拝啓 愛しの部長様

鏡野ゆう

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第二部 二人のクリスマスと年越しの巻

第十話 クリスマス狂想曲 3

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「……?」

 あれから一週間が経ったが、未だに彼女に何を贈ろうか決められないでいる自分の不甲斐なさにガックリ気味である。そして出かける準備をしながら妙な違和感に首を傾げていた。何かがおかしい。何がどうおかしいのか分からないが確かに違和感を感じる。何に対してだ?

「???」

 目の前のクローゼットにかかっているスーツもいつも通りだ、何も変わったところはない。ここ数カ月で変わったと言えば、愛海の歯ブラシやらスキンケアの道具が少し増えた程度でクローゼットの中に関しては変化は無い筈。何気なく手にしたネクタイを締めながら首を傾げた。こんな色目のもの、いつ買ったんだ? 俺が買ったのか? それにしては今まで締めた記憶が無い。記憶を遡っていくが買った店も時期もさっぱりだ。

「俺じゃないのか、買ったのは……」

 元嫁? いや、あいつとの結婚生活で使っていたモノは五年の間に大体処分した。というか引っ越しの際に長野とその嫁がガンガン捨てちまおうぜとばかりに処分してくれたので家には殆ど残っていない筈。俺の家族? そんなの貰った記憶の欠片もない。となれば考えられる可能性は一つだ。

「はーん……ってことは、あいつか」

 そう言えば一昨日の晩、一緒に風呂に入るのを拒否して何やら挙動不審だったな。どうした?と無言で問いかけても無邪気を装った笑顔でこちらを見上げていた。なるほど、そういうことか。俺が風呂に入っている隙に何やらやらかしていたらしい。これだけか?とネクタイピンを手にした時、見慣れないピンが目に入った。やれやれ、どうやら一つだけでは飽き足らず幾つか紛れ込ませたらしい。

「なにを考えているんだか……」

 クリスマスに良い印象が無いと話した結果がこれのようだ。こっそりとプレゼントをして喜んでいるなんて子供かお前はと言ってやりたかったが、自分のせいでもあるので取り敢えず今週は黙認ということにしておいてやろう、どうせ問い詰めてもシドロモドロしながらしらばっくれるに違いないのだから。あいつの顔を見ながらあれやこれやな方法で問い詰めるのは実に面白そうではあるのだが。


+++++


 おはようございます。朝から無言のプレッシャーに耐えている宮内愛海、21歳です。なんだか部長に小人さんの所業がバレたようで、朝から妙な目つきで見詰められて落ち着きません。くそぅ! うちの父親だったら絶対に気が付かないのにどうしてこんなに早く気が付いちゃうのか。やっぱり大学教授ってノンビリ屋が多いってことなのかな。さすがやり手の営業マンは一味も二味も違う、なんだか非常に悔しい。

 けれど社内でも真面目で通っている海藤部長が、人の顔を見るとこっそり薄笑いを浮かべる光景って結構ホラーな気がしないでもないです、しかも見られているのが自分となると怖さ倍増。ちょっとしたホラーどころじゃないかもしれない。

 と・に・か・く! そんな訳で署名が必要な時は別の人にお願いすることにしました。何と、何ヶ月か前とは立場が逆転、部長との接触を避けて逃げ回っている私です。あ、けど私はトイレで訳の分からない呪文を唱えることはしてませんよ、念のため。

「なに逃げ回ってるんだ、愛海ちゃんは」
「え? 私、そんなことしてますか?」

 給湯室でお湯を沸かしている時、長野部長に捕まってしまった。そんなことしてませんよ?と愛想良く笑って長野部長のことを見上げてみたけど全く信じていない様子。

「喧嘩したわけじゃないよね、あいつの様子からして」
「喧嘩なんてしてませんよ。私と部長はラブラブですからぁ」
「それは言えてるね」

 長野部長曰く、私と部長が一緒にいるとピンクの空気がダダ漏れらしい。おかしいなあ、ちゃんと公私のけじめはつけてるつもりなんだけど。

「だから心配はご無用です、ノー・プロブレム」
「ならこれ以上は干渉しない。但しなにかあったら遠慮なく相談しろよ」
「はぁい」

 とは言ったものの、あの薄笑いに晒され続けながらの一週間はなかなかハード。いくら愛があってもさすがにグッタリですよ? 精神的にかなり疲れた一週間でした。しかもその薄笑いには、あの長野部長ですら気が付いていなかった。どんだけ限定的な薄笑いだったのかって話。

