拝啓 愛しの部長様

鏡野ゆう

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第四章 海藤ベイビーがやってきたの巻

第二十四話 桜咲く日がな一日 side - 海藤

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 実のところ、それを渡そうと決めたのは彼女を実家に連れていった直後だったが、実際に手配をかけたのは二月も終わろうとしていた頃だ。本来は二月十四日に渡そうと思っていたものなのだが、れいの騒動で延び延びになってしまい、さらには店の不手際などが重なって受取が三月末にまで延びてしまっていた。

 俺の名前は海藤正樹、MCNホールディングスの某部署で統括部長として勤務している日本のそこらへんにいるオッサンの一人だ。そんなオッサンの俺にも可愛い恋人がいる。宮内愛海。四十歳のオッサンに二十一歳の可愛い恋人となればやっかむ連中もいるが、生憎とそんなことを気にするような繊細な心は待ち合わせていない。愛海に関して言えば天然最強とだけ言っておく。

『相談したいことがあるので仕事が終わったら会えますか?』

 そんな可愛い恋人からのメモ書きが机に置かれていたのは、出張から戻ってきた週明けのことだった。先週末からの出張となった為にホワイトデーとぶつかり今年はお預けだなと言っていた矢先のことなだけに、一体どうしたのかと少しばかり焦ったのも事実だ。だから仕事中にも関わらず愛海に声をかけた。

「宮内、ちょっと話がある」
「はい?」

 愛海の連れ込んだのは資料室。ここでことに及んだのは二ヶ月ほど前のことだが、彼女の方もそれを思い出したのか少し恥ずかしそうな顔をしている。

「どうした? メモなんて置いて」
「あ、すみません、メールにしようかと思ってたんでけどメモ書きなんて置いちゃって。私、何考えてたんだか……」
「いや、それはいいから。相談したいことってなんだ?」
「えっと仕事が終わってからでいいですよ?」
「ここで話せないようなことか」
「えっと、話せないこともないんですけど……」

 なんとも歯切れの悪い彼女らしからぬ物言いに、出張疲れもあってかイラッとしてしまったのは認める。愛海の方はそんな俺の苛立ちを感じたのか溜息をつくと口を開いた。

「実はですね、昨日、病院に行ってきたんです」
「どこか悪いのか?」

 病院という言葉に苛立ちも吹き飛んだ。

「病気じゃないんです、あの……行ったのは産婦人科で……その……あの……赤ちゃん、できたみたいです……」

 いま彼女は何と言った? アカチャン……アカチャンと言ったか?

「部長?」

 愛海の呼びかけに我に返り、心配そうにこちらを見上げている彼女の顔を見詰めた。

「赤ちゃんって、“あの”赤ちゃんか?」
「その赤ちゃんしか私は知りませんけど……」

 そうだよな、普通その赤ちゃんしかないよな。そしていつの時かと考えればあの時しかないな、とバレンタインの玄関での出来事が浮かんだ。間違いなくあの時だ。俺が頭の中で色々と考えている間に、愛海の方は避妊してもらっていたのに御免なさいとか言い出して泣きそうになっているので、先ずは彼女を落ち着かせることにする。あまり興奮するのは良くないことぐらい男の俺でも分かる。

「泣くな、怒っている訳じゃないんだから」
「でも」
「予想外のことで驚いただけだ、いや、予想外というのはちょっと違うか、言われてみれば心当たりがあると言うか何と言うか」
「あの……産んでもいいんですか?」
「当たり前だろう」

 そうか、俺に産むなと言われると思っていたのか。

「体には気をつけないとな」

 愛海の前に膝をついて未だ膨らんでもいない腹に手を当てる。ここに俺と愛海の子供がいるのか。こんなに嬉しい気持ちが湧き上がるものなんだと改めて思う。それから彼女の顔を見上げた。

「愛海、結婚してくれるな?」
「……」

 再びポロリと愛海の目から涙が零れ落ちた。

「ご、ごめんなさい、部長、私が妊娠しちゃったから、結婚だなんて……」
「あのな、実のところ俺はお前が妊娠する前から結婚を申し込もうと決めていた。れいの女のせいで延び延びになっているがな。まったく、あの西條夫人が現れなければ、先月のあの日には申し込んでいたんだぞ?」
「あの日って?」
「先月の十四日だよ。ちゃんと指輪も贈ろうと思ってたのにだな、あの脳内小宇宙女に邪魔されたというわけだ。お陰で指輪も遅れに遅れてまだ出来上がっていない」

