銀のオノ、金のオノ

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7、きーちゃんの首輪

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 これはですね。
 そう、この首輪は形見です。生前これを首につけている家族が小野さんの家にはいたのです。
 その子の名前はアルム、もうお別れして十年以上は経ってるけど、今でも夢の中に出てきてくれます。たくさん遊ぶけど、最後には何歳になっても変わらない私を心配して耳を下げて困った顔で顔を舐めてきます。そして私は夢から醒めます。

 物心ついた時にはいたんだ、聞いた話では銀君が三歳の時に家に来たって。
 彼は保護犬で、多頭飼いしていた悪質ブリーダーから瀕死の状態だった所を救出、知り合いを伝って銀君の家に来たって聞いてる。

 劣悪な環境から脱出して小野さんの家に来た時は目も見えなくて皮膚病にもかかってて、怯えて、震えて、体も心もボロボロで犬種も分からなかった。その時の動画を見ると今でも泣きそうになります。

 正式な犬種は分からないけど、アルムは真希子さん(関西出身)が言うはおっきくてシュッとした感じのイケメン犬だって。
 ミックスなんだけど、ウィペットって血が入ってるって…………ああ、うん、そうですねシュってした感じの子。
 黄色い毛並みで骨っぽくッていっぱい食べてもあんま太んなくて、めっちゃ足早くて銀君とよくダッシュしてた。

 もちろん私の事も守ってくれたし、銀君部活忙しくなってきた頃には私がお散歩行ってました。
 もともとペロンってした垂れた耳なのに、嬉しいともっとペッタンコになるの可愛かった、お胸掻くと片足上げて掻いてる動作したり、お腹いーーっぱい見せてくれるし、一緒にお昼寝もした。ボール遊び大好き、好きな物はバナナにサツマイモにチーズ、私の気配を感じたら鼻鳴らしてチェーンの限界まで来てくれたり、一生懸命私のお話し聞こうとして首傾げてる顔とか……うん、思い出しても大好きだった記憶しかないです。

 でもさ、寿命はさ、必ず来るじゃないですか。私だって生まれたんだから絶対に死にます。

 ゆっくりゆっくり体が弱って、散歩も自転車に乗せて行くようになって、オムツして、眠ってる時間が増えて、耳が遠くなって、食べてくれなくって、毛並みも真っ白になって、骨も固まって……体に水が溜まる…………自然界じゃとっくに死んでるって分かってても一緒にいたいでしょ? 

 部活も辞めて毎日帰りに小野さんの家に寄って、お世話して…………そんなある日、真希子さんが夕飯を作っている間に私の腕の中でアウルは動かなくなった。

 今思い出しても泣いちゃう、そんな思い出。

 真希子さんに「もうアウルのお夕飯いらないですよ」って言ってカウンター越しに「わかったわ」って返事されて呆然と、誰にも連絡しないで、二人でずっと冷たくなる体を撫でてたかな。

 その後、おじさんがもっと栄養があるミルク買って来たって帰って来て、銀君もアウルにって可愛いブランケットを買って帰って来ました。
 連絡したら私の両親も仕事を切り上げて帰って来てくれた。

 もちろん生き物が死ぬなんて分かってたのに、子供みたいに泣いた。

 それでも太陽は登るから、皆上辺だけの平常を取り戻しました。


 のに、私だけは中々戻らなかったんです。
 今まであった、学校や自分への愚痴を体を撫でながら聞いてくれる親友がいなくなってしまったんだもの。
 大きな大きな存在をなくして、学校が終わった帰り、私は小野さんの家のソファーで首輪を抱いて寝ていました。
 いや、泣いてたけどいつの間にか疲れて寝ていたんです。

 そしたら、足元に気配を感じて、薄目を開けたら銀君がいました。
 高校の制服、私の中学校の学ランとは違うブレザー。
 銀君はアウルが死んだ時、周りをを慰めるばかりで、泣かなかったけど、あの日は首輪を持って静かに泣いていました。

 声を出さないで、ただポロポロ涙を落として赤い首に水滴が弾けていた。隣の部屋から新しいお線香の匂いがしました。

 それまでも、銀君にドキっとする瞬間はあった。
 でも、不謹慎だけどあの横顔は更に幼馴染のお兄ちゃんがグッと異性に変わった瞬間で、今だってよく分からない、胸の高鳴りみたいのを感じたんだ。
 斜陽を反射する銀君の横顔は傷とホクロと噛んだ唇と漫画みたいに綺麗だった。ひぐらしの音が今でも耳に残ってる。


 それで……


 私は……なんでそんな事したのわからない。
 でも、いつも私をかばってくれる銀君が泣いてて助けたかったのしれない。
 いや、いつも私の話を聞いてくれたアウルに恩返しをしたかったのかもしれない。

 ううん、全く全くわからないけど、銀君が泣いてるのを見ていられなくて、銀君が握っている首輪を掴んで言ったんだ。

「銀君……」
「ん?」
「泣かないで?」
「泣いてない」
「泣いてるよ」
「泣いてないよ。きーちゃんの前で泣くなって父さんに言われてる」
「これは、そういうのじゃないじゃん」
「理由は関係ない。俺が泣いてたら不安でしょう」
 銀君は両目をブレザーの腕で擦って、真っ赤な目で私を見てくる。色んなものを我慢している銀君の顔に私まで苦しくって苦しくって……。

「だからこれは、不安と関係ない!」


 首輪を取り上げて銀君に抱き付きました。
「きーちゃん……」
「どうしたら、いいかな?」
「ん」
 胸に顔を埋めて少し顔を上げれば銀君は眼鏡を取ってくれた。頭を撫でて背中に大きな手が来る。
 もっかい今度は深く胸に顔を埋めて、銀君が泣いてるってわかるから何でだか、私もまた、泣いてしまう。掠れた銀君の声が耳に落ちてくる。
「アル……」
「こういうの時間が忘れさせてくれるって言うよね」
「言うね」
「でも私は忘れたくないよ」
「俺も忘れられない」
「うん」
「忘れたくない」
「私も」
 銀君がぎゅうって抱き締めてくれて、骨が軋みました。こんな強く体を抱かれたのはあの日以来。
 でも今はその回想よりも、二人の心にぽっかり穴を埋めたくて埋めたくて、私は首輪を銀君に見せた。
 そして自分の首に当てて言った。

「して?」
「ん?」
「これ、私に……」
「アルのを?」
「うん、アウルの首輪」

 真っ赤な首輪にキスをして、それがどういう意味なのかはわからないし、キスなんてした事もないけど、熱を持った熱い吐息がかかる至近距離で私達は見つめ合って、銀君はコクッと喉仏を一度動かして頷いた。


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