花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~

市來茉莉(茉莉恵)

文字の大きさ
9 / 66
【2】 貴方は幽霊? 二十年前を知る人、カラク様

① ニジュウネンとは、どれぐらいの時間!?

しおりを挟む
 
 アーリーサマー。初夏の六月は、花が咲き始め、気温も緩み、空も爽やかで気持ちが良い。森と土と草花の香りに満ちて、森の木々の切れ目の向こうには、連なる丘が見える。丘の牧場にはサフォークの羊たちが走り回っているのが見える。

 最近、背丈が伸びてきたアリウムとオリエンタルポピーが隣り合っているせいで窮屈に見える。舞は花鋏を手にし、紫色のポンポンのようなまん丸の玉を揺らすアリウムと、白いオリエンタルポピーの幾分かを花鋏で切り取った。

「これで、ひとまず終わりです。お茶に行きましょう」
「はい、行きましょう。今日も楽しみです」

 舞は不思議な彼と一緒に歩き出す。昨年、庭の手入れを始めた頃に植えた芝生が青々と茂り、そこに散策用に並べた石畳の道を往く。

 紫の大きなぽんぽん玉を揺らすアリウムと、白い花が戯れるようにそよいでいる。

「その花は捨ててしまうのですか」
「いいえ。お店に飾って、最後まで楽しみます。あ、今日もオレンジティーを父に頼んでみましょう」

 虹色の髪の彼が嬉しそうに微笑んで、舞とずっと並んで歩いてくれる。



 今日も来客がない平日。お天気だけ良くて、庭の花だけが元気で、父が経営するカフェは閑古鳥が鳴いている。

「ただいま戻りました」

 カフェ厨房の勝手口のドアを開けると、またそこで父が退屈そうにお皿を拭いているのかと思ったら、今日はバリスタスタイルで、お茶の準備を始めていた。

「そろそろ休憩だろうと思って、作っておいたよ。最近、舞はオレンジティーが気に入っているようだからね。気温が高いから、今日もアイスにしようと思っているんだけれど、どうかな」

 また父の向こう、店内の窓席に、いつのまにちゃっかり座っている彼が、わくわくした瞳を輝かせて待っている。

「うん。私もアイスがいいなと思っていたところ」

 父もこれまた嬉しそうに表情を崩した。

「そうだろう。お父さんは、舞のことはなんでもわかるんだからな」

 娘の私じゃなくて、あの人が欲しがっているんだけれどね……。などとは言えず、舞はひっそりと苦笑いをする。


 本日の午前の部、休憩時間。不思議な彼のために、舞はお茶をする。

 窓際の席に座ると、父がロンググラスに氷を浮かべたオレンジティーを持ってきてくれる。舞の目の前にグラスが置かれると、不思議な彼の手元にも同じものが現れる。

 舞が手に取ると、彼が手に取る。一緒にひとくち、グラスに差したストローから吸ってみる。

「本日も美味です。お父さんのオレンジティーは最高ですね」
「そうですか。本日も気に入っていただけて、父も嬉しいと思いますよ」
「先日のカフェラテとやらもおいしかった。その前のロイヤルミルクティーなるものも、素晴らしかった。うん、剛さんのお茶は最高です」
「もう、それを専門として働いていた人ですから」

 この店を開くまではカフェメニューの開発部にいて、そこの部長まで勤めたやり手。だから舞が突然『オレンジティーがほしい』と言い出しても、いまは柑橘の季節ではないと考えた父は、元々、自分の趣味で揃えていた喫茶道具と素材を持ち出し、その中からセイロンの葉とドライオレンジピールをブレンドして、さっと彼が満足するお茶を作ってくれたのだ。

 それから、お客が来ない退屈凌ぎで父が作るお茶を、虹の黒髪を持つ彼がたいそう気に入ってしまったから、毎日現れる。

 もうそれは満足そうに、味わったことがないものばかりだと、彼は舌鼓を打ち堪能していく。
 大人の男性の顔をしているのに、お茶をしているときは少し無邪気な少年に見えることもある。やはり不思議な人だった。

 その彼と何度かお茶をして、森の入り口で見送るとき、舞は聞いた。『あなたは誰? どこから来たの? どうして私にだけ見えるの?』と、彼が初めてロイヤルミルクティーを口にしてに喜んだ日だった。また森の小径へと帰ろうとしているそこで、まるで引き留めるかのようにして、舞は焦って尋ねていた。

 彼は首をかしげながら、致し方なさそうな笑みを浮かべていた。

『それが、僕にもわからないんですよ。自分がどこから来て、どうしてここに来てしまうのか。名前すらも、もう誰も呼ばないので、』

 寂しそうに眼差しが翳り、長めの前髪の中にその顔が隠れるほどに、彼がうつむいた。その様子から、着ている服も現代そのものだから、最近亡くなった男性の霊ではないかと舞は思った。進めば進むほど、奥が鬱蒼と暗くなっていく森林を見つめ、舞は再度問う。

『この道の先で遭難されたとか……』
『さあ。ですが、あのお店に人が住んでいたことは覚えているんですよ。だって、住んでいた彼女がオレンジティーを初めてご馳走してくれたのだから。つい最近だった気がするのですが?』

 舞はそれを聞いてぞっとした。

『父がカフェに改装する以前の古い家屋なんですけど……。ここ二十年ずっと空き家だったそうで、最後の住人だったお婆様も、その頃に亡くなったと聞いていますよ』
『え!? ニジュウネンとは、どれぐらいの時のことをいうのだろう?』

 ええっと、また舞にはわかりにくい感覚で質問をされて言葉に詰まる。日が昇って沈んでまた昇るのを何回繰り返したのか――なんて、彼が変な聞き方をするので、舞は気が遠くなる思いで考えたが答えられなかった。そうだと、作業エプロンのポケットに入れていたスマートフォンを取り出して電卓アプリで計算をし始める始末。なにやっているの私。どう考えたって『この人、幽霊じゃん!』と半ば憤りながら計算を始める。

 気がつくと彼が、目を丸くして興味津々、計算する舞の手元を身を乗り出してのぞき込んでいる。

『なんですか、それ。また新しいモノが誕生しているんですね。あなたたちは凄い!』

 現代の服を着ているからと思ったが、もしかして相当な昔に亡くなられた男性? この辺の地縛霊なのだろうか。でも全然怖くない……。むしろ、美しすぎて、憎めなくて、幽霊なんかに見えなくて、舞はすっかりこの人に気を許してしまったのだ。

『あなたのお父さんのオレンジティーは、また別の味わいでしたね。それではまた』

 また来るのか、会えるのかわからず、舞はそのまま彼を森の小径で見送ってしまった。虹色に輝く黒髪、すらっと背が高く、鍛えられているようながっしりと逞しい肩。鬱蒼とした森の、暗さが増す場所でその背が見えなくなる。陽の光がない場所だから見えなくなったのか、それとも……。

 その後、翌日も彼は舞の目の前に現れた。
 またもや『昨日のおいしいオレンジティーはありますか』と同じ笑顔と服装で。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

処理中です...