拝啓 愛しの部長様

鏡野ゆう

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第四章 海藤ベイビーがやってきたの巻

第二十九話 オバチャンはgrandmother

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小説家になろうのトムトムさんの作品【本日のスイーツ・あなたに会いたくて4】で出てきた愛海と部長さん絡みのシーンの愛海視点です。トムトムさんには了解を得ております~。
お話の構成の関係上、セリフや構成がトムトムさんのものとは若干変わっておりますが大筋は同じです。


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 つわりがおさまりカニカマ中毒が一段落してからはあっという間に時間は過ぎていき、気がつけば産休に入るまであと一ヶ月になっていた。その間に私のお腹も随分と大きくなって最近では触っていると中の人が元気にポコポコとこちらの手を蹴ってくる。最初は驚いたし部長も痛くないのかって心配もしていたけど、そこは不思議なもので痛くないんだよね。ただ夜中に元気に動く時はなかなか眠れなくて困るんだけど。

 あと面白いことに、私達の赤ちゃんは私達が愛し合うと寝ちゃうみたい。胎動が感じられるようになってから愛し合った後に急に静かになったのが心配で、次の日の健診でちょっと恥ずかしいけど先生に質問してみたんだ。そしたらパパとママが愛し合う時のリズムが赤ちゃんには気持ちよく感じられて眠っちゃうんだとか。その話を帰ってから部長にしたら、さすがに俺達の子だって笑ってた。

「あ、オバチャーン」

 係長に言われた書類を届けた後、自分のオフィスに戻る途中にいつもの飴ちゃんをくれる掃除のオバチャンと顔を合わせた。最近は飴ちゃんだけではなく無塩の野菜ジュース等もくれるから申し訳なくて、たまにお返しにお菓子を渡したりしている。

「ああ、まなちゃん、こないだはお蕎麦、御馳走さん。さすが本場信州のお蕎麦はごっつう美味しかったよ? 今日は何処までおつかいに行ってきたん?」
「上にある秘書課のお姉さん達にうちの業績関係の書類を届けてました。改めて秘書課ってビックリですよ、課内のお姉さん達って本当に美人揃いで気後れしちゃう」

 そんな私の言葉にオバチャンが可笑しそうに笑った。

「まなちゃんかて美人さんやで?」
「あの目の醒めるような美人さん達と比べないで下さいよお……」

 それでも皆、優しいんだ。お腹が大きくなった私のことを気遣ってくれて直ぐに椅子を出してくれたり、休憩していきなってお菓子やお茶を出してくれるの。それに最近では胎動ってやつを感じてみたいとか言って触らせてとも言われる。美人のお姉さん達に囲まれている時、お腹の中の子はサービス精神旺盛なのか結構元気に動いている。性別は調べてないんだけど、この反応からして男の子ではないかと密かに思ってるんだよね、私。

「あんな美人さんに囲まれていても全く動じないうちの社長さんってある意味、凄いですよね。もしかして奥さんは絶世の美女なのかな、それとも超鬼嫁?」
「もしかしたら嫁さんよりオカアチャンが怖いのかも」
「えー……浮気して嫁を泣かせたら息子を追い出すとか?」
「うんうん」
「うわー……それはそれですごーい。社長さんのお母さんってどんな人だろー」

 うちの社長さん、もう赤いチャンチャンコの年齢は超えている筈。ってことは、そのお母さんは八十歳ぐらい? 社長夫人と社長母、なんだか私がイメージしている女性像とはまったく違うものなのかな?

「まなちゃんはどんなオカアチャンを想像してるん?」
「えーとですねえ、着物姿の小柄な優しいお婆ちゃん、かな。お家のお庭で日本庭園のガーデニングとかしてそう」
「ふむふむ。じっとしている人ではないってことやね」
「そうですね、趣味とかいっぱいあって活動的な感じはします」

「オカアチャンッ!! またそんな恰好してっ!!」

 いきなり大きな声がしてオバチャンが“しまった”と言う顔をした。ん?と声のした方に振り返れば社長さんがこちらにセカセカ歩きでやってくる。いつものノンビリした様子とは全く違う社長さんにちょっと驚いちゃった。

「オカアチャン?」
「なんで家で大人しく庭いじりしてへんのや? こんなところで掃除せんでもええやんかっ」

 そう言えば社長さんって大阪出身だっけ? 普段は穏やかな口調なのに今日は方言丸出しだよ。

「うるさいなあ。うちかて仕事したいねん。庭ばっかりいじってたら体が鈍ってしゃーないわ。ここなら思う存分、掃除できて楽しいわあ」
「だからって何で派遣会社からわざわざ派遣されてくんねんっ」
「ええやん、あそこはうちの子会社なんやし」
「あのう……オバチャン?」

 声をかけるタイミングがなかなか掴めないまま遠慮がちにオバチャンの服の袖をツンツンと引っ張った。

「ああ、ごめんなー、まなちゃん。これ、うちの息子やねん」
「え……こちらは社長さんですよ?」
「うん」
「……え? ってことは、浮気したら家から息子を追い出しちゃうオカアチャン?」
「そうそう、嫁より怖いオカアチャンやねん、うち」

 う、うわあ、まさか飴ちゃんをいつもくれてたのが社長さんのお母さんだなんて。しかし何で社長のお母さんがここでお掃除のオバチャンなんかしてるの?

