薔薇色の毒

もちもち

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7話 双の花嫁

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 朝靄の立ち込める謁見の間。
 それは、何の予告もなく届いた一通の書状から始まった。

 「ミゼ・アガナ侯爵夫人より、王子殿下との婚姻の申し出」
 王宮に響いた報せは、雷鳴にも似た衝撃を与えた。

「……正気とは思えませんな」

「なんの合意もないままに、このような公文を出すとは……」

 老臣たちは眉をひそめる。だがミゼ・アガナの狙いは明確だった。

 ――公の場に持ち出すことで、王子の拒絶を「王家の不義」と見せかけること。
 拒めば「潔癖すぎる」、応じれば「堕ちた」と囁かれる。

 これは、王子の名誉そのものを試す罠だった。



「……私が婚姻を望むと、あなたがたは何か不都合でも?」

 ミゼは玉座の間で、気品と毒を纏った微笑みを浮かべる。

「殿下は、もう16歳。正妃を迎えて然るべきお歳ですわ。……お側に侍らせていただいた夜も、ございますし」

 その言葉に、王子の胸が僅かに震える。

(あの夜を、こうして“既成事実”にするつもりか)

 その“夜”に晒された熱と疼きは、彼の中で決して忘れられない記憶だ。
 視線が、あの“中心”に落ちた瞬間、王子の誇りは焼けつくような痛みに襲われたのだった。

 今ここにいる彼の下でも、微かな緊張と記憶の疼きが、静かに脈打つ。



 その夜。

 王子の部屋に、ひとりの影が忍び込む。

 ――リリア。

 灯の落とされた室内。彼女は黙って、王子の傍らに膝を折った。

「殿下……ミゼ夫人の言葉は、真実ではないと、私は……信じております」

「……信じるだけで、救われることもあるのか?」

「……私は、触れました。殿下の“すべて”に。……でも、奪ってなどいません」

 その言葉に、王子は目を伏せる。

 そう。彼女だけが、“あの場所”に触れても、彼の尊厳を揺るがさなかった。
 見つめるだけ、包むだけ。欲ではなく、癒しであった。

「おまえは、どうしてあれに勝てた?」

「私は“奪う”のではなく、“還す”ために触れたからです」

 リリアは、そっと王子の膝に手を重ねる。
 その手が、静かに――彼自身へと、熱を逃がすように置かれた。

 まるで“在るべきもの”を、そこに戻すように。

「……殿下。どうか、その場所を……誰にも染めさせないでください」

 王子の目に、微かな涙が滲む。

 それは、耐えた苦しみではなく――守られたことへの、涙。



 数日後、正式な答申の場。
 王子は、玉座の前に立つミゼを、静かに見据えた。

「――あなたの申し出に、私は応じられない」

 会場がざわめく。

「理由は、ふたつ」

 王子は手を握る。
 そこに刻まれていたのは、リリアが置いていった小さな刺繍布。彼自身を清めた夜の証。

「ひとつは、あなたが“王子”に触れようとしたこと。
 もうひとつは、“私”そのものに触れる覚悟が、あなたにはなかったことだ」

 ミゼの顔が凍りつく。

「あなたの指は、触れるふりをして、私の本質を辱めた。
 私は、誰にも自分を明け渡さぬ。望む者には、すべてを試される覚悟がいる」

 ルイセルの言葉には、微塵も迷いがなかった。



 その夜、リリアは静かに王子の隣で本を読んでいた。
 まるで、嵐などなかったかのように。

「……なにを読んでる?」

「貴族の婚礼風習についてです」

「……もう少し普通のものを読め」

 王子が小さく笑う。

「では、殿下が“読むに値する”と認める本があれば、お教えください」

「……おまえが、俺を読むなら、それでいい」

 リリアは、ふっと頬を染め、
 そっと王子の“腿”に手を重ねた。

 そこにあるのは、傷でも欲でもなく――
 ひとりの人間としての“誇り”と“証”。

 触れることで、繋がるものがある。
 奪わず、与え合うことでしか、見えぬものがある。

 それを、ふたりは知っていた。
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