 そんなホラーな一週間でも部長の好きそうな色合いのハンカチを見つけたりマグカップを見つけたりで楽しく買い物をしたのも事実。ただ、小人さんのお仕事がバレているっぽいので持ち込むのは至難の業だよね……マグカップは諦めるかな……。お泊りセットの中に入れながらちょっと悩んでしまう。

「何だか今日の荷物、膨らんでる?」

 更衣室でも千夏ちゃんに言われちゃった。そんなに重たくはないんだけれどカップの入っている箱が場所を取ってるんだよね。そんな悩みを千夏ちゃんに言うと、だったらとロッカーから可愛いラッピング用の紙とクッション材を取り出してきた。千夏ちゃん、なんでそんなものがロッカーの中に?

「まあ色々と使う時があるのよ、気しないで。で、箱から出して包んだ方が絶対に場所取らないから。やってあげるから出して」
「うん」

 マグカップの入った箱を取り出すと、千夏ちゃんは面と向かって渡せないのもつまんないわよねとか言いながら包み始めた。さすがデパートの雑貨屋さんでバイトしていただけのことはあって包装するのがとっても上手、私ではこうはいかないなあ。

「いっそのことクリスマスプレゼントだ、文句あっかゴラァッ!!みたいにして渡したら?」
「んー……嫌な思い出があるっての知ってるのに、それを思い出させるようなことをするのも悪いかなって……」
「気の遣いすぎなんじゃないのかなあ……部長、愛海のプレゼントだったらそんなこと関係なく普通に喜んでくれそうだけど。はい、できた」
「ありがとー」

 見事に包まれたマグカップを受け取ると服とパジャマの隙間にしまいこむ。

「一度ちゃんと部長とは話し合った方が良いと思うよ? 毎年毎年こんなんじゃ絶対に愛海が辛くなるだろうから」
「そうだね……そのうち話してみる」
「うんうん、その方がいいよ」

 じゃあ連休明けにねーと会社の前で分かれた。もうすぐクリスマス。今年は雪は降るのかなあ……と曇り空を見上げながら思う。今年のクリスマスも平日だから雪がふったら通勤で地獄を見るのは分かってはいても、ホワイト・クリスマスがロマンチックだって思うのはやめられない。

 駅に向かって歩き始めると後ろからクラクションを軽く鳴らす音。部長の車だ。今日は会議で遅くなるって言っていたのに。路肩に寄せられた車に駆け寄って開けられたドアから助手席に滑り込む。車内は暖かくてほっとした。

「今日は会議で遅くなるって言ってませんでした?」
「その筈だったんだが年明けまで先延ばしになりそうな感じだったな。ところで夏の商品関してはどうなんだ、うまく進んでいるのか?」
「何とか味の方は三つに絞れそうです。食べ過ぎでお腹が冷え冷えですけど」

 この時期にフローズンヨーグルトを何度も食べるのは幾ら甘党の私でも辛いです。

「だったら今日は家で鍋でもするか」
「あ、いいですねー。水炊きでもいいなあ」

 鍋の話で油断して忘れちゃっていたんだよね、この一週間、部長が薄笑いを浮かべてこっちを伺っていたことを。だから呑気にお鍋をつついている時もすっかり小人さんのことがバレちゃってるかも~なんて警戒感も何処かに置き忘れちゃっていた。まさに油断大敵。あ、でもその時に薄笑いの片鱗さえ見せなかった部長も卑怯だと思うんだけどどうなのかな?

