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第六話 繋いだ命
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創作文章/御題バトン【壱】
【19】を使用。
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それは娘達を日本に送り出し、年度末の瑣末な諸々を処理すれば夫婦揃って日本に一時帰国できると喜んでいた矢先の出来事だった。朝のミーティングを終え、今夜の夕食会に招待した邦人駐在員の御夫妻に出す食事のことをカルロスと話し合っている時に外がにわかに騒がしくなった。
「奥様、武装した男達が!」
銃声が響く中、厨房に駆け込んできたのは夫の補佐をしている大使館付きの秘書官。
「まあ、どうしましょう、強盗かしら」
我ながら間抜けなことを言ったものだと後から思い返して夫婦で笑ったものだけれど、その時は大いに真面目で焦っていた。焦るこちらとは対照的に押し入ってきた武装集団は手慣れたもので、先ずは警備員達を制圧しその場に居合わせた職員達を先ずは広いホールに集めた。
「他に隠れている職員はいないか。いるならば直ぐに出てくるようにしろ。下手に小細工をするようならお前達を直ぐに殺す」
自動小銃を持った男達を前に遅れてきた恐ろしさが急に襲いかかり、横に立っていた夫の腕に捕まった。夫は私の手に自分の手を重ねるとぎゅっと握ってくれた。
―― 大丈夫だよ ――
そう言ってくれているようで、そのお陰で取乱すことなく大使夫人として毅然とした態度のままでいられたのだと思う。彼と初めて会ったのは私が研修医として勤務していた病院。痛いのを我慢していたせいで盲腸から腹膜炎をおこして運びこまれて来たのが彼だった。そして手術に立ち会ったのが私。
『こんな綺麗な先生にお腹の中のぞかれて俺、恥ずかしいです』
などと大真面目に言っていたのが懐かしい。そんな彼が私にプロポーズしたのは彼が初めて海外に赴任すると決まった年のクリスマスだった。
『今夜、永遠に愛することを君だけに誓います。だから帰国するまで待っていてくれますか?』
『いいえ、待ちません。私、裕章さんについていきます!』
あれから二十年、私は医療現場から一線を退き、大使となった夫と共にこの国に来ていた。医療が遅れているこの国で君の知識は役立つんじゃないのかい?とは夫の言葉で、その言葉に後押しされて医療現場の改革の一助になるようにと関係各省と共に活動を続けている。
男達が大使館を警備していた人達を引き摺ってきた。まだ息のある人達だ。頭で考えるより先に体が医師として動いていた。床に転がされた彼等の元に駆け寄る。
「勝手な事をするなっ!」
小銃がこちらに向けられたがそんなことは構っていられなかった。目の前で消えかけた命があるのに指を咥えて見ている訳にはいかないのだ。
「この人達は家族も同然の人達です。このまま見捨てるわけにはいきません。治療をさせて下さい、私は医者です」
暫く押し問答となったが、そこに仲裁に入ってくれたのがカルロスだった。地元の人間ならではの砕けた男同士の話し合いをし、何とか治療をするという私の言い分を彼等に納得させたのだ。もちろん、承諾したのはおそらく重傷の彼等が助からないだろうという前提の元からだったのかもしれないが。
そして男女別々の場所に私達は軟禁されることになった。食事などのことはカルロスのお陰で何とかなりそうだ。治療に関しても女性スタッフ達が率先して手伝ってくれている。
負傷した警備員達は私達と同じ場所ということになった。その中でも一番気にかけているのが日本から来ていた駐在自衛官の山崎君。日本に妊娠中の奥さんを残してきていると言う。限られた道具しかないのでどこまで治療できるかは分からないが、何とか家族の元に命ある状態で帰してあげたい。
「奥様、これ……」
彼の治療をしている時に女性スタッフが彼の胸ポケットからスマホを取り出した。そこには銃弾がめり込んでいる。
「これのお陰で即死を免れたのね……運のいい人だわ」
「お腹の出血さえ何とかなれば助かりますよね、ヤマザキサン 」
「そうね、出来るだけのことはしましょう」
彼等を助けたい。その想いだけで今日も乗り切れると思う。夫は大使としてここにいる職員を武装集団から守る為に盾となって今も頑張ってくれていのだ、私は私のできることを精一杯しようと思う。きっと無事に全員が解放されることを信じて。
