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……だめだ。
力なく床に落ちた両手を、ぎゅっと握り締める。
あきらめちゃ、ダメだ。
涙をぐいっと拭って顔を上げ、メイベル・ハートリーは立ち上がる。
「タルボット先生、フォルトゥナ離宮に戻らせてください! 今すぐっ!」
教室に着いた瞬間から、助手たちに慌ただしく指示を出していた先生が、厳しい顔で振り返った。
「大急ぎで今、時間旅行の座標を書き換えている。だが……少し待て、ハートリー」
「待てません! 彼はパーシーは、わたしの大事なっ」
と言いかけた時、
教室の天井近く。
いきなりシュンッと発動した、魔力の渦。
その中からキラキラと、光の粒をまき散らしながら、ふわりと影が踊り出る。
影は徐々に色付き、黒い上着とグレーのズボン、銀色の髪の輪郭が、まるで仕上げに絵筆を加えた絵画のように、クッキリと際立って行く。
制服の裾をひるがえし、緩やかに落下して、とんっと床に足を付き。
長身の身体を起こしながら、くるりと周りを見渡して。
「やった……『携帯型・時間旅行リセット装置』、大成功! これ——すっごいですね、タルボット先生!」
時間旅行前に先生から手渡され、ずっと持ち歩いていた『懐中時計』。
そこに組み込まれた『いざという時にリューズ(時計上部に付いた突起)を押せば、出発地点に戻る緊急魔法』を、身をもって体験したばかりのパーシヴァル・キャリントンが。
お気に入りの玩具を見つけた、幼い子供みたいな顔で笑った。
「パー、シー……?」
「ベル! ただいま」
呑気に手を振る顔を無言で見返すと、パーシーの顔色が一瞬で変わる。
「あれっ、何か怒ってる——? あっ、リセット装置のこと? 黙っててごめん!」
「早とちりで謝るなーっ!」
駆け寄った勢いのままメイベルは、パーシーの胸に思い切り飛び込んだ。
「ベッ、ベル……!?」
「怖かった」
「うん?」
「パーシーが、わたしの世界からいなくなる——って思ったら」
「うん」
「怖くて怖くて、涙が止まらなくて。でも絶対、連れ戻すって決めたの」
「そっか——ありがと」
ぎゅっと抱きしめ返してくる、力強い腕。
確かにここにある、温かなぬくもり。
幼い頃と同じ。
懐かしい、レモングラスの匂い。
「大好き」
「俺も」
いつの間にか、2人きりになった教室の中。
今は嬉し涙があふれる頬に、そっとパーシーの手が添えられる。
「大好きだよ、ベル」
ずっとずっと、初めて会った時から——。
ささやくような甘い吐息と一緒に、優しいキスが降りて来た。
◇◇◇
「それじゃ——あの本、『光の妖精』のアンダーラインは、『符丁』だったのか?」
時間旅行から数日後、パーシーとメイベルは『マジック・ティールーム』のテラス席にいた。
卒業式を1週間後に控えた外出日、それぞれが式や帰省の準備に忙しく。
寒々しい薄曇りの天気も相まって、他の生徒は誰も見当たらない。
「うん。『もし何かしらの有事が起こった際、フルメン帝国と隣接する5つの国。いずれかに逃げなさい。各国に潜む、皇帝一家に忠誠を誓う商会が、必ず助けてくれます』と、母上から渡された。
5つの短編それぞれに、その商会名と合言葉——符丁を、隠した本だったの」
力なく床に落ちた両手を、ぎゅっと握り締める。
あきらめちゃ、ダメだ。
涙をぐいっと拭って顔を上げ、メイベル・ハートリーは立ち上がる。
「タルボット先生、フォルトゥナ離宮に戻らせてください! 今すぐっ!」
教室に着いた瞬間から、助手たちに慌ただしく指示を出していた先生が、厳しい顔で振り返った。
「大急ぎで今、時間旅行の座標を書き換えている。だが……少し待て、ハートリー」
「待てません! 彼はパーシーは、わたしの大事なっ」
と言いかけた時、
教室の天井近く。
いきなりシュンッと発動した、魔力の渦。
その中からキラキラと、光の粒をまき散らしながら、ふわりと影が踊り出る。
影は徐々に色付き、黒い上着とグレーのズボン、銀色の髪の輪郭が、まるで仕上げに絵筆を加えた絵画のように、クッキリと際立って行く。
制服の裾をひるがえし、緩やかに落下して、とんっと床に足を付き。
長身の身体を起こしながら、くるりと周りを見渡して。
「やった……『携帯型・時間旅行リセット装置』、大成功! これ——すっごいですね、タルボット先生!」
時間旅行前に先生から手渡され、ずっと持ち歩いていた『懐中時計』。
そこに組み込まれた『いざという時にリューズ(時計上部に付いた突起)を押せば、出発地点に戻る緊急魔法』を、身をもって体験したばかりのパーシヴァル・キャリントンが。
お気に入りの玩具を見つけた、幼い子供みたいな顔で笑った。
「パー、シー……?」
「ベル! ただいま」
呑気に手を振る顔を無言で見返すと、パーシーの顔色が一瞬で変わる。
「あれっ、何か怒ってる——? あっ、リセット装置のこと? 黙っててごめん!」
「早とちりで謝るなーっ!」
駆け寄った勢いのままメイベルは、パーシーの胸に思い切り飛び込んだ。
「ベッ、ベル……!?」
「怖かった」
「うん?」
「パーシーが、わたしの世界からいなくなる——って思ったら」
「うん」
「怖くて怖くて、涙が止まらなくて。でも絶対、連れ戻すって決めたの」
「そっか——ありがと」
ぎゅっと抱きしめ返してくる、力強い腕。
確かにここにある、温かなぬくもり。
幼い頃と同じ。
懐かしい、レモングラスの匂い。
「大好き」
「俺も」
いつの間にか、2人きりになった教室の中。
今は嬉し涙があふれる頬に、そっとパーシーの手が添えられる。
「大好きだよ、ベル」
ずっとずっと、初めて会った時から——。
ささやくような甘い吐息と一緒に、優しいキスが降りて来た。
◇◇◇
「それじゃ——あの本、『光の妖精』のアンダーラインは、『符丁』だったのか?」
時間旅行から数日後、パーシーとメイベルは『マジック・ティールーム』のテラス席にいた。
卒業式を1週間後に控えた外出日、それぞれが式や帰省の準備に忙しく。
寒々しい薄曇りの天気も相まって、他の生徒は誰も見当たらない。
「うん。『もし何かしらの有事が起こった際、フルメン帝国と隣接する5つの国。いずれかに逃げなさい。各国に潜む、皇帝一家に忠誠を誓う商会が、必ず助けてくれます』と、母上から渡された。
5つの短編それぞれに、その商会名と合言葉——符丁を、隠した本だったの」
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