「もしかしてオカアチャンが託児所の話を持ち出してきたんは海藤君とこの奥さんと知り合ったからか?」
「そうや。せっかく優秀な女性社員がたくさんおるのに、やめさせるのは勿体ないやん。そりゃ嘱託として戻ってくれる子もいるけど、やっぱり正社員として残ってくれる方が福利厚生面で社員は安心やし、会社にとっても社員が安心して仕事できる環境を提供できるんはエエことやんか」

 イメージアップにもなるやろ?と社長さんとオバチャンが経営についてあれやこれやと話し始めたので私は置いてけぼり。

「あ、あのう、私はこれで失礼しますぅ……」
「ああ、ごめんな、気ぃ遣わせて。せやけど、この件は内緒にしといてくれる? オバチャンは掃除のオバチャンのままで」
「分かりました。内緒、ですね」
「うんうん」

 私が離れた後も二人はあーだこーだと言い争っている。社長さん、きっとオバチャンに言い負かされて結局はオバチャンはお掃除を続けそうな気がするなあ。私はオバチャンが続けてくれた方が嬉しいけど。

「あ、そうだ……」

 事務所のコピー用紙がそろそろ少なくなってきたのを思い出して備品庫に立ち寄る。今日は台車を持ってきていないからたくさんは持てないけどA4サイズのコピー用紙ぐらいなら二包みぐらい持てるし。それとファイル用のバインダーも無かったかな。備品庫を出て戻る途中、学生さんを案内する社員さんと鉢合わせした。そう言えば職場体験とかいうのでここ暫く学生さん達が来ているって秘書課のお姉さん達も言ってたっけ。この子達も将来の後輩ちゃんになるのかな、だったら嬉しいんだけどな。

「よろしければ、持ちますよ」
「それでは、僕は残り半分を。大丈夫ですか?」
「ありがとー」

 二人は私がお腹が大きいことに気がついて直ぐさま声をかけてくれた。最近の子達って変わった子が多いって言うけど、この子達はとっても良い子そうだよ? どこの学校だったかな、結構いいとこだって聞いているけど。

 一緒にいた女性社員さんはそんなことしてると部長達に怒られますよって少し心配そうに言ってくれたけど、私だって自分の席でじっとしていたら足も浮腫んでくるし逆に疲れちゃうよ。だから社内でのおつかいは気晴らしにはちょうど良いんだよ?

「ほどほどにして下さいね」
「はーい」

 なんだか最近、私の周りに“過保護な部長さん予備軍”が増えた気がするのは気のせい? そんなことを考えつつ廊下を歩いていると、向こうに何気に怒った顔の部長が立っている。どうやら私が遅いのでお迎えに来てくれたみたい。だけどどうしてそんなに怖い顔してるのかな?

「愛海、一人で勝手なことするなって言っただろう」

 勝手なことって、もしかして備品を持ってくること? 今は隣にいる学生さんが持ってくれているけど、私が途中まで運んでいたことなんてバレバレだよね、きっと。それで怒ってるの?

「気がついた人が備品を補給するのは当然のことですよ?」
「それは普通の人の話だ。お前のお腹の中には俺との大事な赤ん坊がいるんだぞ」

 重たいものをもつなとあれほど言っているだろうとブツブツ。これ、そんなに重たくないんだけどな、そう思っているのは私だけなのかな。そして、そのブツブツ攻撃を封じてくれたのは学生さんと一緒にいた社員さん。

「はいはい。こんなところでイチャつくのは止めましょう。中学生にとってはその存在自体が目の毒ですよ。ったく、このバカップルは……」

 さーさーバカがうつる前に行きましょうと学生さん達を促している。すみません色々と気を遣わせちゃって。けど存在自体が目の毒って私達って一体……。

「あ、コピー用紙……」
「いいですよ。こちらで長野部長に渡せるようにしますからどうぞごゆっくり」

 ごゆっくりって? 何をどうごゆっくり? 尋ねる暇なく部長に引き摺っていかれたのは休憩室。なんとなく学生さんが気の毒そうにこっちを見ていたのがすごーく気になるよ? 元々は資料室の予備室だったのに、いつの間にかソファや冷蔵庫が持ちこまれ給湯機が設置され、このフロアの休憩室になってしまった。誰がこんなにいろんなものを持ち込んだの? うちの会社って本当にフリーダム過ぎるよ。 しかも『使用中』とかいう札までぶら下げるようになってるし。だいたい何でこんな札が必要なの? って言うか、この字って長野部長の筆跡なんだけど何してるんだか。

「まったく、あれほど重たいものを運ぶなと言い聞かせているのにお前ときたら……」

 部屋で私をソファに座らせると部長が溜め息混じりにお小言の続きを始めた。そういうのが逆にストレスになるのにぃ……。

「そんなにたくさん持ってなかったですもん。前に風間さんが妊娠していた時はあれ以上の荷物は運んでましたよ?」
「風間よりもお前の方がきゃしゃだろ」
「そんなの関係ないと思う……」
「だいたいだな、両手がふさがった状態で転ぶようなことでもあったらどうするんだ?」
「気をつけてますもん……」
「気をつけていても転ぶ時は転ぶだろ」

 そりゃそうなんだけど……。

「とにかくだ、頼むから重たいものは持つな」
「むー……」
「膨れても駄目なものは駄目だ。従ってくれないならこっちにも考えがあるぞ?」
「わかりましたぁ……」

 やっぱりウチの部長は過保護過ぎるよー奈緒先生。次の健診の時には本気で愚痴ってやるー!

「それで?」
「それでって?」
「秘書課の女性陣に囲まれたチビ助はどうだった?」
「そりゃもう、元気に動いてました」
「……やっぱり男だよな、その反応」
「ですよねー……」

 部長は笑いながら私のお腹に手を当てた。何が悪いんだ?とばかりにポコッと動いてその手を蹴る赤ちゃん。そんな動きに部長は楽しそうに笑った。

 あとで知ったんだけど、この部屋は私の体調を気遣ってくれたオバチャンが用意してくれたものだったらしい。オバチャン、ありがとー。なんだかもう一人お母さんがいるみたいだよ。

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