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本編
第四話 二度目の来店
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「もー、またドリンク捨てるところに、紙をつめこんでる……」
その日も、レジに並ぶお客さんが一段落したところで、トレーを回収する場所に行くと、飲み残したドリンクを捨てる場所に、また紙ナプキンがつめこまれていた。
「ここに、残りの飲み物と氷以外は捨てないでくださいって、書いておくべき?」
毎度毎度、こんな面倒臭いことをよくするもんだと、腹が立つよりあきれてしまう。紙ナプキンのせいで流れ落ちず、溜まってしまった氷を見おろす。誰か気がついたら、スタッフに言ってくれれば良いのになんて思いつつ、なにも言われなくても、こんな状態になる前に私達が気づいて片づけるべきなんだよねと溜め息をつく。
「でも、どう考えても飲み物を捨てるだけより労力かけてるよね、これ……。もしかして素で、紙を捨てる場所だって勘違いしちゃってるとか?」
今時のおしゃれなデザインで「paper」「plastic」て書くより、実用重視ではっきり「紙」「プラスチック」と表示しておくべきかもしれない。お客さんに聞こえないようにブツブツと文句を言いながら、ゴミ箱のゴミ袋を入れ替えて、取り出したゴミ袋につまっていた紙ナプキンを放りこむ。そして、袋を持ってバックヤードに引っ込んだ。
「副店長、またですよ。今日で何日目ってやつです」
副店長に嬉しくない報告する。
「あらあら、またなの? いまだに分別がわかっていないお客さんがいるなんて、本当に困っちゃうわね。自宅ではどうしているのかしら」
「本当ですよ。紙とプラスチックを間違えてゴミ箱に入れちゃったってのなら、まだ分かるんですけどね」
なんでわざわざ、飲み残しを流し込む場所に紙を?と不思議でならない。
「でも今日で、やってる人の目星はだいたいついたの。明日そのお客さんを見かけたら、目を離さないようにしておくわ」
「え、誰がやってるか分かったんですか? 誰だったんです? もし私が見かけたら一言注意しますよ」
「ううん。こういうのは年輩の私が言ったほうが角が立たないから、見かけたら私から話してみるつもりよ。ありがとう、長居さん。そのゴミを捨てたら、もう今日はあがってくれていいわよ」
「分かりました。じゃあ、お先に失礼します」
日勤グループのスタッフに挨拶をして、店舗の外に出た。そして、ゴミの集積場所にゴミ袋を置く。
「副店長のあの言い方からして、犯人は年輩のトラック運転手さんの誰かってことかな……」
副店長は、中学生のお子さんがいるお母さんで、私達よりもずっと年上だ。その手のオジサン達は、私達みたいな学生のバイトから注意を受けると、なぜか逆ギレしてあれこれ言い返してくることが多い。そう考えると、副店長ぐらいの年齢の女性に、注意してもらったほうが効果があるかもしれない。
ゴミ集積場所のフェンスを閉めたところで、聞き覚えるある大きな音が近づいてくるのに気がついた。このあたりに住んでいる住人なら、お馴染みの戦闘機のエンジン音だ。
「いつもの訓練飛行はもっと遅い時間からなのに。航空祭でもないのに、こんな時間から飛ぶなんて珍しいなあ。あ、もしかして緊急発進ってやつかな?」
見上げている私の頭上を、灰色ではなく青い機体に日の丸をつけた戦闘機が、二機立て続けに横切っていった。あれは同じ基地にいるアメリカ空軍の戦闘機ではなく、航空自衛隊の戦闘機だ。
「あれって、但馬さんが飛ばしているって言ってたやつだ」
あれから三日。但馬さんはお店に現われていない。あの日が夜勤あけだったということは、今は昼間の勤務をしているってことなんだろう。そう言えば昨日だったか、今のと同じ青い機体が、大きな音をたてて飛んでいるのが見えた。もしかしたら、あの時の機体を但馬さんが飛ばしていたのかもしれない。
「寝不足な状態で、あんな大きな音をたてる戦闘機を飛ばしてたら、頭痛がして当然だよね。ほんと、お仕事とはいえ、自衛隊の人ってタフだなあ……」
遠ざかっていく機体をながめながら、そんなことをつぶやいた。
+++++
「おはようございます」
「あ、おっ、おはようございます……!」
そして次の日、八時をすぎたところで、但馬さんがやってきた。今日ぐらいそろそろ夜勤かなと考えていたところにタイミングよく現われたので、ちょっと挙動不審になってしまう。いけないいけない! こういう時こそもちゃんと営業スマイルで接客しなければ。ご新規さんも大事だけど、リピーターさんはもっと大事なんだから。
「ご注文はなにになさいますか?」
気を取り直し、営業スマイルを顔にはりつける。
「タマゴトーストとコーヒーをお願いします」
但馬さんが注文したのは、この前と同じメニューだった。
「昨日からハムタマゴトーストもメニューに加わったんですが、そちらはいかがですか?」
「いえ、いつものタマゴトーストでけっこうです」
この前と変わらない笑みを浮かべて、そう返事をする。
「わかりました。店内でお召し上がりですか?」
「はい」
そう言いながら、但馬さんはきっちりの金額をトレーにそっと置いた。
「ちょうどいただきます。ではあちらの受け取りカウンター前で、お待ちになってください」
「ありがとう」
レジ前から離れていく但馬さんの背中を目で追う。今日はこの前みたいな首に手をあてていない。他のお客さんのオーダーを聞きながら、トレーを持って席に向かう姿をチラッと見た時も首に手をやっていなかった。
―― ってことは今日は頭痛はないんだ、よかった ――
私がそんなことを考えながらお客さんの応対をしていると、副店長がさりげないふうを装って、バックヤードから出てきてお客さん達が座っている店内のほうへと歩いていった。
―― あ、もしかして、つめちゃう人が現われた? ――
残った飲み物や氷を流す場所に、紙ナプキンをつめる困ったお客さん。今日は現われないかと思っていたんだけど、いつもより遅かっただけのようだ。副店長を目で追うと、返却トレーのほうへと歩いていく。注文をするお客さんが途切れたので、なにかあった時のためだからと勝手な理由づけをして、さりげなく観察することにした。
副店長が向かったその先にいたのは、やはり年輩のオジサンだった。私も何度か見かけたことのある人で、たしか、コンビニに商品を納入している業者さんだったはず。副店長がオジサンにそっと声をかけて、なにやら話しはじめる。コンビニのロゴがペイントされたトラックで来ているから騒ぎを起こすとは思えないけど、逆ギレして騒ぎ出したらどうしよう。バックヤードにいるバイトだけで、なんとかなるかな……?
二人を観察している私の視界の中には但馬さんもいた。この前と同じ席に座っていて、副店長とオジサンにチラチラと目を向けている。そしてなぜか私のほうに目を向けた。
―― え、どうしたのとか私に聞いてこないでほしいな…… ――
事情を聞きたそうな顔をしてこっちを見られても困るんだけどな。あ、なんで席を立つかな。場所替え? え、商品置いたままどうしてこっちに? もしかして、こっちに来て静かにするようにクレームを入れるつもりだったり? そうこうしているうちに、但馬さんが私の目の前にやってきた。
「あ、すみません、お騒がせしてしまって。うるさかったですか?」
ヒソヒソと話しかける。
「いや、気にするほどのことでも。ただあの年齢の人だと、自分が注意されているのを誰かに聞かれるのは、バツが悪いだろうと思って。だから一時的に、こっちに移動してきただけなんだ」
「ああ、なるほど……」
どうやらこっちに来たのは、副店長と話をしているオジサンに気を遣ってのことだったらしい。良かった、クレームじゃなくて。
「そりゃあ、どうしてお店の人が特定のお客さんに対して、直々に注意しにきたのかは興味はあるけどね」
但馬さんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「世の中には、ゴミを分別して捨てるのが苦手な人もいるってことですよ。ちょっと前までは、全部、同じゴミ箱に捨てていたわけですからね」
「ああ、なるほど。でも、飲み残しのところに紙を捨てるのは、苦手とかそういう問題じゃない気はするけどなあ……」
「知ってたんですか? だったら私に聞くことないじゃないですか」
私が抗議すると、但馬さんはさらに悪戯っぽい笑みを顔いっぱいにひろげた。
「やっぱりその問題だったのか。この前もほなみちゃん、そんなことを言いながらゴミを片づけてたから、そうなのかなと思っただけなんだ」
「カマかけたんですか? ひどーい」
ていうか、あの時の独り言を聞かれていたなんて。さすが航空自衛隊の人。油断も隙もあったものじゃない。
