時の扉を開けて~初恋をこじらせたイケメン令嬢&早とちり令息の時間旅行~

壱邑なお

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【番外編】プロムの夜に3

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「えっ……ユーリさん?」
 目を丸くしたメイベルに、
「わたしが長年勤めた、フロース国のイテル商会ですが。
 絹織物の輸出入を、主に手掛けておりましてな?」
 元護衛のユーリ・ヴァルコフが、にこりと告げて来た。

「ここヘイミッシュの街にも、いくつか取引先が」
「『いくつか』? って事は——他にもドレスショップが!?」
 勢い込んでたずねたステラに、
「もちろんです! 生徒の皆さんはご存じない、隠れた名店をご紹介出来るかと」
 ヴァルコフ氏が、力強くうなずいて見せた。

「パーシーは、ドレスショップのこと知ってたの?」
 フルメン紅茶のポットの陰で、こっそりたずねると、
「うん。クラスの女子が、『新しいドレス作れない!』って騒いでたから。
 そんな状況で誘ったら、かえって迷惑かなって」
 リンゴのケーキを片手に、小声で答えて来る。
「そっか……」
 ちゃんとわたしの事、考えてくれてたんだ。
 怒ったりしなくて良かった。
「でもさっき、ユーリさんからイテル商会の話を聞いて。『これでベルのドレス問題、解決出来る!』って」

 革命から逃げる途中で、若くして亡くなった護衛。
 時間旅行が変えた過去から、彼が歩んで来た、もうひとつの人生。
 それに、助けられる日が来るなんて。

「こんな間際に誘って、ホントごめん」
 真面目な顔で、パーシーが頭を下げるから。
「ううん。『早とちり』で、怒ったりしなくて良かった」
 ちょうどいい位置に降りて来た左耳に、くすりとささやいた。

 ◇◇◇
 卒業式を終えた日の、夕方6時。
 プロムがあるこの日だけは、男子の立ち入りが許された、女子寮の玄関ホール。
 そわそわと数人の男子が、パートナーを待つそこに。
「おまたせっ、パーシー!」
 メイベルの声が響いた。

 ヴァルコフ氏と待っていたパーシヴァルが、ぱっと顔を上げる。
 その藍色の瞳に、飛び込んできたのは。
 オフホワイトのドレス姿。

 真珠の粒を飾ったスタンドカラーの襟元、短い袖と長手袋。
 胸の下で切り替えた、スッキリしたラインのスカートには、オーガンジーレースを重ねた裾が、ふわりと揺れる。
 緩くウェーブを付けて、ハーフアップに編み込んだ黒髪には、藍色の縁飾りの付いた、象牙色のバラの髪飾り。

「ベル……! すっごくキレイだ!」
「ほんと? 嬉しい!」

 ヴァルコフ氏が紹介してくれた、ドレスショップ『オリエンス』。
 普段生徒たちが立ち寄らない、事務所や画廊などが並ぶ通りに、ひっそりと店を構えていた。
 そのショーウインドウに飾られた、このドレスを一目見て。
『わたしのドレスだ!』と強く思った。
 サイズの微調整だけで済んだから、他の準備もスムーズに進んだし。

「ドレスはもちろんだけど。髪飾りもイメージ通り——良く似合ってる!」
 嬉しそうに見つめて来るパーシーは、白の蝶タイに銀糸で刺繍したベスト、黒いロングジャケットのスーツ姿。
 長身で銀髪のパーシーに、良く映えている。

「ありがと、パーシーもステキだよ! この花も」
 ベルがそっと触れたジャケットの左胸には、琥珀こはく色のバラをメインに作られたブートニア(コサージュ)。
 ヘイミッシュ魔法学園のプロムでは、パートナーの瞳と同じ色の花を、お互い贈り合うのが伝統だ。

「2人共、とっても素敵よ!」
「腕を振るったかいが、ありましたね!」
「ありがとう、おばあ様! アンナさん!」
 着付けやヘアアレンジを、メイドと一緒に手伝ってくれたヴァルコフ夫人と。
 あれこれアドバイスしてくれた祖母を、ぎゅっと抱きしめる。

「うむ、まさにベストカップル!
 さぁ、そろそろ会場に」 
 ヴァルコフ氏に笑顔でうながされて、
「じゃあ、行こうか?」
「うんっ! 行って来ます!」
 差し出されたパーシーの左腕に、長手袋をはめた右手をドキドキと添えた。
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