時の扉を開けて~初恋をこじらせたイケメン令嬢&早とちり令息の時間旅行~

壱邑なお

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 フルメン帝国は、大陸の北側に位置する大国。
 周りの国々とは侵略と争い、つかの間の和平を繰り返していた。
 長い年月まるでチェスの駒のように、使い捨てにされて来た国民達が、怒りをつのらせている事に、皇帝や貴族たちは全く気付かずに。
 ただ1人、『いざという時』を予測した側妃を除いて。

「側妃アデリーナ、曾祖母ひいおばあさまの実家は、皇室御用達の商会長だったんですって」
「だから他国の商会にも、コネがあったのか!
 それにしても、おばあ様——皇女は何で、大事な本をあんな所にしまってたんだ? 5ヵ国分の符丁ふちょうを、全部暗記するのは難しくても。
 せめて肌身離さず持っていれば、役に立ったのに」
 納得のいかない顔で、パーシーが首を傾げる。
「あのね……おばあ様には、あの本『光の妖精』が、とても恐ろしい物に見えたんだと思う。
 隠された符丁を覚えたら、きっと『有事』が、悪い事が起きる——それを封じなきゃって。
 だから机の引き出しの、奥深くに」
 
「まぁ——その気持ちも、分からなくはないけどな?」
「でも……やっぱり有事が、革命が起こって。
『後で追いかける』と言った母上の言葉を信じて、護衛と侍女と3人で逃げたおばあ様は。
 フロース国の港から、この国に亡命しようとしたけど」
「協力者のいる商会に、たどり着けなかった?」
 パーシーの問いかけに、こくりとメイベルがうなずいた。

「どんどん手持ちのお金も少なくなって、裏町のさびれた宿に身を潜めて。
 若くて腕の立つ護衛が、港の荷運びの仕事で、生活費を稼いでたらしいけど。
 運悪く、重い荷箱の下敷きになって」
「亡くなったのか?」
「うん。護衛と恋仲だった優しい侍女は、皇帝の姉君が嫁いでいたこの国に、おばあ様を何とか送り届けたけど。
 心を病んで、後を追う様に……」

 大陸の北にぽつんとある島国が、我がイグニス王国。
 中世の魔女狩りなどで、大陸では消えて行った魔法を武器に、和平と中立を守って来た。
 フロース国の港から船に乗れば、わずか一日でたどり着く。
 でも——おばあ様たちにとっては、夜空に光る星と同じくらい、遥かに遠かったこの国。
 
「おばあ様は、護衛と侍女に起きた不幸が、全部自分のせいだって。
『符丁を覚えてさえいれば、最後の味方——2人だけでも助けられたのに』って、何度も悔やんでいたの」
「そっか、他の家族は皆、母上も亡くなったんだよな?」
「……うん」
 革命軍に、処刑されて。

「こんどの時間旅行で少しでも良い方向に、変わってるといいな?」
 パーシーの言葉に、
「そうだね……!」
 沈んだ顔をしていたメイベルが、こくりと大きくうなすいた。

「あーっ……もうすぐ卒業かぁ!」
 重くなった空気を変えるように、両手を組んだパーシーが、ぐんっと伸びをする。
「卒業したら——春から大学部に、行っちゃうんだね?」
 少ししょんぼりすると、
「同じ学園の敷地内だし、すぐ会えるよ! 遊びに来たら、案内するし。
『魔法攻撃クラブ』とか興味ある?」
「うん、あるある!」
 ぽんっと頭を叩いて、慰めてくれる……優しいパーシー兄様。

「攻撃っていえば——あの護衛と闘ったとき、すごかったね! 
 どこであんな技、覚えたの!? 『魔力も攻撃力も学年一』って、先生も褒めてたし!」
「俺の兄貴、キャリントン家の後継ぎが、大学部にいるの知ってるだろ?」
「えっと——うちの兄様と同級で、仲のいい?」
 ぼんやりと、『俺の兄貴』を思い返したメイベルに、
「そう、さっき話したクラブの部長で。攻撃に特化した練習に、時々参加させてもらってたんだ。
 その——いざという時、ベルを守れるように」
 少し照れた顔で、パーシーが告白した。
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