「そういうわけじゃないよ。単なる答え合わせってやつさ」
但馬さんは笑いながらチラッと後ろを見た。どうやら副店長とオジサンの話し合いは、友好的なまま終わったみたいだ。副店長はニコニコしながらオジサンからトレーを受け取り、オジサンはちょっときまり悪げな様子で軽く会釈をして自分の席に戻っていく。
「終わったみたいだから、僕も席に戻るとします。ああ、お水を一杯もらえると助かるんだけど」
「え、もしかしてまた頭が痛いんですか? お薬は持ってますか?」
後ろにあるウォーターサーバーの水を、紙コップに入れながらたずねた。
「頭が痛いわけじゃないから大丈夫。だけどなにも受け取らずにここを離れたら、なにしに来たんだって思われるだろ? 仕事をしないでお客さんと雑談してしかられるのは、ほなみちゃんじゃ?」
「なるほど。お気遣いありがとうございます」
「どういたしまして。お水、ありがとう」
但馬さんは紙コップを受け取ると、自分の席に戻っていった。それと入れ替わるように副店長が戻ってくる。
「お帰りなさい。どうでした?」
「大丈夫よ。明日からはちゃんとゴミ箱に捨ててくれると思うから。ま、しばらくは様子見をさせてもらうけど」
身についた習慣はなかなか変えられるものじゃない。自分ではちゃんと分別して捨てようと思っていても、気がついたら手が勝手になんてことも有り得なくはないのだ。ここで気をつけて捨てていくうちに、ゴミの分別が習慣づくと良いんだけど。
「なにごともなく話し合いが終わって良かったです」
「まあね。ところでここに来てたあの制服の人はなんて? もしかして、私達の会話がうるさかったのかしら?」
「いえ。お薬を飲むお水がほしかったらしくて、それをとりにみえただけですよ」
但馬さんが作ってくれた口実を、ありがたく使わせてもらうことにする。
「そう。なら良かった。じゃあここが一区切りしたら、あがってくれたら良いからね」
「分かりました」
副店長はトレーを持ってバックヤードに下がると、再びドライブスルーを利用しに来るお客さんの応対に戻る。そして但馬さんは、私が切り上げるちょっと前にトーストとコーヒーを食べ終え、こっちに軽く手を振ってお店から出ていった。
それをたまたま目撃した松本さんに、「長居さん目当ての常連さんだったりして」とからかわれて、ちょっと恥ずかしかったのは私だけの秘密だ。
その日も、レジに並ぶお客さんが一段落したところで、トレーを回収する場所に行くと、飲み残したドリンクを捨てる場所に、また紙ナプキンがつめこまれていた。
「ここに、残りの飲み物と氷以外は捨てないでくださいって、書いておくべき?」
毎度毎度、こんな面倒臭いことをよくするもんだと、腹が立つよりあきれてしまう。紙ナプキンのせいで流れ落ちず、溜まってしまった氷を見おろす。誰か気がついたら、スタッフに言ってくれれば良いのになんて思いつつ、なにも言われなくても、こんな状態になる前に私達が気づいて片づけるべきなんだよねと溜め息をつく。
「でも、どう考えても飲み物を捨てるだけより労力かけてるよね、これ……。もしかして素で、紙を捨てる場所だって勘違いしちゃってるとか?」
今時のおしゃれなデザインで「paper」「plastic」て書くより、実用重視ではっきり「紙」「プラスチック」と表示しておくべきかもしれない。お客さんに聞こえないようにブツブツと文句を言いながら、ゴミ箱のゴミ袋を入れ替えて、取り出したゴミ袋につまっていた紙ナプキンを放りこむ。そして、袋を持ってバックヤードに引っ込んだ。
「副店長、またですよ。今日で何日目ってやつです」
副店長に嬉しくない報告する。
「あらあら、またなの? いまだに分別がわかっていないお客さんがいるなんて、本当に困っちゃうわね。自宅ではどうしているのかしら」
「本当ですよ。紙とプラスチックを間違えてゴミ箱に入れちゃったってのなら、まだ分かるんですけどね」
なんでわざわざ、飲み残しを流し込む場所に紙を?と不思議でならない。
「でも今日で、やってる人の目星はだいたいついたの。明日そのお客さんを見かけたら、目を離さないようにしておくわ」
「え、誰がやってるか分かったんですか? 誰だったんです? もし私が見かけたら一言注意しますよ」
「ううん。こういうのは年輩の私が言ったほうが角が立たないから、見かけたら私から話してみるつもりよ。ありがとう、長居さん。そのゴミを捨てたら、もう今日はあがってくれていいわよ」
