44 / 72
四章 最終章
4-3 翠玉の力
しおりを挟む◆ ◆
一週間が経過し、翠蓮は内医局を出た。
ひっそりと一人退院するつもりだったのだが、扉を出ると、蒼瑛がいた。
翠蓮は、思わず荷袋を手から離していた。
袋が落ちた音に気づき、彼は束ねた髪を揺らした。
「退院おめでとう。身体はどうだ?」
「大分いいです……」
蒼瑛の顔をまともに見られないのは、炎辰が残していった余韻のせいだろうか。
「話したいことがある。時間をもらってもいいだろうか」
「はい……」
蒼瑛の後に続く。下を向いた視界で、蒼瑛の裾が揺れている。翠蓮はそれをぼんやり見ていた。
清苑妃と紫雲が捕らえられたと聞いたが、その話なのだろうか。
書斎に入ると、白檀香と書の香りがした。安心する匂いに、翠蓮はほっとした。
小さな卓を挟み、二人は向かい合って腰掛ける。
蒼瑛は口を開いた。
「皇后さまから、君を"皇后専属"の歌人にしたいと話が来ている」
(皇后さまが?)
夜宴で翠蓮の歌を聞き、感情のない人形のように涙を流したあの人――
蒼瑛が、声を低くした。
「これは大変名誉なことだ。……ただ、皇后さまの望まれる声の使い方が、そのまま君にとって正しいことかはわからない」
(声の使い方……?)
引っかかる言い方に、翠蓮は疑問をぶつける。
「翠玉のことをご存じなのですか?」
蒼瑛の驚いた顔で、翠蓮は自分の見立てが間違っていなかったことを知る。
「なにか思い出したのか」
蒼瑛の目には、そうあってほしいという願いを感じる。
胸に一瞬炎辰の顔が浮かび、翠蓮は「何のことかわからない」と嘘をついた。
「炎辰殿下から……少しだけ聞きました」
蒼瑛はなるべく顔に出さないようにしているのだろうが、やはり落胆していた。
軽く頭を振ると、彼は事の経緯を教えてくれた。
「……隠し書庫で、古い書物を見た。
翡翠の瞳を持つ者は、翠玉を使えば人の心に働きかけることができる。
それを恐れたかつての皇帝は、一族に"忌み眼"という不名誉な名を付け、王都から追いやり冷遇したんだ」
「では、現在の史実は手を加えられているのですか?」
蒼瑛は「そうだ」と頷き、続ける。
「一族の特定材料である、"翡翠の瞳"と"翠玉"の項目は削除され、一族は、"自ら" 王都を去り、地方のために尽力したことになっている」
一息吸い、蒼瑛は頭を下げた。
「王家の都合で、忌み眼などという差別を生んだ。謝って許されることではないが……」
翠蓮は、きゅっと目をつむった。
浮かんできたのは、小さくなり、いつも何かから逃げるようにしていた母。
そして飢饉の責任を、忌み眼に押し付けた村人。その村人に殺された育ての父――
全て赦せなかった。自分を不幸にした全てが。
(だけど……)
翠蓮は立ち上がり、蒼瑛の前に膝をついた。
下からすくい上げるように見た彼は、苦悩に満ちていた。
「蒼瑛さまに、謝っていただくことではありません」
蒼瑛は黙ったままの翠蓮の手を引き、引き出しの前まで連れて行った。
二人の机の前には、蒼瑛が取り出したちいさな鍵箱。
かちっと言う音と共に蓋を開けると、翠蓮の目に、懐かしい茶色の革袋が飛び込んでくる。
中を開くと、翡翠の首飾りがあった。
間違いない。翠蓮が母からもらい、蒼瑛に渡した翠玉だった。
蒼瑛は、ごまかすように説明した。
「昔、地方に行った時に……たまたま手に入れたんだ」
翠蓮は嘘をつかせたことが心苦しかった。だが、心の整理がつかないまま、蒼瑛に十年前の思い出を語ることは出来なかった。
この翠玉があれば、争いのない理想の国を作ることができるかもしれない。
その考えが胸をよぎり、翠蓮は蒼瑛が目指しているものを、もう一度聞いてみたくなった。
「蒼瑛様は、音楽の力で国を良くしたいとお考えなのですよね? それで楽府を創設されたと聞きました」
蒼瑛は、少しだけ視線を伏せたあと、頷いた。
「そうだ……」
続きを待つ翠蓮の手は、思わず力が入っていた。
「翠蓮、理想の国をつくるというのは……誰か一人の肩に背負わせるものではないと……私は思っている。だから……」
蒼瑛はしばらく黙った。
問いかける資格が、自分にあるのか測るように。
「翠蓮、君はどうしたい?」
それは選択を委ねる言葉であると同時に、力の使い方を問う、問いでもあった。
「私は……力に縛られずに、歌いたいです」
「それなら――」
彼の提案に、翠蓮は目を見開いた。
22
あなたにおすすめの小説
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました
由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。
巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。
今日も黙々と床を磨いていたら――
「お前の磨いた床は、よく眠れる」
恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。
見た目は完全にラスボス。
中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。
勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。
光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。
戦争よりも、まず床。
征服よりも、まず対話。
これは、世界最強の存在に溺愛されながら
世界平和を“足元から”始める物語。
甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。
あやかしが家族になりました
山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。
一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。
ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。
そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。
真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。
しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。
家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる