花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~

市來茉莉(茉莉恵)

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【1】 サフォークの丘 スミレ・ガーデンカフェ 開店です

⑦ スミレ・ガーデンカフェ 開店です

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 舞は決意をする。『父と士別市でガーデンカフェを経営します。その庭の管理をすることにいたしました』と、五年間お世話になった『花のコタン』を退職することになった。

 父もエルム珈琲を退職する決断をした。退職金と代々の土地を売却したお金を資金に充てる。カフェの準備に関しては父はノウハウを獲得している。古いペンションを二階と一階リビングは住まいに、レストランホールとして利用していた一階をカフェとしてリノベーションをする。それまでは士別市内にある借家住まいとなるが、父と数年ぶりの親子生活をすることになり、父のほうがウキウキと新居の準備をはじめている。

 そんな父を見たのは久しぶりなので、舞も娘として……これでよかったんだと嬉しくはなった。

 リフォーム工事が始まった傍ら、舞は荒れた庭の余計な植物を刈り取り、準備をしていた新しい土で均し、来年の開花のための土壌を整える。納屋には苗床も準備する。時には父に頼み、重機を入れる手配もしてもらった。

 やることが山積みだった。せめてカフェの窓辺に座ったら、色とりどりのメドウ的ガーデンが目に入るよう、そこから植物の植え込みを始めることにする。

 父も店内の準備に追われていたが、生き生きしていた。

『充実しているよ。こうでありたかったんだよ。また舞と一緒に暮らせるし、お父さんはいま楽しい!』

 生まれた家を手放してしてしまったが、確かに父は幸せそうだった。



 一年後の春。深い雪の季節を越え、ペンションの改装も終わり、舞と父はやっと第二の実家となるそこへ引っ越した。
 カフェの開店準備も完了し、開店は舞が秋に準備した花が咲き始める四月半ばと決まった。

『スミレがびっしりと囲うカフェです』

 店主となった父が最初にSNSに投稿した写真は、新しくなったカフェの周囲を、紫のリボンが囲むスミレの写真だった。

『サフォークの丘の麓、スミレ・ガーデンカフェ 開店です。季節に合わせ庭に花が咲きます。徐々に準備中です。さまざまな庭のお花をお楽しみいただけます。お待ちしております』


 カフェの名は『スミレ・ガーデン』。開店です。



 しかし、案の定。舞が心配していたとおりに、父のカフェには人が来なかった。
 開店当初は、お祝いとして、エルム珈琲の上司に部下に同僚、父と長く取引のあった業者さんが駆けつけてくれた。舞の知り合いも、友人に、高橋チーフが家族連れで来てくれたり、花のコタンの先輩に同僚も様子見ついでに来てくれた。また父の長年の人脈か、エルム珈琲時代からツテのある情報誌編集部も呼び寄せ、道内全域に紹介されるような記事も掲載してくれた。

 その効果が少しはあった。だが繁盛とは言いがたい。
 父もわかっていて『一年目はこんなもの』と慌ててはいなかった。

 逆に舞は焦っていた。開店したすぐの夏。庭半分しか花を咲かせることが出来なかった。手入れ途中の芝や土がむき出しのままのところが残り、舞が計画した『窓辺から見える範囲だけでも花を』という作戦でなんとか凌いだ。

 父とカフェ開店の準備を始めて、花のコタンを退職して一年が経つ晩夏と初秋。舞は覚悟を決めて、二年目の庭を目指すため、必死に冬を越す手入れに精を注いだ。

 来年こそは、庭一面のメドウガーデンにする。白、青、ビビッドな赤、自然に生えているようにみえる『牧草地』のような庭にするんだ。夏にはあのバラが咲く。初めて出会った二十七歳の初夏、荒れる庭の片隅で馥郁悠然と自分が生きるためだけに咲き誇っていた『彼女』。そのとき、舞は思ったのだ。自然に自立して生きているその様に惹かれた。『私に初めて熱い思いをくれた花、貴女はこの庭の女王様だ』と。淡々と園芸の仕事に勤しんできたが、舞は植物を愛すのではない、このバラの誇りに見合う仕事をしたいと思っている。もうワイルドローズとも言って良いほどに強く逞しく美しく咲く『リージャン・ロード クライマー』のように、負けるものか。お父さんのお店を、花でいっぱいにして人に知ってもらう。その一心で……。思い通りにならない土壌と、思い通りに準備が進まないもどかしさと戦いながら、昨年のような中途半端な庭にはすまい、この敷地いっぱいのメドウガーデンにしてやる! スミレ・ガーデンカフェ一周年を迎える。そして二度目の春を迎える前に、二十八歳の冬を越す。

 翌春。また雪解けの庭にムスカリやクロッカスが顔を出すと、カフェの周りをぐるっとスミレが囲んだ。

 さあ、どうなる。秋に敷地いっぱい、びっしりと植えた草花はどう庭を描いてくれるのか。

 五月。少しずつ青紫の花が咲き始める。赤いオリエンタルポピーのアクセントも見えるようになってきた。

 二年目の初夏。その人は、森の入り口から現れ、舞に声をかけてきた。

『オレンジティーなるものはありますか?』

 ちょうど、舞が待ち焦がれていた秋に植えた花が咲き始め、やっと緑と土色だけだった庭に彩りが備わった時に、彼がオレンジティーを求めてきたのだ。
 あの小雨の日から、十日ほど経ったその後も、彼は舞の目の前にちょくちょく姿を現すようになった。

 それがこの二年、不思議なこの男性と会うまでの話。
 そして彼が知りたがった『舞』と、美味しいお茶を煎れてくれる『父』と、気に入ってくれた『スミレ・ガーデンカフェ』の話。
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