8 / 23
8
しおりを挟む
フルメン帝国は、大陸の北側に位置する大国。
周りの国々とは侵略と争い、つかの間の和平を繰り返していた。
長い年月まるでチェスの駒のように、使い捨てにされて来た国民達が、怒りを募らせている事に、皇帝や貴族たちは全く気付かずに。
ただ1人、『いざという時』を予測した側妃を除いて。
「側妃アデリーナ、曾祖母さまの実家は、皇室御用達の商会長だったんですって」
「だから他国の商会にも、コネがあったのか!
それにしても、おばあ様——皇女は何で、大事な本をあんな所にしまってたんだ? 5ヵ国分の符丁を、全部暗記するのは難しくても。
せめて肌身離さず持っていれば、役に立ったのに」
納得のいかない顔で、パーシーが首を傾げる。
「あのね……おばあ様には、あの本『光の妖精』が、とても恐ろしい物に見えたんだと思う。
隠された符丁を覚えたら、きっと『有事』が、悪い事が起きる——それを封じなきゃって。
だから机の引き出しの、奥深くに」
「まぁ——その気持ちも、分からなくはないけどな?」
「でも……やっぱり有事が、革命が起こって。
『後で追いかける』と言った母上の言葉を信じて、護衛と侍女と3人で逃げたおばあ様は。
フロース国の港から、この国に亡命しようとしたけど」
「協力者のいる商会に、たどり着けなかった?」
パーシーの問いかけに、こくりとメイベルが頷いた。
「どんどん手持ちのお金も少なくなって、裏町のさびれた宿に身を潜めて。
若くて腕の立つ護衛が、港の荷運びの仕事で、生活費を稼いでたらしいけど。
運悪く、重い荷箱の下敷きになって」
「亡くなったのか?」
「うん。護衛と恋仲だった優しい侍女は、皇帝の姉君が嫁いでいたこの国に、おばあ様を何とか送り届けたけど。
心を病んで、後を追う様に……」
大陸の北にぽつんとある島国が、我がイグニス王国。
中世の魔女狩りなどで、大陸では消えて行った魔法を武器に、和平と中立を守って来た。
フロース国の港から船に乗れば、わずか一日でたどり着く。
でも——おばあ様たちにとっては、夜空に光る星と同じくらい、遥かに遠かったこの国。
「おばあ様は、護衛と侍女に起きた不幸が、全部自分のせいだって。
『符丁を覚えてさえいれば、最後の味方——2人だけでも助けられたのに』って、何度も悔やんでいたの」
「そっか、他の家族は皆、母上も亡くなったんだよな?」
「……うん」
革命軍に、処刑されて。
「こんどの時間旅行で少しでも良い方向に、変わってるといいな?」
パーシーの言葉に、
「そうだね……!」
沈んだ顔をしていたメイベルが、こくりと大きく頷いた。
「あーっ……もうすぐ卒業かぁ!」
重くなった空気を変えるように、両手を組んだパーシーが、ぐんっと伸びをする。
「卒業したら——春から大学部に、行っちゃうんだね?」
少ししょんぼりすると、
「同じ学園の敷地内だし、すぐ会えるよ! 遊びに来たら、案内するし。
『魔法攻撃クラブ』とか興味ある?」
「うん、あるある!」
ぽんっと頭を叩いて、慰めてくれる……優しいパーシー兄様。
「攻撃っていえば——あの護衛と闘ったとき、凄かったね!
どこであんな技、覚えたの!? 『魔力も攻撃力も学年一』って、先生も褒めてたし!」
「俺の兄貴、キャリントン家の後継ぎが、大学部にいるの知ってるだろ?」
「えっと——うちの兄様と同級で、仲のいい?」
ぼんやりと、『俺の兄貴』を思い返したメイベルに、
「そう、さっき話したクラブの部長で。攻撃に特化した練習に、時々参加させてもらってたんだ。
その——いざという時、ベルを守れるように」
少し照れた顔で、パーシーが告白した。
周りの国々とは侵略と争い、つかの間の和平を繰り返していた。
長い年月まるでチェスの駒のように、使い捨てにされて来た国民達が、怒りを募らせている事に、皇帝や貴族たちは全く気付かずに。
ただ1人、『いざという時』を予測した側妃を除いて。
「側妃アデリーナ、曾祖母さまの実家は、皇室御用達の商会長だったんですって」
「だから他国の商会にも、コネがあったのか!