【19】を使用。
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それは娘達を日本に送り出し、年度末の瑣末な諸々を処理すれば夫婦揃って日本に一時帰国できると喜んでいた矢先の出来事だった。朝のミーティングを終え、今夜の夕食会に招待した邦人駐在員の御夫妻に出す食事のことをカルロスと話し合っている時に外がにわかに騒がしくなった。
「奥様、武装した男達が!」
銃声が響く中、厨房に駆け込んできたのは夫の補佐をしている大使館付きの秘書官。
「まあ、どうしましょう、強盗かしら」
我ながら間抜けなことを言ったものだと後から思い返して夫婦で笑ったものだけれど、その時は大いに真面目で焦っていた。焦るこちらとは対照的に押し入ってきた武装集団は手慣れたもので、先ずは警備員達を制圧しその場に居合わせた職員達を先ずは広いホールに集めた。
「他に隠れている職員はいないか。いるならば直ぐに出てくるようにしろ。下手に小細工をするようならお前達を直ぐに殺す」
自動小銃を持った男達を前に遅れてきた恐ろしさが急に襲いかかり、横に立っていた夫の腕に捕まった。夫は私の手に自分の手を重ねるとぎゅっと握ってくれた。
―― 大丈夫だよ ――
そう言ってくれているようで、そのお陰で取乱すことなく大使夫人として毅然とした態度のままでいられたのだと思う。彼と初めて会ったのは私が研修医として勤務していた病院。痛いのを我慢していたせいで盲腸から腹膜炎をおこして運びこまれて来たのが彼だった。そして手術に立ち会ったのが私。
『こんな綺麗な先生にお腹の中のぞかれて俺、恥ずかしいです』
などと大真面目に言っていたのが懐かしい。そんな彼が私にプロポーズしたのは彼が初めて海外に赴任すると決まった年のクリスマスだった。
『今夜、永遠に愛することを君だけに誓います。だから帰国するまで待っていてくれますか?』
『いいえ、待ちません。私、裕章さんについていきます!』
あれから二十年、私は医療現場から一線を退き、大使となった夫と共にこの国に来ていた。医療が遅れているこの国で君の知識は役立つんじゃないのかい?とは夫の言葉で、その言葉に後押しされて医療現場の改革の一助になるようにと関係各省と共に活動を続けている。
男達が大使館を警備していた人達を引き摺ってきた。まだ息のある人達だ。頭で考えるより先に体が医師として動いていた。床に転がされた彼等の元に駆け寄る。
「勝手な事をするなっ!」
小銃がこちらに向けられたがそんなことは構っていられなかった。目の前で消えかけた命があるのに指を咥えて見ている訳にはいかないのだ。
「この人達は家族も同然の人達です。このまま見捨てるわけにはいきません。治療をさせて下さい、私は医者です」
暫く押し問答となったが、そこに仲裁に入ってくれたのがカルロスだった。地元の人間ならではの砕けた男同士の話し合いをし、何とか治療をするという私の言い分を彼等に納得させたのだ。もちろん、承諾したのはおそらく重傷の彼等が助からないだろうという前提の元からだったのかもしれないが。
そして男女別々の場所に私達は軟禁されることになった。食事などのことはカルロスのお陰で何とかなりそうだ。治療に関しても女性スタッフ達が率先して手伝ってくれている。
負傷した警備員達は私達と同じ場所ということになった。その中でも一番気にかけているのが日本から来ていた駐在自衛官の山崎君。日本に妊娠中の奥さんを残してきていると言う。限られた道具しかないのでどこまで治療できるかは分からないが、何とか家族の元に命ある状態で帰してあげたい。
「奥様、これ……」
彼の治療をしている時に女性スタッフが彼の胸ポケットからスマホを取り出した。そこには銃弾がめり込んでいる。
「これのお陰で即死を免れたのね……運のいい人だわ」
「お腹の出血さえ何とかなれば助かりますよね、ヤマザキサン 」
「そうね、出来るだけのことはしましょう」
彼等を助けたい。その想いだけで今日も乗り切れると思う。夫は大使としてここにいる職員を武装集団から守る為に盾となって今も頑張ってくれていのだ、私は私のできることを精一杯しようと思う。きっと無事に全員が解放されることを信じて。
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