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特別な事
しおりを挟む自分の気持ちも分かってるのに、相手の気持ちも分かってるのに。
それが同じ想いなのに結ばれてはいけないのは俺達が男だからなのか兄弟だからなのか。
常識を理解し始めた年だったけど顕在的にその答えを出せなくて気持ちばかりが積み重なってく日々だった。
好きな人と一緒に暮らして、側にいて同じ空気を吸ってるのに、理由も言わずダメと言われて、その後好きだと言われそのまま利口に諦めたり踏ん切りなんてつけられなかった。
兄に恋する気持ちは日に日に膨れていった。
それでも表面上は兄さんの言い付けを守って普通の兄弟として接していた。
小学生になった頃から二人で出掛けていい許可が出て、休みの日は必ずどこかに遊びに行った。
高学年になったら電車も使えるようになって、二人だけで乗る電車は未知なる冒険に連れていってくれそうな気がして楽しかった。
手に握ったお金だけでどこまでいけるかなってよく話した。
帰りの東京駅で、いつか-三番線なんて出てきて異世界に行けたら面白そうだねって二人で話した。
だったら、その電車俺が運転するよって言って、パンちゃんが電車の運転手さんになるなら僕は飛行機の操縦士になる! なんてそんな他愛もない理由で俺達の将来の夢は決まった。
大きくなったら二人で出掛ける事は少なくなったけど、毎朝一緒に家を出てたし帰りも本屋に寄ったり部活があっても何となく駅で一緒になって帰りを共にした。
俺は冬の帰り道に兄さんと一緒に食べる肉まんがこの世で一番好きだった。
雨の日都合良く傘が壊れてくれて相合い傘とか、そんな小さな出来事が嬉しかった。
朝は俺が先に起きて必ず鷹起こしてきてと言われるから、面倒臭いからと一緒に寝た夜もあった。
昔は一緒のベッドだったのに、急に意識しちゃって緊張して眠れなかった。
懐かしいなって抱き着いてきて死ぬかと思った。
人の気も知らないでそのまま眠る兄さんの額にキスをした。
膨れるばかりの胸の熱が少し解放された気がした。
綺麗な薄い唇が笑っているように見えた。
そっか、寝てる時なら拒否されないし兄さんも分からないよなってそんな簡単な事に気付いて、それから俺は兄さんが寝ている間にキスするようになった。
リビングで寝てる時も机に突っ伏して寝てる時も、一緒に寝る日は兄さんが寝るまで待った。
抱き締めてキスして、それでいくら下半身に熱が集中してもその場で慰める事はしなかった。
それはなんだか、兄さんが汚れてしまいそうで出来なかった。
まあ兄さんの私物で抜いてる時点で正直そんなの変わらないかもしれないけれど。
そんな日々が続いたある日、またテレビをつけっぱなしで寝ている兄さんにキスしていたら、
「豹……?」
と声がした。
それは母さんの声だった。
血の気が引いた。
程なくして、俺は両親に呼び出された。
兄が出掛けていた日だった。
あの日の夜に肩を叩かれ「豹、明日鷹がいない時に話があるから出掛けないでくれ」と父さんに言われた。
特別な怒りなんかは声に混じっていなかった。
二人が先に席に着いていた。
イスを引いて自分の席に座った、いつものご飯の時の席、隣に兄はいなかった。
「私達から先に話していいかな」
母さんが聞いてきて視線で肯定を表した。
高い声が少し震えていた。
「あなた達が覚えているかわからなかったし掘り返すつもりもなかったけれど、昔も二人で影でああいう事をしていたよね」
と、そうだったんだ。
コソコソ隠れてしているつもりだったけど、二人は僕達の秘密を知っていた。
父さんは黙って頷いているだけだった。
「昨日のあれは、まだ二人でそういうのをしてるって意味なのかな」
「違う俺が勝手にしてる」