「部長、お風呂わいたからお先にどうぞ~」

 最後のお碗を水切りのカゴに入れてから、テレビのニュースを見ていた部長に声をかけた。片付けも手伝うとか言ってくれたんだけど、自分なりの手順があってそれを乱されるのがイヤなのでキッチンから追い出しちゃったのだ。だから部長は若干ふてくされてテレビを見ていた様子。私の声に振り返った時の顔が“あ゛?”みたいな感じだった。

「お風呂ですよ、オ・フ・ロ! しっかり温まらないと風邪ひいちゃいますからね」
「俺はガキじゃないぞ……」

 むくれたまま行ってしまった。その態度のどこがガキじゃないんだか。会社の部長からは全然想像つかない。もしかして私しか知らない部長? いやーん、嬉しいかも。お風呂に入った気配がしたので寝室に置いてあるお泊りバッグの中から小人さんからのお土産を取り出して、ハンカチは引き出しへ、マグカップは台所へと持っていく。梱包材をはがしてカップは食器棚、梱包材は……ゴミ箱に押し込んでおけば普通は覗かないものだね、と自分で自分を納得させてバッグではなくゴミ箱へ。OK、これで任務完了、ミッション・コンプリートだよ、イェ~イ!

「愛海~」
「はいぃ?」
「シャンプーなくなってるから取ってくれるか?」
「はーい」

 洗面所の棚にあった買い置きを出してドアの隙間から差し出した。途端に手首を捕まれそのままお風呂場に。

「ぶちょおっ! ナニスルアルカアァ!!」
「何処の国の人間だ。皿を洗わせてもらえなかった代わりにお前を洗ってやる」
「いや、それ、どんな理屈ですか、アライグマですか部長はっ! っていうか服着たままですってば!」

 引っ張り込まれた時にどういうわけか部長の膝の上に座ってしまう状態になって、もうこの時点で服ビショビショ。有り得ないよ、ありえなーい!

「だったら脱げ、いや、服も特別に脱がせてやる」
「ひえぇぇ、待って下さいってばぁ」
「そんなに騒ぐと近所に聞こえるぞ」
「うぬぬぬ」

 こうやって間近で見る部長は無駄に水も滴るいい男、ただ現在はちょっとおかしなオヤジと化しているけれど。

「ところで俺に隠れてこそこそしているのはなんだ?」

 私の服を無理やり脱がせながら部長の口から出たのは尋問の言葉。しかも部下を問いだす時の口調。なんでこのタイミングでその質問をぶつけてくるのかなあ、もしかして質問するタイミングを探ってた?

「こ、こそこそなんてしてませんよ、それは部長の気のせいですよ」
「だったら俺の知らない間に色々とモノが増えているのは気のせいなのか」

 濡れたせいで脱がせにくくなった服に悪態をつきながらも全部剥ぎ取ると服の山はさっさとお風呂場の外へ。膝の上に座ったまま向かい合わせになってるのってちょっと困った状態なんだよね色々と。部長の太腿を挟み込むようにして跨いでいるから私のあそこは無防備な状態で開かれちゃってるし、そこに部長のものが擦れて何だかとっても困った状態……。

「きっと、よ、妖精さんか小人さんが運び込んでいるんですよ」
「ほぉぉぉ、この御時勢に妖精とか小人とか信じるとでも?」
「だってそうとしか思えませんしぃ……」

 暫くこちらを仕事モードの顔でジッと見つめていたけど急に表情を緩めて微笑んだ。つられてこっちもエヘッて感じで笑い返してしまった。

「そこまで言うならそういうことにしておいてやる。じゃ、続きな」
「え?」
「皿洗いの代わり。隅々まで洗ってやる、感謝しろ」
「感謝って、感謝って何ですかぁ」

 や、やっぱり大人しくお皿洗いを任せればよかったと後悔しても、後の祭だよね……。
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