「分かりました。じゃあ、お先に失礼します」
日勤グループのスタッフに挨拶をして、店舗の外に出た。そして、ゴミの集積場所にゴミ袋を置く。
「副店長のあの言い方からして、犯人は年輩のトラック運転手さんの誰かってことかな……」
副店長は、中学生のお子さんがいるお母さんで、私達よりもずっと年上だ。その手のオジサン達は、私達みたいな学生のバイトから注意を受けると、なぜか逆ギレしてあれこれ言い返してくることが多い。そう考えると、副店長ぐらいの年齢の女性に、注意してもらったほうが効果があるかもしれない。
ゴミ集積場所のフェンスを閉めたところで、聞き覚えるある大きな音が近づいてくるのに気がついた。このあたりに住んでいる住人なら、お馴染みの戦闘機のエンジン音だ。
「いつもの訓練飛行はもっと遅い時間からなのに。航空祭でもないのに、こんな時間から飛ぶなんて珍しいなあ。あ、もしかして緊急発進ってやつかな?」
見上げている私の頭上を、灰色ではなく青い機体に日の丸をつけた戦闘機が、二機立て続けに横切っていった。あれは同じ基地にいるアメリカ空軍の戦闘機ではなく、航空自衛隊の戦闘機だ。
「あれって、但馬さんが飛ばしているって言ってたやつだ」
あれから三日。但馬さんはお店に現われていない。あの日が夜勤あけだったということは、今は昼間の勤務をしているってことなんだろう。そう言えば昨日だったか、今のと同じ青い機体が、大きな音をたてて飛んでいるのが見えた。もしかしたら、あの時の機体を但馬さんが飛ばしていたのかもしれない。
「寝不足な状態で、あんな大きな音をたてる戦闘機を飛ばしてたら、頭痛がして当然だよね。ほんと、お仕事とはいえ、自衛隊の人ってタフだなあ……」
遠ざかっていく機体をながめながら、そんなことをつぶやいた。
+++++
「おはようございます」
「あ、おっ、おはようございます……!」
そして次の日、八時をすぎたところで、但馬さんがやってきた。今日ぐらいそろそろ夜勤かなと考えていたところにタイミングよく現われたので、ちょっと挙動不審になってしまう。いけないいけない! こういう時こそもちゃんと営業スマイルで接客しなければ。ご新規さんも大事だけど、リピーターさんはもっと大事なんだから。
「ご注文はなにになさいますか?」
気を取り直し、営業スマイルを顔にはりつける。
「タマゴトーストとコーヒーをお願いします」
但馬さんが注文したのは、この前と同じメニューだった。
「昨日からハムタマゴトーストもメニューに加わったんですが、そちらはいかがですか?」
「いえ、いつものタマゴトーストでけっこうです」
この前と変わらない笑みを浮かべて、そう返事をする。
「わかりました。店内でお召し上がりですか?」
「はい」
そう言いながら、但馬さんはきっちりの金額をトレーにそっと置いた。
「ちょうどいただきます。ではあちらの受け取りカウンター前で、お待ちになってください」
「ありがとう」
レジ前から離れていく但馬さんの背中を目で追う。今日はこの前みたいな首に手をあてていない。他のお客さんのオーダーを聞きながら、トレーを持って席に向かう姿をチラッと見た時も首に手をやっていなかった。
―― ってことは今日は頭痛はないんだ、よかった ――
私がそんなことを考えながらお客さんの応対をしていると、副店長がさりげないふうを装って、バックヤードから出てきてお客さん達が座っている店内のほうへと歩いていった。
―― あ、もしかして、つめちゃう人が現われた? ――
残った飲み物や氷を流す場所に、紙ナプキンをつめる困ったお客さん。今日は現われないかと思っていたんだけど、いつもより遅かっただけのようだ。副店長を目で追うと、返却トレーのほうへと歩いていく。注文をするお客さんが途切れたので、なにかあった時のためだからと勝手な理由づけをして、さりげなく観察することにした。
副店長が向かったその先にいたのは、やはり年輩のオジサンだった。私も何度か見かけたことのある人で、たしか、コンビニに商品を納入している業者さんだったはず。副店長がオジサンにそっと声をかけて、なにやら話しはじめる。コンビニのロゴがペイントされたトラックで来ているから騒ぎを起こすとは思えないけど、逆ギレして騒ぎ出したらどうしよう。バックヤードにいるバイトだけで、なんとかなるかな……?