「年頃だし、黙っておくべきなんだろうけど、あなたの部屋から鷹の服が出てきたりするのは何か意味があったりするかな」
「…………」
気付かない方が無理があるよな。
小さな家に家族四人で暮らしてるんだ、兄を見詰める俺の視線を二人は疑問に思っていたんだろう。
黙っていたら、
「豹は鷹が好きなんだね?」
父さんが初めて口を開いた。
答えなんて決まってるのに直ぐに返事ができなかった、長い長い沈黙だった。
だって言葉にした事がなかったから。
何で…………。
膝に置かれた拳がいつの間にか涙で濡れていた。
二人の顔を見れなかった。
下を向いたまま下がった眼鏡も直さずに精一杯声が裏返らないように言えたのは、
「好きです」
の一言だけだった。
胃が締め付けられる好きな人がいるだけなのに、それを口にしただけなのに何で涙が出るんだろう、どうして俺の胸は罪悪感でいっぱいなんだろう。
ああそうなのか。
泣きながら好きだよと抱き締めてくれたあの日の兄さんを思い出した。
うん、とお父さんは溜め息をついて、お母さんは天井を眺めていた。
「いずれは二人が好きな人の話をしたり紹介したい人がいるって言ってくると思っていたよ。常識を著しく欠いていなければ僕達は反対するつもりはなかったのけれど、豹は少し難しい問題を抱えているかもしれないね」
「常識を欠く…………そうだね。好きな人を胸を張って紹介出来ないのは俺にもちゃんとした常識があるからだね」
その常識を押し付けるように俺に教えたのは他でもない兄さんだったけど。
「二人共どこに出しても恥ずかしくない自慢の息子なんだけどね」
困ったように笑ってお母さんは一度自分の目頭を押さえてからタオルを渡してくれた。
「お母さんは昔俺に言ったよね特別な事は悪い事じゃないってでもこの特別は悪い事かな」
「良いとか悪いとか理解できないとか受け入れるとか、そういう問題じゃないと思うよ豹の髪が銀色なのも鷹が好きなのも、それが事実で現実なんだから否定したり肯定すれば答えが出る話じゃないと思う」
「僕らが心配なのは君達が世間から偏見の目に晒された時に堪える覚悟があるかだよね。好きな人を豹は守れるかな」
そう言われて、兄さんは何であの時自分を拒否したんだろうと思った。
兄さんは俺が好きだったはずなのに。
ダメだと言ったのは兄さんにその覚悟と守る自信がなかったのかな、実はあんまり俺が好きじゃなかったのかななんて思って……勝手に傷付いて……。
いや、そんな事よりこのままだと踏み留まった兄さんまで非常識の枠に入れられているような気がして、俺は力なく首を左右に振った。
「わからない、まだ社会にも出た事ないし。でも……あの……これは俺が勝手にやってる事だから兄さんは関係ない。兄さんは二人が知ってる兄さんのままだよ。綺麗で純粋な人、大丈夫兄さんは俺の事なんか…………すっ……好きじゃないよ。そう、これは一方的な俺の気持ちで……だから」
吐きそうだった"好きだよ豹"の掠れたあの告白を俺が否定してどうするんだよ。
また視界が滲んだ。
それはきっと、兄さんを汚したくないのと、俺だって正直守り抜くなんて自信がないのと、両親を安心させたくて言ったんだと思う。
喉をひくつかせながら息を吸って、お腹に力を入れた。
「だから、兄さんを巻き込んだりしないから、俺の気持ちも伝えるつもりはない。兄さんはきっと……うん、格好良いしモテるし彼女くらいいると思うよ。ごめんなさい、もう………………もう二度とあんな事しません」
タオルに涙が染み込んで重くなっていった。
それを言った後の両親の顔は覚えてない。
その日は枯れるまで泣いて次の日は学校を休んだ。
もう俺は兄さんの顔をまともに見れなくなっていた。
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