次が続かない。
負ければ、兵糧も矢も尽き、戦そのものが終わる」

「だが!」
 武官が食い下がる。
「先行軍がやられた以上、前に出て道を切り開くべきでは!」

 一里ある。
 元よりこの議論に正解はない。
 勝てば官軍――
 結果がすべてだ。

(冷静になれ……)
 そう言い聞かせるものの、とても平静ではいられない。出陣許可を出せば、翠蓮を戦火に放り込むことになる。

 私より公。
 幼い頃から叩き込まれてきた価値観、
 今の自分にそれが守れるだろうか――

 なんとか声を絞り出す。

「炎辰将軍の判断は理解できる」
 蒼瑛の言葉に、廷臣たちが色めき立つ。
 一拍置き、続けた。

「だが、彼らが前線に立てば、この行軍は“支援”ではなくなる。それは、最初の想定を超える賭けだ」

「今さら想定など!」
「勝たねば、すべて無意味でしょう!」
 一部の者たちが声を荒げる。

 文官が挙手する。
「恐れながら蒼瑛殿下……
判断を誤れば、炎辰将軍の軍も壊滅します。
さすれば、被害を被るのは民にございます」

 その一言が蒼瑛の胸を刺す。
(そうだ――)
 自分の決断の後ろには、何億という民の命が控えている。
 今の蒼瑛を見たら、翠蓮は何と言うだろうか――
 私情に流され、皇子としての判断を誤ることはあってはならない。 


 武官の一人がうなずいた。

「……ですが、蒼瑛殿下のご意見にも頷けます」
「うむ。補給軍が崩れれば、全軍が干上がる」

 蒼瑛は強く椅子の肘掛けを握る。

「そうだ。だからこそ、援軍は送る」

(私情を抜きにしても――)
 もう迷いはない。

「だが、炎辰将軍の軍を前線に立たせる判断は――理に合わない」

 今度は老臣が口を開く。

「しかし、主将が出れば、戦況が好転する可能性も――」

「“可能性”で主力を賭けるほど、我が国は追い詰められていない」

 蒼瑛の言葉は、静かだ。

「まして今は、陛下が御不在だ。第一皇子を失えば取り返しのつかぬことになる。軽々しく動かすべきではない」

 その言葉は、炎辰を守る理屈にもなっていた。
 蒼瑛は押し切る様に結論を出す。

「援軍で戦線を立て直す。炎辰将軍の軍は、あくまで補給と後方の安定に徹する」


 殿内は、しばし沈黙に包まれた。

 誰も反論しなかった。
 否――できなかった。

 皇后が、静かに頷く。

「……良いでしょう。ただし――」
 鋭い目が蒼瑛を捉えた。
「理を押し通す――その覚悟はありますね」

 蒼瑛は揺るぎない決意を秘め、力強く答える。
「はい」

 その一言で、すべてが決まった。

 蒼瑛は、胸の奥で小さく息をつく。
(これでいい)
 この判断は皇子として、国を守る判断だと胸を張れる。

 だが同時に、嫌な予感が消えない。
(兄上は、この“理”を受け入れるだろうか……)

 それだけは、蒼瑛の手を離れていた。


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