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第五話:ようこそ、地獄の実家へ
しおりを挟む侯爵家の三男として生まれた俺、リアム=アルバ=フェルンハイム。
厳格な父、社交的な母、優秀な兄と姉という“完璧セット”に囲まれて育った俺にとって、帰省とはすなわち、己の社会的立場を死守する儀式である。
だが、今回は違った。
今回は――爆弾が同伴している。
よりにもよって、リリン嬢が。
「リアム様のおうちっ♡ つまりここが推しの誕生地っ♡ ああもう空気が濃いっ♡」
「頼むから少し黙ってくれ。屋敷が爆発する」
彼女は何故か護衛任務の帰りに「偶然」と言って馬車に乗り込み、まるで当然のように俺の隣でご機嫌にしていた。
そして今――俺の実家の庭で、草花に話しかけている。
「こちらがリアム様の幼少期を見守ったベンチ……わたくし、今日からこの子のママになりますわ♡」
「ベンチに親になるな。精神衛生上良くない」
「リアム様の生まれ育った空間……なんて麗しき景色……! この草木は、幼リアム様の吐息を吸って育った……! なんという尊さ……!」
「やめろ近隣住民に通報される……!」
***
屋敷の中でも、当然リリン嬢は炸裂していた。
「まぁまぁ、あなたがリアムのお連れ様?」
母上、フェルンハイム侯爵夫人はいつもの優しい笑顔で、彼女を迎えた。
「は、はいっ……わたくし、リリン・クラリチェと申しますの……っ♡ リアム様のすべてをこよなく愛し、信仰し、嗜好しております……!」
「……ん?」
母が引いた。珍しく引いた。
そして次の瞬間、背後から聞こえる姉の声。
「リリンって、もしかしてあの“リアム写真集騒動”の?」
「……違いますそれは別人です俺じゃないです記憶にないですもう誰も信じません」
「えっ!? リアム様の写真集!? 見たいっ♡」
「リリン嬢、やめろ。お前が作っただろその本。自費出版の同人写真集“背中で語る男”」
「そうでしたっ♡」
「思い出すな思い出すな!!!!」
***
昼食の時間。
使用人が並ぶ長テーブル。そこにリリン嬢が「なぜか」席を用意されており、なぜか父の正面に座っていた。
「クラリチェ嬢。お仕事は?」
「はい、王城付き侍女にてございます♡ 主にリアム様の後ろに立つ係です♡」
「……」
「父上、今の無視で大丈夫です。気にしないでください」
「我が家には“背後に立つ者”の伝統などないが」
「では今日から作りましょう♡ “リアムの背後を守る者”として、家紋に影を加えては?」
「それはもう呪いじゃ」
しかも彼女、食事のあいだずっと俺を見ていた。
いや、俺というか、俺の箸の動きを。
「今、箸を持つ指がちょっと震えましたわ♡ えっ? 今の仕草、完全に“無自覚エロス”……ッ! 控えめに言って孕む……!」
「誰か俺の箸を奪ってくれ」
「リアム様の箸を奪って頬張るプレイ……!? 記念にその箸ください!」
「食卓で性的表現すんな!!!!」
***
午後。とうとう兄まで登場してしまった。
フェルンハイム家長男、エリオット兄上。文武両道、非の打ち所のない完璧超人である。
そして問題は――兄が無類の“弟溺愛お兄ちゃん”であるということだ。
「弟のこと、好きなんですか?」
と、突然兄がリリンに聞いた。
「好きとかいうレベルじゃありませんわっ♡ 魂の婚姻届を提出済です♡ ※物理的には未提出」
「よかったですね、リアム。追っかけにも情熱が必要です」
「兄さん黙れ。さっきから助けになってない」
「それより、弟の寝顔って美しいですよね。知ってます? あれがまた純粋で……」
「なんでお前が知ってんだ寝顔」
「昔は布団に潜り込んできたんですよ。懐かしいなあ……ふふ……」
「やめろややこしくなるから!!」
「私にも再現させてくださいっ!!!」
「再現しなくていい!!というか兄、リリンを煽るな!!」
「弟を煽って遊ぶのが趣味でね」
「兄失格!!」
***
その日の夜。
リリン嬢が、屋敷の中庭で一人、そっと花に水をやっていた。
俺はそれを、二階のバルコニーから見下ろしていた。
今日一日、暴走ばかりだった彼女が、珍しく静かにしている。
ただ、風に髪をなびかせながら――本当に、普通の貴族令嬢のように、優しい顔をしていた。
……なんか、変に見とれてしまった。
慌てて首を振る。だめだ。これは幻覚だ。
俺はベランダから叫んだ。
「リリン嬢!」
「……リアム様っ♡」
「帰るぞ。さっさと荷造りしろ。あと、お土産に“俺関連グッズ”とか作って持って帰るなよ」
「バレてましたの!? ちょっとだけ幼少期ベンチの板、削って持って帰ろうかと……!」
「削るな!! それ犯罪だ!!!」
そして馬車の中、リリン嬢は嬉しそうに言った。
「フェルンハイム家……良き遺伝子ですわ……この推し……最高の環境で育った……!」
「もう帰り道で置いてくぞ」
「えっ♡ リアム様に“捨てられる”シチュ……アリです♡」
「塩を撒きたい……!!」
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