二人を観察している私の視界の中には但馬さんもいた。この前と同じ席に座っていて、副店長とオジサンにチラチラと目を向けている。そしてなぜか私のほうに目を向けた。
―― え、どうしたのとか私に聞いてこないでほしいな…… ――
事情を聞きたそうな顔をしてこっちを見られても困るんだけどな。あ、なんで席を立つかな。場所替え? え、商品置いたままどうしてこっちに? もしかして、こっちに来て静かにするようにクレームを入れるつもりだったり? そうこうしているうちに、但馬さんが私の目の前にやってきた。
「あ、すみません、お騒がせしてしまって。うるさかったですか?」
ヒソヒソと話しかける。
「いや、気にするほどのことでも。ただあの年齢の人だと、自分が注意されているのを誰かに聞かれるのは、バツが悪いだろうと思って。だから一時的に、こっちに移動してきただけなんだ」
「ああ、なるほど……」
どうやらこっちに来たのは、副店長と話をしているオジサンに気を遣ってのことだったらしい。良かった、クレームじゃなくて。
「そりゃあ、どうしてお店の人が特定のお客さんに対して、直々に注意しにきたのかは興味はあるけどね」
但馬さんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「世の中には、ゴミを分別して捨てるのが苦手な人もいるってことですよ。ちょっと前までは、全部、同じゴミ箱に捨てていたわけですからね」
「ああ、なるほど。でも、飲み残しのところに紙を捨てるのは、苦手とかそういう問題じゃない気はするけどなあ……」
「知ってたんですか? だったら私に聞くことないじゃないですか」
私が抗議すると、但馬さんはさらに悪戯っぽい笑みを顔いっぱいにひろげた。
「やっぱりその問題だったのか。この前もほなみちゃん、そんなことを言いながらゴミを片づけてたから、そうなのかなと思っただけなんだ」
「カマかけたんですか? ひどーい」
ていうか、あの時の独り言を聞かれていたなんて。さすが航空自衛隊の人。油断も隙もあったものじゃない。
「そういうわけじゃないよ。単なる答え合わせってやつさ」
但馬さんは笑いながらチラッと後ろを見た。どうやら副店長とオジサンの話し合いは、友好的なまま終わったみたいだ。副店長はニコニコしながらオジサンからトレーを受け取り、オジサンはちょっときまり悪げな様子で軽く会釈をして自分の席に戻っていく。
「終わったみたいだから、僕も席に戻るとします。ああ、お水を一杯もらえると助かるんだけど」
「え、もしかしてまた頭が痛いんですか? お薬は持ってますか?」
後ろにあるウォーターサーバーの水を、紙コップに入れながらたずねた。
「頭が痛いわけじゃないから大丈夫。だけどなにも受け取らずにここを離れたら、なにしに来たんだって思われるだろ? 仕事をしないでお客さんと雑談してしかられるのは、ほなみちゃんじゃ?」
「なるほど。お気遣いありがとうございます」
「どういたしまして。お水、ありがとう」
但馬さんは紙コップを受け取ると、自分の席に戻っていった。それと入れ替わるように副店長が戻ってくる。
「お帰りなさい。どうでした?」
「大丈夫よ。明日からはちゃんとゴミ箱に捨ててくれると思うから。ま、しばらくは様子見をさせてもらうけど」
身についた習慣はなかなか変えられるものじゃない。自分ではちゃんと分別して捨てようと思っていても、気がついたら手が勝手になんてことも有り得なくはないのだ。ここで気をつけて捨てていくうちに、ゴミの分別が習慣づくと良いんだけど。
「なにごともなく話し合いが終わって良かったです」
「まあね。ところでここに来てたあの制服の人はなんて? もしかして、私達の会話がうるさかったのかしら?」
「いえ。お薬を飲むお水がほしかったらしくて、それをとりにみえただけですよ」
但馬さんが作ってくれた口実を、ありがたく使わせてもらうことにする。
「そう。なら良かった。じゃあここが一区切りしたら、あがってくれたら良いからね」
「分かりました」
副店長はトレーを持ってバックヤードに下がると、再びドライブスルーを利用しに来るお客さんの応対に戻る。そして但馬さんは、私が切り上げるちょっと前にトーストとコーヒーを食べ終え、こっちに軽く手を振ってお店から出ていった。
それをたまたま目撃した松本さんに、「長居さん目当ての常連さんだったりして」とからかわれて、ちょっと恥ずかしかったのは私だけの秘密だ。
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