 それにだと言葉を繋ぐ。

「もしお前が断ったら縛り付けてでも離さないつもりだったからな」
「……なんだか悪代官みたい……」
「何とでも言え。とにかく俺はお前を手放すつもりは微塵も無いんだ」

 そんな訳で半ば強引に愛海から承諾の返事をもぎ取ったわけだが問題はそこで終わる訳ではない。どちらにも両親や家族がいるのだ、いくら成人とは言えきちんと筋は通しておかないといけない。週末までに両方の親に挨拶をし愛海を自分のマンションに引っ越しさせて更には婚姻届まで提出するとは、我ながらよくもまあ数日でこれだけのことをやってのけたものだと後から呆れかえってしまった。

 愛海の両親や家族は鳩が豆鉄砲をくらったような顔になったものの二人の意思が固いのを知り快く承諾してくれた。そしてうちの両親と家族に関してはにやにやするばかりだった。正月に連れていったことである程度は予想していたのだろう。ただ孫が産まれると聞いた時はさすがに驚いていたが。

 そして愛海が我が家に越してきてから二週間。桜の開花宣言がテレビで報道されていたので、弁当を持って散歩がてらに近くの桜並木を見に行くことにした。

「綺麗ですねえ、桜ぁ」
「今年は天気に恵まれているから長く楽しめるな」

 川岸に沿って植えられている桜の木をうっとりと見上げる愛海の言葉につられて満開の桜の花を見上げた。
 
「部長ぉ?」
「なんだ?」
「手、つないでも良いですか?」
「ん? 構わないが」
 
 手を差し出すと彼女の手が重なりほっそりとした指を絡めてきた。愛海と目が合うと彼女は少し照れたように笑うとエヘッと笑った。
 
「恋人つなぎですよ? 面接の時に部長の手が好きだなあって思って、こうやって恋人つなぎしたらどんな感じだろうって思ってたんです」
「そうか。で? 感想は?」
「とっても幸せです」
「それは良かった。ところでいい加減に“部長”って呼ぶのはよせ。もう夫婦なんだぞ?」

 愛海は未だに俺のことを自宅でも“部長”と呼ぶ。名前で呼ぶのが恥ずかしいらしく、名前を呼ぶ時は必ずと言って良いほど“ままま正樹さん”となるので愉快ではあるんだが、あまりしつこく言うと怒りだすので最近は控えている。

「でもぉ……」
「結婚式もしてないから実感がわかないのは仕方ないか」
 
 かなりの距離を歩いたので愛海の体を気遣い、桜の木の下にあるベンチに座るように促した。それから持ってきた弁当をひろげる。
 
「そういうわけじゃないんですけど」
「婚約指輪とかそういうのも無しだったしなあ……」
「私はこれが気に入ってますよ?」
 
 愛海が左手をかざせば薬指に光るプラチナの結婚指輪。俺の手にも同じモノがはめられている。それに五月には親しい人達を招待して事後報告を兼ねた結婚披露のパーティをすることになっていて、愛海はそれで充分だと考えているらしい。まあお互いの母親が水面下で準備中ということで何をさせられるのか色々と心配ではあるのだが。

「それだけで良いのか?」
「これ以上のものってあります? 私と部長が夫婦だってあかしですよ?」
「ふむ……だったらこれ、どうしようか?」

 上着のポケットから出したのは指輪が入っているビロード地のケース。昨日やっと出来上がってきたものだ。本来ならば結婚を申し込む時に渡す筈だったものが結局一番最後になってしまった。

「順番が無茶苦茶になってしまったが受け取ってくれるか?」
「ぶちょぉ……」

 愛海の目からまた涙がポロポロと零れ落ちていく。

「だから泣くなって。化粧が崩れるぞ?」
「泣きたくなるのは妊娠中だからですよーだ。それに化粧が崩れるとか余計なお世話ですー」

 泣き笑いになりながら手を差し出した。

「はめてもらえますか?」
「喜んで」

 指輪をケースから出すと、ベンチに座る愛海の前に跪き差し出された手の薬指に指輪をはめた。そしてその指に唇を当てると、彼女はくすぐったそうに笑った。

「キザだあ……」
「なんだ、こういうのが好きなんだろ、女の子ってのは」
「そうですけどお、なんか恥ずかしいですね」
「お前以上に俺が恥ずかしい。それから……だ」

 改めて愛海の両手を取ると真面目な顔をしてみせた。

「宮内愛海さん、俺と結婚してくれますか」

 予想外だったのか、愛海の方は目を丸くし次の瞬間には顔を真っ赤に染めた。

「返事は?」
「……えっと……はい、喜んで!!」

 俺も愛海も今日のこの出来事を一生忘れることはないだろう。
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