それにしても、おばあ様——皇女は何で、大事な本をあんな所にしまってたんだ? 5ヵ国分の符丁を、全部暗記するのは難しくても。
せめて肌身離さず持っていれば、役に立ったのに」
納得のいかない顔で、パーシーが首を傾げる。
「あのね……おばあ様には、あの本『光の妖精』が、とても恐ろしい物に見えたんだと思う。
隠された符丁を覚えたら、きっと『有事』が、悪い事が起きる——それを封じなきゃって。
だから机の引き出しの、奥深くに」
「まぁ——その気持ちも、分からなくはないけどな?」
「でも……やっぱり有事が、革命が起こって。
『後で追いかける』と言った母上の言葉を信じて、護衛と侍女と3人で逃げたおばあ様は。
フロース国の港から、この国に亡命しようとしたけど」
「協力者のいる商会に、たどり着けなかった?」
パーシーの問いかけに、こくりとメイベルが頷いた。
「どんどん手持ちのお金も少なくなって、裏町のさびれた宿に身を潜めて。
若くて腕の立つ護衛が、港の荷運びの仕事で、生活費を稼いでたらしいけど。
運悪く、重い荷箱の下敷きになって」
「亡くなったのか?」
「うん。護衛と恋仲だった優しい侍女は、皇帝の姉君が嫁いでいたこの国に、おばあ様を何とか送り届けたけど。
心を病んで、後を追う様に……」
大陸の北にぽつんとある島国が、我がイグニス王国。
中世の魔女狩りなどで、大陸では消えて行った魔法を武器に、和平と中立を守って来た。
フロース国の港から船に乗れば、わずか一日でたどり着く。
でも——おばあ様たちにとっては、夜空に光る星と同じくらい、遥かに遠かったこの国。
「おばあ様は、護衛と侍女に起きた不幸が、全部自分のせいだって。
『符丁を覚えてさえいれば、最後の味方——2人だけでも助けられたのに』って、何度も悔やんでいたの」
「そっか、他の家族は皆、母上も亡くなったんだよな?」
「……うん」
革命軍に、処刑されて。
「こんどの時間旅行で少しでも良い方向に、変わってるといいな?」
パーシーの言葉に、
「そうだね……!」
沈んだ顔をしていたメイベルが、こくりと大きく頷いた。
「あーっ……もうすぐ卒業かぁ!」
重くなった空気を変えるように、両手を組んだパーシーが、ぐんっと伸びをする。
「卒業したら——春から大学部に、行っちゃうんだね?」
少ししょんぼりすると、
「同じ学園の敷地内だし、すぐ会えるよ! 遊びに来たら、案内するし。
『魔法攻撃クラブ』とか興味ある?」
「うん、あるある!」
ぽんっと頭を叩いて、慰めてくれる……優しいパーシー兄様。
「攻撃っていえば——あの護衛と闘ったとき、凄かったね!
どこであんな技、覚えたの!? 『魔力も攻撃力も学年一』って、先生も褒めてたし!」
「俺の兄貴、キャリントン家の後継ぎが、大学部にいるの知ってるだろ?」
「えっと——うちの兄様と同級で、仲のいい?」
ぼんやりと、『俺の兄貴』を思い返したメイベルに、
「そう、さっき話したクラブの部長で。攻撃に特化した練習に、時々参加させてもらってたんだ。
その——いざという時、ベルを守れるように」
少し照れた顔で、パーシーが告白した。
66
あなたにおすすめの小説
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる